【3】邪妖の操者

文字数 2,830文字

「先陣を切る! バーニングチャージ!」
 アルンが剣を担いで走り込む。ガ・シャンブリは目と口を大きく開きながらも、冷静に待ち構えた。
「気を付けてアルン、何か企んでる!」
「調べるためには当たるしかない!」
 飛び込んだアルンは鎧蛇の頭を斬ったり踏みつけたりして進む。死角からの蛇は私が落としていく。
「粛清の咒を」
「見えている!」
 軽く打ち込んだ蹴りが反射され、空中で一回転したが、体制を立て直して剣を振り下ろす。
「黒の邪術を甘く見るな」
 四隅の悪魔像のうち、二種類が光ったのを、私は見逃さなかった。
「ぐぁああっ!」
 アルンがさらなる反射を受けて吹き飛ぶ。回復を準備したが、吹き飛びの力が想像以上に強く、私を巻き込んで壁に背中を打った。
「うっ……」
「断罪の呪蛇を」
 淡々と告げるように蛇を出現させるガ・シャンブリ。今度は私達の目の前に緑色の吸収蛇が。
「ちっ。だが、コイツは私に任せてくれ――クッ――効くか……」
 竜鱗で吸収の大半を弾く事が出来るアルンが、立ち上がりながら緑蛇を斬っていく。それでも蛇が斬られると同時に、アルンもふらついている。
 私も立ち上がろうと床に手を突いたが、本来の床の感触では無かった。視線を下げると、床に面した壁の天然穴から、どこかで見た模様の、数匹の蛇が牙を向けている。私はそれに触れたようだ。
「城のインテリアは本物をあしらったもの――⁉ い、いやっ……!」
 戦闘をしながらも私に手を伸ばしてくれたアルンに掴まるが、別の闇の穴から飛び出した鎖によって足をすくわれる。転がって伏したが、足に何かが巻き付く感覚。
「きゃあぁーーっ⁉」
 全力で足をバタつかせて振り払い、移動しながら立つ。いつの間に大量に仕込まれている鎖をしゃがんだりジャンプしたりで回避しながら、今はただ、真っ直ぐ進むのみ。
「像が光ったぞ!」
 後方のアルンの叫びが聞こえ、見回すと、先ほどとは別の悪魔像が二種類、こちらを見ていた。片方の像が周囲の霧を一部吸い込み、紫の光の弾を形成した。クリムが使っていたコインブリスの亜種、コインカースだ。
「セイクリッドシールド!」
 コインカースは防いだが、シールドに反応するように魔力を解放した悪魔像が、私の特殊シールドを攻撃に変えてくる。
「させるか!」
 変色したシールドを駆けつけたアルンが破壊。
「愚かさに気付け」
 反射を受けて怯むアルンが、鎧蛇に四肢を噛まれて引っ張られた。セメレーさんの聖域での光景がフラッシュバックする。
「アルンっ!」
 咄嗟に腕を掴み、あえて耐えずに一緒にガ・シャンブリのもとへ。杖の刃を出し、適正距離でアルンを噛む蛇を切り落とし、勢いをそのままに杖を掲げる。
「貰った!」
「褒められた戦略ではないな」
「うっ――!」
 魔術で勢いを削がれたかと思うと、至近距離で佇むガ・シャンブリの服から伸びる蛇達に掴まれ、腕を上げたまま固定されてしまった。普通の小さな蛇達だが、揃うと私を止める事も容易いようだ。余った蛇は手首などの拘束を強めるために巻き付いてくる。怖いが、それ以上に、距離を詰めて見つめてくるガ・シャンブリの赤い瞳が、ずっと恐ろしい。
「折檻」
 視線を逸らしたガ・シャンブリの声に合わせ、アルンの周囲を蛇が囲い、鎖の檻を作り出した。
「レクシアっ、どうにか持ちこたえてくれ――!」
 剣で破壊しようと試みるも、隙間から伸びる吸収の呪蛇の対処を優先しないといけない。
 ガ・シャンブリは再び私を見つめ、開いた口から音を発した。
「ノルキンガムの城においても、このように貴様を見上げた事があったな。意思の、心境の変化はあったか? 人間やその他、彼らの愚かさには気付けたか?」
 嫌というほど知った。やり方さえ違えば、目の前の術師と同じ道を歩んだかもしれないくらいに。
「気付きはあった。けど、その狂界への誘いは、絶対に断り続ける」
「あくまで愚者の側に立つ道を行くか。残念だが、最低限の犠牲として利用させて貰おう」
 蛇が私の体を動かし、腕を引いて首を下げさせられる。ガ・シャンブリの肩に装備された牙が、一瞬動いた気がした。最早ギロチンだ。
「……!」
 高度が上がる。もがくが動けない。出鱈目な標準なら魔法も使えそうだが、反射罠は確実に仕込まれているだろう。何か、何か出来る事は無いの⁉
「正義、執行……私がその姿を、目に焼き付けよう。その志に、敬意を表して――」
 ギロチンが魔力で動き出し、ガタガタと震える。ロックを外して動き出そうとしている。
 そうまでして守りたい正義って何だろう。彼は何を守ろうと――
「――あなたが支援したクリュさんは、私達を迎え入れる意思があった!」
 ロックを壊し、高速で動き出したギロチンが、挟みこまれるギリギリで止まる。息が詰まりそうだが、ガ・シャンブリの赤い瞳から目を逸らさずに言葉を探す。
「セメレーさんの意思を、あなたは出来る限り尊重していた。白の大地の人達を殺したりしなかった。負の感情なんて、この蛇達を使えば簡単に集まりそうなのに、ジークの対応やローランさんの意思を試して、すぐに行動はしなかった。あなたはガイや、赤竜達の目的を尊重しつつ利用したけど、そんな事しなくても、善人を脅して従わせる事も出来たかもしれない」
 ガ・シャンブリは黙っている。さらに言葉を探す。
「召喚したネメシスやアバドンも、人間を試して、その上で仕方なく戦っている――そんな感じがした。行使者の魂を写すなら、あなたはまだ、人間を信じたいと思ってるんじゃないかな? 計画を準備しながら、最後の最後まで、実行を待った……一度共闘だってしたし、きっと分かり合えるよ。もう一度話を――」
「――笑止‼」
 止まっていたギロチンが音を出すが、その口の隙間に炎の息吹が舞い、差し込まれた竜の剣がギロチンをこじ開け、破壊した。
「信念が揺れれば無力だ! お前が言った事だぞ、ガ・シャンブリ」
「クッ……!」
 アルンが私に巻き付く蛇を一掃した後、得意顔で剣を担いだ。
「アルン、助かったんだね……!」
「よく耐えたな。お前も怖かったろうに、私を助けに飛び込んでくれて、嬉しかったぞ」
 壊れたハサミを取り外し、投げ捨てたガ・シャンブリが額に手を当てて揺れている。
「正義は我にある……私が正義だ。私に迷いは無かった筈だ……!」
 きっと迷いなどは無いんだろう。ただちゃんと彼には、相手も信じたいという気持ちや、慈悲を持っていたんだ。まさしく正義の存在だ。
 ただ形だけが、少し歪んでいた。
「その心の隙間に、もう一度剣を差し込んでやろうか。――ブレイズプロテクション」
「うん。認めてもらおう。私達の正義を。――セレスティアルレイン」
 紫の霧が薄れ、視界がある程度戻る。ガ・シャンブリは杖の木を焼き、その中にある真の姿たる金の杖を握った。
「もう認めているとも。互いが、互いの正義のために戦っている。ただ――」
 ガ・シャンブリは牙を揃え、告げた。
「互いに、互いの悪を選んでいるのだ」
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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