【1】不穏の炎剣

文字数 3,639文字

 そしてやってきた新たな街。以前聞いた話から、ここら一帯はネーデルラントという国と思われ、ここはその中心部だろう。
 見慣れない風景と人混み。こういう場でふらふらしていると堂々と歩く人の邪魔になるのではないかと思って、隅っこを歩きたくなる。
 しかし今回もアルンは知らない道だろうと突き進んでいく。歩幅を合わせてついていくと、私も街道を攻略していける。
「この国は人間が多そうだね」
 そう言ってみると、アルンも頷いて背中の剣を背負い直した。
「ああ、見た感じ竜人だけでなく獣人なども頻繁には見かけない。おかげで剣や尻尾をまじまじと見られるな。悪い気はしないが」
 まんざらでもない微笑で、尻尾を上げてむしろ見せびらかすようにしている。もう少し強く振ったら風切り音が出るんじゃないかというくらい頑丈で凶暴な尻尾だ。しかし私はイリオス達と過ごしてきたので、同じくらいの身長の女の子からそれが生えて動いていると、親しみやすいし、何より可愛い。
 よそ見をしていると、前方の人に杖がぶつかりそうになる。会釈して回避し、息をつく。
「レクシア、お前も武器を背中に背負ってみたらどうだ? まあ私も普段使う剣は手持ちの事が多いが」
 アルンが提案してくれるが、背中に納めた状態を想像するのは難しかった。情けないので言わないが、手元に杖が無いというのはあまりにも落ち着かない。まあ両手で握って正面に構える必要は確かに無いので、今のアルンのように片手で持ち、邪魔にならない体の横に控えておく事は検討しようと思った。人が周りにいない時は、アルンも肩に担いだりしてるけど。
「か、考えておくね。――そういえば、鞘も無いその大きな剣、途中で拾った二本目以降は背中にあるけど、どういう理屈で固定されてるの?」
 アルンは背中に納まる二本の竜鱗剣を動かし、背中と剣の間にある小さな黒い塊を見せてくれた。
「イリオスの技術は凄いものでな。イプシロン・アーマーは未装備の際、こうして縮小されて竜鱗にくっつく。だから背中に待機出来るし、さらに同じ素材で作られた剣もご覧の通りだ」
 よく見ると、黒い塊は微かに赤く光って、熱を発していた。熱の力を工夫してこのようにしたようだ。火竜であるアルン以外がこれを使おうとしても、すぐに火傷してしまうだろう。同族の装備製作とはいえ、実用的な効果を短期間で実装するイリオスの知能には、私も驚かされるばかりだった。
 そうして歩く事しばらく。突然空から火の塊が斜め方向に高速で落下し、街の中に突入。ガンッという炎にそぐわない音が響いた。
「きゃあっ⁉」
 悲鳴が聞こえる。炎の落下地点――この先にある広場からだ。
「あれは――また来たな、竜鱗の剣!」
 アルンが正体を看破し、走り出した。
「まずは被害の確認を!」
 私はアルンに呼びかけて広場に向かって走る。人混みをかき分けている間に、再び空から炎で燃える剣が降ってくる。
「チイッ!」
 アルンも発生源の追跡を中断し、広場へ方向転換した。既に住民は剣から距離をとっており、広場に残っているのは女の子一人だけだった。藍色のローブを纏っていたが、体制が崩れた事で顔や足が見え、尻尾も飛び出ていた。
 私と同い年くらいの、黒い長髪、青い角と尻尾の竜人さん。二本目の剣が足元に刺さり、その子は尻もちをついていた。
「大丈夫ですか⁉」
 先に到着した私が竜人さんに駆け寄る。片膝を地に着き、即座に回復魔法を準備したが、彼女に怪我は無い。ギリギリ回避出来ていたようだ。
「えぇ、なんとか……突然の事で、腰が抜けちゃいましたけど……」
 そう言う彼女の声は少し震えている。目の前の竜鱗剣は未だに燃え続け、その恐ろしさを私にも伝えている。
 ローブに隠れていて全体は分からないが、この竜人さんは見る限りただの一般人。剣の防御手段も持ち合わせていないし、恐らく戦闘経験なども無いだろう。その恐怖は計り知れない。
「ぁ――また、きた……っ!」
 竜人さんが掠れた声で叫び、下がろうとするが、体は動けていない。
「えっ……!」
 私がその視線の先の空を見ると、三本目の炎が降ってくるのが見えた。真っ直ぐ迫るその速度はあまりにも速く、目が速度に追いついて危険を感じ、体が動こうとした時にはもう竜人さんの目の前だった。
「こっ――」
 その瞬間、アルンが全速力で駆けつけ、背中の剣で空からの炎を受けた。弾かれた空の炎がその場で舞う。
「――のぉっ!」
 背中から来る衝撃を耐えたアルンが、右手に持つ剣に左手を添えながら即座に振り向き、炎を叩き落とした。鈍い音が響き渡り、剣の炎は爆発するようにして消えた。
「闘気は感じない。恐らくこの三本目が最後だな」
 アルンが剣を横に一振りし、微かに残る火を風圧で消した。首だけ後ろを振り向いて、いつもの自信に満ちた顔を見せる。
「なんとか守れたな。――お前、名前は?」
 黒髪の竜人さんは体制はそのままでアルンを見上げた。
「えっ、と……私はイオラといいます。助かりました、ありが――っ⁉」
 イオラさんはアルンの剣を見て怯えた。降ってきた剣と全く同じものだから……だよね。
 アルンもそれを理解したようで、視線を外して目を細めた。
 私は立ち上がってアルンに歩み寄った。
「アルン……」
「私の事はいい、他にも気になる事はある」
 アルンは広場の外から私達を見る観衆を見渡し、叫んだ。
「もう剣は来ない、安心しろ! ――さて、お前達に聞きたい事がある!」
 観衆の中から何人かを指さしたアルン。
「お前や、お前、あとはその辺で群がってる貴様ら! その武装や佇まいを見た感じ、この街の治安維持を任されていたり、それなりの戦闘能力を持ち合わせているんじゃないのか? 喧騒に混じって何をやっているんだ、私達が来るまでに襲撃してきた二本目の剣の対応は誰一人行わなかったのか? 何故竜娘はこのただっぴろい広場の真ん中で一人だけ残されているんだ?」
 鋭い指摘だ。確かに周囲の人間の中に、それなりに動けそうな男衆は当然いた。そうして訪れる、しばらくの静寂。
「答えろ!」
 しびれを切らして覇気で脅すアルン。近くにいた私が驚いて一歩足を引くほどの力強さだ。
 そのうち人間の集団から男性が一人出てきた。
「だ、だって狙われてたのはそこの竜人だろ……? 皆を避難させるならその子から離れるよう指示するのが最善だし、俺達より体が頑丈な種族なんだから、多少怪我したって死にはしない――」
 周辺で小声で同意の声が聞こえてくると、アルンが無言で剣を燃やし、力強く足を踏みしめ、地面の石床を破壊した。周辺から悲鳴が漏れ出てくる。
 私は悔しい気持ちをどうにか振り払って、アルンの歩みを手で制した。
「アルンは降ってきたのと同じ剣を持ってる竜人だよ。これ以上剣を使ったら、あなたが悪者扱いされちゃうかも……私はそんなの嫌だ」
「……冷静だな、レクシア。仕方ない、こいつらの件はまた今度だ」
 アルンは剣の炎を消し、再びイオラさんを見た。イオラさんはアルンを見て、恐る恐る口を開いた。
「あの……あなたは、この剣と何か関係が……?」
「アルンはこんな事しないっ、しないんだよ……!」
 私は衝動的に割り込んだ。周りの人々も、アルンをどう見ているか分からない。もし何か疑われていたらと思うと、悲しいし、悔しい。
 アルンは突き刺さった剣を回収して背に納めた。
「まあ、関係ない事はないんだろうな。どうせ遠回しに私が原因になっているんだろう」
「アルン⁉」
 驚いた私が否定の言葉を探す間に、アルンはイオラさんに手を伸ばして、立ち上がるのを補助した。
「だが――やるなら真剣勝負をしたい。刃を交え、思いを、生き様を知りたい。私を恨んでもいいぞ。いつか強くなって、こんな恐怖を与えた私の剣に、全力で挑んでくる日を待っている」
 そう言って剣を回収し、広場から離れていくアルン。そろそろ剣が増え、背中の圧が強くなってきた。
「あの火竜人さんに、ありがとうと伝えてください。私も、そろそろ行きますね」
 イオラさんはローブのフードを被り直して、アルンとは反対方向に走っていった。
「あっ……」
 私は何かを言いたかったのか手を伸ばしたが、もうそのローブは人混みに紛れていった。
 アルンは剣を肩に担ぎ、悪者面で人の集まりに亀裂を入れて道を作った。
「あれって多分、楽しんでるんだよね……もっと良い流れは、あったと思うんだけど……」
 アルンは賢蒼竜の精神を一部受け継ぎながらも、黒の大地の竜族としての荒い思考を根本に持ち続けていた。
 私もアルンから心の強さを少し受け継ぐことが出来たが、まだ甘さが残っていて、イオラさんも助けられず、傍観していた観衆には何も言えなかった。
「おーい、レクシア! 少し遠いが、色男が連れてた飛竜が見えた。次はあそこを目指すぞー!」
 アルンが私を呼んできた。遠くに建つ立派な城を指さしている。
 謎も残り、複雑な心境。しかしそれでも、立ち向かう意思で強く足を踏み出した。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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