【9】例え黒の竜であっても

文字数 2,976文字

 空気を読んで離れていてくれたデネヴとアルン。私とセメレーさんは彼らに顔を向け、会話の終わりを伝えた。
 デネヴとセメレーさん、そしてアル、ビレオも乗せたアイレ・ストルム。複数重なる翼を震わせ、不毛の黒の大地に嵐を巻き起こす。
「じゃあ、風の言うまま飛んでいくよ。貴様たちは降りたい場所で、好きに降りていいぞ」
「おいおい、運が悪いとネーデルラント付近に行かないって事か? そりゃ勘弁してくれ」
「安心しろ。白の大地には確実に帰るから」
「俺達の図体を見た上で言う規模か⁉」
 アイレとデネヴの会話についみんな笑って、別れの場が和んだ。変にかっこつけてない方が、面白くていいんじゃないかな、あの人。
 アイレの体が浮き始めると、セメレーさんがこちらにゆっくりお辞儀をしてきた。私達は手を振って返す。
「健闘を祈るぞ!」
 アルンに続いて私も叫ぶ。
「みんなや、お父さんのためにも、お願いしまーす!」
「任せときな、お嬢さん達をがっかりはさせないぜ!」
 ついさっきまで不安な会話をしていたデネヴだったけど、私達にはちゃんと頼りになる声をかけてくれた。
 アイレに乗る人達は、みるみるうちに小さくなって。急速前進したアイレから広がる嵐に、私達が耐え抜いた後には、もう彼らの姿は見えなかった。
 セメレーさんは少し、アイレの背中に緊張していたように思える。竜の子の私と、竜族のアルン。竜使いの魔術師デネヴといった面子だったから誰も触れてなかったけど、実際今の光景は中々見られないものだったかもしれない。
「よし、じゃあレクシア。まずは後片付けからさせてくれ」
「片付け……?」
 アルンは、赤竜術師が飛ばされた場所へ歩いた。死体からマナリングを取り、血を振り払った。顔だけこちらに振り向いて、いつもの笑みは崩さない。
「コイツはもう呪いの装備だ。お前の力で浄化出来ないか?」
 少し考えて、私は蒼竜の羽にそっと触れた。
「破壊した後溢れ出る絶望。それを霧散させるくらいなら、出来ると思う」
「なるほど、じゃあそれだけやってやろうか」
 リングを地面に置いて、竜鱗の剣が掲げられる。私は開いた左手を向け、準備する。
「ぅらぁっ!」
 振り下ろされた剣によって破壊されたマナリング。
「どうか、眠って……!」
 希望の光で広がるカーテンを閉じ、紫の邪気を包み、消し去る事に成功した。
 すると、邪気以外の消えなかった赤い光が広がり、形を成して地に刺さった。大量の竜鱗の剣だ。
「ナイスだレクシア。――この剣は絶望を吸うために酷な役目を果たしたが、浄化が出来れば復活してくれるものなんだな」
 アルンはそのうちの一本を引き抜いて安全を確認、そしてもう一本引き抜いて歩き出した。
「竜共の火葬をするぞ」
 固まって倒れている竜の周りに、二本の剣を突き刺した。
「……私にも、手伝わせて」
 私も剣を一本引き抜き、運び始めた。彼らが使っていた剣は、とても重かった。


 全て運んで、竜達を円形に囲うように剣を立てた。一人だけ遠くにいた術師は、アルンが竜達の場所まで放り投げた。
「この剣は、我らの竜鱗。皆わざわざ鱗を剥いでまで用意したのか……? 何故そうまでして……」
 アルンは首を振って言葉を中断。自身の愛用する剣も地に突き立て、炎が燃え上がった。
 時間差で、他の剣からも竜鱗が燃え、広範囲に炎が上がった。
「これで、我が種族は私だけか。一人で勝手に旅に出ただけだが、彼らも変革は必要だったのかもしれないな」
 私は俯いて目を閉じた。アルンはどんな気持ちなのだろう。
「同族が全員って事は……この中にアルンの家族もいたんだね……」
「いや、知らないな」
「えっ?」
 私は思わず顔を上げる。アルンは剣を引き抜き、振り向いた。視界いっぱいに広がる炎の中、アルンの表情はそんな炎と同じように力強く見えて――悲しみとかは感じられなかった。
「私は生まれてすぐ、大人だったあいつらと同じように一人で生きていく必要があった。魔界の厳しさだ。敵から助けてくれる奴もいるにはいたが、そいつが親かどうかなんて分からない」
 何も言えない私。アルンは剣を肩に担ぎ、話を続けた。
「術師が私に突っかかってくるまで、ほとんど他人みたいなものだったし、仲間といった意識も無かった。この火葬だって、別に情けで天や地に送るわけじゃない。力のある竜の血や肉を食いすぎると、力をつけて変貌する神や魔物がいたりするからな。それを防ぐために焼き尽くしたに過ぎない」
 狩った動物は何でも焼いて食べていたアルンだったけど、彼らを食べないのは同族だからかと思っていた。しかしそうではないようだった。私も強大な邪竜ヴァラーグを食べた。短い期間で、これ以上竜族を食べ過ぎてはいけないのかもしれない。
 私は閉じた唇の中で歯を食いしばり、炎の世界のアルンを見つめた。相手はいつもの余裕を見せた表情でこちらを見ていた。
「アルンは……辛くないの?」
「戦うと決めたら、迷いは無い。――そういえば、レクシアはこいつらが窮地に陥った時、自分の事のように叫んでくれたな。ヴァラーグの時もそうだったが、その敵さえ守ろうとする意志は、お前の取り柄だ。きっとこいつらも救われただろう」
 アルンの声音が、あまりにもいつも通り過ぎる。精神的にも強いアルンだけど、揺れる事は何度だってあったのだ。今はそれが無い。完全に彼らを普通の敵と見ていたのかもしれない。
 私は、そんなのは嫌だ。
 私がようやく親を探し出せたのに、アルンにはその関係性が分からなかった。
「術師や他の竜達も、みんなアルンの家族だったって、私は思う。親が誰か分からなくても、同族なら誰かは子供のアルンを助けてくれたんだし、さっきもああして集まって、アルンを連れ戻そうとした。仲間みたいな意識は、あったと思うの」
 だから私は、アルンと彼らを戦わせたくなくて。そして出来れば、私達と彼らが両方生きていける道を探したかった……。
 少し俯いてしまう私。炎の方へ体を向けたアルン。
「仲間……家族、か。そうだな。もう奴らに真意を問う事は叶わないが、レクシアの視点なら、こいつらはそう映ったか。黒の大地、魔界の竜としての意識は、まだ私を人間に染めきらせないようだ」
 アルンは剣を地に刺してから、小さくため息をついた。そして、炎に向かって頭を下げた。
「世話になったな。これからも私は強くなる。単純な力だけでなく、様々な面において、赤竜騎士の名を世に轟かせよう。だから――貴様らは安心して、私一人に種族の未来を託せ。そして心残りも全て振り払って、もう眠っていてくれ――我が同士達よ」
「アルン……」
 私がつい声に出した名に、誇り高き竜騎士は振り向いた。その哀愁漂う微笑みを見ると、私は少し、安心した。けど同時に、故人に思い入れを作るという、少々可哀想な事もしちゃったかな、と思った。
「これで私の用は済んだ。家族がいたという事実を発見できたのは収穫だな」
「――うん……!」
 しかし、それを考えるのは後だ。今はただ真っ直ぐに駆け寄る。
「よし、次は本来の目的地を目指すか」
「そうだね。気を引き締めていこう」
 アルンは再び剣を担ぎ、私と一緒に歩き出す。
「レクシア。奴の領土がどの方向にあるか、分かるのか?」
「あっ、えへへ……ごめん」
「それは困ったな。実の所私も知らないぞ」
 二人揃って笑った。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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