【10】協力関係

文字数 3,312文字

 流星の余韻で静まる。ガイの頭が徐々に下がっていくのを見届けた。まだ彼は生きていそうだが、しばらく動けないだろう。
 小さく息を吸って戦闘態勢を解いた。外の空気が入ってきても、ここはまだ血生臭い。
 ロビンさんが拳を突き出す。リスさんがその拳に乗って跳ねた。
「ヨォシ! 決戦もなんとか勝利出来たし――チビ、勝負だ。野郎共を多く解放出来た方にシュクレのケーキ屋から一つおごりぃ!」
「あぁっ! せめてスタートは同時にして欲しいさぁロビン!」
 ロビンさんとジョンさんが、私達の来た道に走って牢に向かおうとする。けっこう愉快な人だ。
 デネヴが顔を向けて声をかける。
「ガイの処分は任せていいのか?」
「ああ任せた。俺達ゃ仲間を助けるのが優先だし、奴にも個人的な恨みとかは無いんだ」
 足踏みしながら答えたロビンさんは、先に進んだジョンさんを追いかけていった。
 デネヴがガイのもとにゆっくり歩いていく。私は止めるべく足を踏み出すが、アルンに肩を掴まれる。
 振り向くと、アルンは呆れたように笑って、掴んだ肩を強めに押した。意思疎通に言葉は不要だった。微笑んで頷き、再び歩きだす。
「デネヴ」
 短く呼びかける。デネヴはこちらを向かず、ただ口だけを開く。
「ここまで手伝っておいて、復讐は何も生まないとか、言うつもりか」
 見えてなくても首を振って、強く見上げる。
「生むよ。憎しみは繋がる。プリンスさんを殺したガイが今こうしているように、次は誰かがデネヴを仇と見るかも」
「憎しみだけでやるつもりじゃない。まず殺し屋なんて職業は元から黙認すべきじゃなかった、俺のけじめだ。だが、プリンスを止めたかったのは俺も同じだったからな。複雑な感情だ」
「そんな事に悩んでるデネヴ、見たくないよ……いつもの変なデネヴのままでいてよ……」
 私が俯くと、突然ガイの身体に雷が走った。
「甘い、甘すぎるぞガキ共がぁぁ――」
 顔を上げて叫ぶ声は、不自然に止まる。そして膝立ちで激しく震えるガイ。
「う、ウォォォアアアア!」
 その下の床には、もう何度も見た闇の池。鎖の蛇が伸びてきて、その口から声が聞こえる。
『ガイ卿、今まさに最後の力を溜め込んで大量殺害を狙ったな? 私は石に呪詛を溜め込めとは言ったが、貴様の目的のロビン以外は意図的に殺さないよう言ったはずだ』
「ガ・シャンブリか⁉」
 デネヴが杖を構え、私とアルンもそれに続く。蛇は主の声を続けて届ける。
『静粛に願おう。今貴様らと争う気は無い。復讐は私が代行する。この者は、私が粛清する!』
 大きく開けた蛇の口から、黒く染まった青い光がくすぶる。光と呼べるものとは思うが、暗いこの部屋を照らす輝きは一切ない。
『特殊コンバート――ラムヌース・ヴェーレ』
 吐き出された黒き青は、滝のような流れでガイに降り注いだ。少し離れた私達にも、重くのしかかるような空気の圧が感じられた。私は膝に力を籠めて耐えるが、ガイはどれほどの力を受けているのだろう。
「ぐ、お、あぁぁーー! ガ・シャンブリぃっ、貴様、契約中は協力し合うんじゃなかったのか! 俺が消えたら、負の感情はどうやって集める!」
 どこにいるとも知れないガ・シャンブリに向かって叫ぶガイ。蛇は主の返答を代行する。
『私は正義を執行する者。今の貴様はただの殺し屋。世の為にならぬ悪は、私が生かさん』
 攻撃を終えた蛇は台座のマナストーンに向かって体を伸ばした。嫌な予感がしたのか、アルンが駆け込んで蛇を斬り飛ばしたが、台座自体に闇の穴が生成され、マナストーンが吸い込まれたため、あまり効果のある抵抗では無かった。
 降り注ぐ滝が終わると、ガイの叫びは止まった。殺意に染まる眼光が消え、力なく倒れた。
「ろ、ロビ、ン――」
『因果応報だ……』
 怒りのような、それでいて悲しみのような呟き。闇の穴は役目を終えて消滅した。
 暗い雰囲気の中、ロビンさんのリスさんが部屋に戻ってきた。私はそれを目で追い続ける。
「お、戻ってきたか」
 デネヴがリスさんを受け止めた。悔しい……。
「仲間は解放出来たぞ。無事平和になったし、これからどうすっかなー。――おい、クー。構って欲しい子が近くにいるみたいだぞ?」
 ロビンさんも戻ってきて、デネヴ――ではなくリスに話しかけた。この子はクーちゃんと言うらしい。性別は知らないけど。
 クーちゃんが飛び込んでくるのを受け止め、チャームポイントな赤毛を撫でる。可愛いなぁ……。
「表情がコロコロ変わるレクシアは放っておくとして。――ロビンといったな。色々あってガイはこうなったぞ」
 アルンがロビンさんに報告をする。既に息絶えたはずのガイが、目だけゆっくりロビンに向けて動いた。そして体が足から黒く染まり、風に吹かれた灰のように消えてしまった。
「そうかい、何やら訳ありっぽいけど……デネヴの気は済んだか?」
 動じないロビンさんが、武器庫から回収したであろう弓矢で背中を掻いている。デネヴは肩をすくめて笑った。
「さあね。でも俺が女の子達を傷つける結果にならなかったのは、良かったのかもしれない。復讐心より、そっちの方が俺は大事だ」
「どうだかな。復讐対象が変わったりしてないか?」
 デネヴもアルンも、気楽に会話している。私も暗い気持ちを癒すのに時間をかけてないで、さっさと落ち着いて。
 クーちゃんを肩に乗せて、ロビンさんを見上げる。彼もデネヴと同じくらいの高身長だ。
「ロビンさん。実は国の平和はまだ、もう少し先です。この国の新しい統治者は、ジョンさんの目的に協力してくれた人と、今も地上で戦ってる……」
 ロビンさんは顎に手を当て、ちょうど戻ってきたジョンさんに視線を向けた。
「俺達が捕まってる間に、色々あったっぽいな。チビ、本当に頑張ったんだな」
 ジョンさんの後ろからは、数人の男達が続いてきた。あれがロビンさん、そしてジョンさんの仲間たちだろう。ロビンさんは竜人だが、ジョンさんは人間。他の仲間たちも、様々な種族で構成されていた。
 ジョンさんが私に向けて笑いかけた。意図を察してくれたようなので、頷いて杖を握った。
「私はこれから、出来るだけ早く戦いを止めようと思っているの。だから、ロビンさん。もう少し続く最後の戦いに、協力してくれませんか?」
 後ろからジョンさんも踏み込んでくる。
「自分からも頼むでロビン! プリンスもガイもいなくなったのを、王子はまだ知らない。さらに今の勢いじゃあ、今代の統治者も悪人と信じて疑わないはずさぁ! レクシアさんは優しくてすげぇ人だ、きっと全て良い方向に導いてくれる!」
 ロビンさんは、ジョンさんの頭を押し込んで強引に撫でた。そして私を見るその顔は、満面の笑みだ。
「心配しなくても、俺は全力で協力するぜ。ガイから助けてもらった恩もあるし、まず恩とか無くても、やる事が残ってるなら片付けるだけだ!」
 ロビンさんは解放された仲間たちに向けて、拳を突き上げる。
「一人でここまで頑張った、うちのチビが世話になった人たちだ。お前達も、倍にして恩返ししてやろうぜぇっ!」
 牢の中に響く、男たちの雄叫び。その団結の熱気が、頭を下げる私のお礼の声を掻き消した。
 デネヴが私に近付いてきて、その周りにアルとビレオが飛びまわる。
「俺の事も忘れないでくれよな。散々迷惑かけちまったんだ、姫に従うナイトと思ってこき使ってくれ」
「うん、デネヴもありがとう。でもナイトじゃなくていいからね……?」
 アルンがデネヴのすねを軽く蹴った。
「このナイトは良い椅子になるかもしれないな?」
 デネヴは足をさすりながら笑う。
「勘弁してくれアルンちゃん。まあ俺にとってはご褒美かもしれないけどね?」
 アルンは冗談だと言って微笑み、その表情のまま私に振り向いた。
「戦いを求める世界で、戦いを止めるために複数勢力が集う。なかなか出来る事じゃない。誇れレクシア、お前の人望が成した結束だ」
 オセロニア界としては、異端のような平和主義かもしれなかった。でも私はイリオスの教えからは、ブレたくなかった。
 こうして、協力してくれる人がいてくれる。それが私とイリオスを肯定し、殺伐とした世界で優しさを貫ける、大切な絆だった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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