【4】集中と選択

文字数 3,916文字

 この場に二人だけになり、アルンが顎に手を当てて唸る。
「復讐の女神がイリオスの聖域へ、か。困ったな、奴の技は仮初のコンバートであろうとなかなかのものだったぞ」
「うん。きっと放っておくと大変な事になる。これも彼――ガ・シャンブリの思惑通りなのかな」
「あの場で水晶を落としたのは意図的だろうから、あり得る。セメレーの聖域を掌握していたし、他の聖域なども、場所くらいなら把握していると考えていい」
 そう考察して一度大きく息を吸ったアルン。表情を一瞬暗くしたがすぐ真顔に戻って、私を見た。
「レクシア、ここは一旦手分けして、女神と暗黒竜の双方を処理しよう」
「え……」
 一瞬戸惑ったが、言いたい事は理解できる。
「イリオスの聖域を守るのは賢蒼竜の騎士たるレクシアの使命だ。私も騎士として、人々のため、そして私自身の為、同族にこれ以上好き勝手させるわけにはいかない」
「うん、そうだね。時間も無さそうだから急がないと、どっちも危ないし……」
 言われる前から、きっとこの考えには私も至っていた。それが今行うべき手段として、普通に考えて最善だ。
 アルンが、どこかで見たような微笑みを浮かべて、私の肩を軽く押した。
「ああ。だからお互いさっさと終わらせて、ここに再び集い、ノルキンガムの復興に移ろうじゃないか。大丈夫、私達なら何とかなる! ――よし、じゃあ私は行くぞ。どちらが先に片付くか競争だ!」
 早々に駆けていくその背中に、いつもの元気がない事くらい、分かってる。
 でも仕方ない。私だって大切なものがあるように、アルンにだってやらないといけない事があるから。
「私も行かなきゃ」
 彼女に背を向け、彼方を見据える。愛する家族が平和に過ごしている場所を思う。
「っ……」
 何で足が前に出ないの。騎士として家族を守らなきゃいけないのに!
 一度体ごと振り返る。もう見えない赤き竜鱗。
 片足を再び反対側へ向ける。方向転換する体が半分まで進み、横を向いて止まる。
「何……私は何を考えているの……」
 バラバラな方向を向いて固まる足を見下ろし、独り、悩んだ。
 力を籠めた杖から、事象顕現が発動。薔薇の花びらが舞い、私を包む。その力の流れに集中し、顕現した思いを受け取ってみる。
――世界を変える英雄というのは、国が縛らない自由な存在であるべきだ。これからも、お前達は立場を気にせず本心に従ってくれ。
――レクシアさんは優しくてすげぇ人だ、きっと全て良い方向に導いてくれる!
――だから、貴女達はどうか行って頂戴。――勝利の道へ。
「ジーク……みんな……」
 事象顕現が、人々の思いを伝達する。その中にイリオスの声が無いのはきっと、父の力を借りるな、この場で経験した事を活かせとの意志と解釈した。
――自由に、のびのびと生きてください……
「うん。セメレーさんの言う通り、自由に行くよ」
――迷う暇は無いぞレクシア、即行動だ!
 そうだ、こんな所で立ち止まるのが一番駄目だ。もっと複雑じゃなく単純に、目の前のやりたい事をやっていこう。例えば――ロビンさんみたいに。
 私は地を蹴り、走った。――アルンの駆けて行った方向へ。
「待って、アルンーーーっ‼」
 もう随分と離れてしまったかもしれない。どういったルートで向かったかも分からないから、一直線になっている事を祈る――いや、奇跡なんて祈らない。どんなに厳しくても、私が探し出すんだ!
「はぁっ、はぁっ……! アルン、聞こえる⁉ 私の声が聞こえる⁉ 神力も魔力も、竜の闘気も杖から開放してるよ! 感じてくれてるなら、どうか止まって、私が来るのを待ってーっ!」
 路地をどこまでも曲がって探し、人目が集まってきていたネーデルラントからも抜け出し、平原で力を発する事で寄ってくる虫や小動物をかわしながら駆け抜ける。
 ずっと一緒にいた事で他の竜との違いが分かる、アルンの闘気が発せられているのが分かった。つまり何故か力を使っている。
「はっ――近い。大地の端、今まで来た事無かった方角!」
 恐らく二つの大地を繋ぐ、狭間の大階段がそこにもあるのだろう。息も絶え絶えだが、感じた方角へ真っ直ぐ駆け抜け、白の大地の崖に立つアルンを見つけた。こちらに身体を向けている。
「アルン――!」
「――バーニングブレイド!」
「くっ――セルリアンスレイブ!」
 横薙ぎに振り払うように撃ち込まれた炎の剣を、開放していた力を集積させて作った刃で迎え撃った。
「うぁっ――はぁっ……はぁぁっ……」
 ここで疲労が一瞬でのしかかり、私は両膝と手の平を着いて息を切らした。体中の熱と汗を瞬時に強く感じ、魔力切れで頭も重く、視界のピントも合わせづらくなった。
「何をしているんだレクシア。イリオスやその聖域を守るんじゃないのか……!」
 その叱るような声に反応し、体の重みに抗って立ち上がる。
「何をって――アルンを助けに来たんだよ!」
「なっ⁉」
 出来るだけ素早く呼吸を整えながら、詰め寄って距離を縮める。
「ここで手分けして、アルン一人が同じ種族の竜の群れに突っ込んで、ちゃんと生きて帰れるとは思えないよ!」
「大丈夫だと言っただろう――」
「私達なら、何とかなるって――アルンはそう言ってたよ。それって、一人だと危ないかもしれないって、内心思ってたんじゃないかな」
 発言を振り返っているのか、俯いて歯を食いしばるアルン。言葉を探して返答してくるだろうけど、何を言われても私は押し返すつもりだ。
「お前が駆けつけず、イリオス達はどうする? 確かに私も危険な戦いをしに行くが、お前の守るべき家族が同規模の危機に直面している」
「アルンだって――」
 イリオスの話題を出されて一瞬怯んだが、答えはもう決まってる。
「アルンだってもう、私の大切な家族なんだよ!」
「レクシア……」
 剣の炎が消え、一歩足を引いたアルン。けどその儚げに揺れる瞳は私を写し続けている。さっき別れる前に作った微笑と同じ、セメレーさんのような瞳は助けを求めてると確信してる。
 下げられた分の左足の距離をこちらも右足一歩踏み込んで詰めながら、胸元の手を軽く握る。
「私って、こういう境遇だから。家族って定義は単純に血の繋がりだけじゃないの。一緒に笑って、怒って、戦って。そして隣にいるのが当たり前みたいになっちゃうくらい、強く関わって、繋がって。そんなアルンは私にとって、もうイリオス達と同じくらい、大切で、大好きな存在なんだよ。私の考えの中だと、それは家族としか言えなくて。どっちか片方選んで助けに行けなんて、難しすぎて考えられない。だから目の前の苦しんでる人を、心が助けたいって思った人を、私は助ける」
 イリオスも大事だ、竜の騎士としての使命と心は大切にしたい。けど、そのせいでアルンを助けに行けないっていうなら。騎士なんて立場捨てて、ただのレクシアとして大好きな人を守りたいんだ。
 大地の端で、果て無き空を背景に見つめ合う。私達以外に受け止めるものがない風が吹き、長い髪を揺らしながら、後ろに通り過ぎていく。
「だからお願い、アルン。一緒に行かせて。アルンを一人にさせたくないし――私にアルンがいない世界は、考えられないから」
 黙って真剣に、私の言葉を聞き続けてくれたアルン。下げていた足を戻して直立すると、剣を背中に納めて微笑んだ。その瞳からは、あの寂しさを感じる事は無い。むしろ普段の私を小馬鹿にしたような感じが戻っている。
「家族、か。それでこそレクシアだな。完敗だ」
 なんでちょっと笑ってるの、と、私が頬を膨らませる。アルンは、なんでもない、とさらに笑ってくる。つられて私も笑ってしまった。
 笑い終えて落ち着いたアルンが、潤った瞳に指を添えながら話した。
「正直私としても、来てくれて助かった。竜は本来孤高な種族なんだが――お前達と関わりすぎた私は、もうそんな生活には戻れないな」
「やっぱり。そんな感じの顔してたもん」
「お見通しだと? 屈辱だな。レクシアのような分かりやすい表情変化なんて、別に影響されなくてもいいんだが」
「あ、ひどーい。アルンも感情豊かな方が可愛いと思うよ」
 楽しい。幸せだ。こんな他愛ない会話を続けていたいと思える人を、離せるはずがなかった。


 そして、しばらく大地の端に沿って歩く事数分。
「アルン、狭間の大階段がある場所に行ってたんじゃなかったの?」
「以前牙刀に案内された奴しか分からん。魔界と繋がる階段は、こちらの大地から見てどのあたりにあるかなんてのは、黒の大地で過ごすだけでは分からないだろう」
「じゃああそこにいたのって、単に行き止まりだったんだね……」
「おかげでレクシアの気配も分かったんだ。正しい行動だろう?」
「結果論だよ、結果論」
 そうしてようやく、古びた階段を見つけた。以前通ったものと違い、人が数人しか同時に通れなさそうな規模だ。
「間違いない、魔界の奴らのもとに繋がる階段だ」
 頷いたアルンが体をこちらに回し、真剣な目線を私に向けた。
「一応、確認はとっておくぞ。ここから先は黒の大地でも危険度の高い魔界。行ったら逃げるにも苦労するから、しばらく引き返せないと考えるべきだ」
 私は黙って頷く。もう覚悟は出来ている。
「現在、復讐の女神がイリオスの聖域に迫っている。こちらに踏み出せば、あちらを助けに行く事は出来ないし、両方を助けるなんて事が出来るほどの距離と難度ではない。イリオスのもとへ行くなら今しかないぞ。レクシア、お前はそれでも魔界へ行くか? ――行ってくれるか?」
 私は迷いなく頷いた。
「うん。大丈夫。行こう――魔界の、赤竜達の所へ」
 アルンはそれを聞いて頷き、階段へ一歩を踏み出す。私もそれに続いていった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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