【6】守り抜いた意思

文字数 3,260文字

 しばらく歩くと、大きな翼の羽ばたく音が聞こえた。
 発生源に向かって様子を見に走ると、暗闇でも見間違えようのない姿が。
「お父さん!」
 無意識に速度をさらに上げて飛び込む。勢いが強かったか、イリオスの頭の上に倒れ込んだみたいになった。着かない足をバタつかせていると、イリオスは頭を下げて私を降ろしてくれた。
「あ、あの、子竜達は、大丈夫なの⁉」
 手だけは頭の上に添えるように残し、その大きな眼を見つめた。イリオスは僅かに口を開く。
「その様子だと、ネメシスが襲来した事は把握しているようだな。案ずる事は無い、今や我が子らも屈強な竜。そして、正気を取り戻したネメシスが去り際に張った結界により、我が聖域の安寧は再び保たれたのだ」
 心の底から安堵した。目頭が熱くなって、腕でイリオスの頭の先を包み、顎を乗せた。
「良かった……ごめんお父さん、助けに行けなくて、本当にごめんなさい……」
 イリオスはきょとんとしていたが、後ろから歩いてきたアルンの声が補足した。
「イリオス。レクシアは複数の挑む相手、守るものを天秤にかけられ、選んだ。今こうして私が立ち、マナの書が破壊されたのはその選択の結果だ」
「そうか。儂のもとへ行く事も出来た中で、結果的にコンバートを止めたか。お主は正しい道を進めたようだな」
 イリオスはそう言ってくれたが、私は首を振って泣きじゃくる。
「正しくなんかっ、ないよ……! 騎士として、娘として、私はお父さんを守るべきだった。間違った道を進んだ親不孝者を叱ってよ、お父さんっ……!」
「レクシア」
 力強く名を呼ばれ、私は一歩離れて相手の目を見た。感情が混同して視界も呼吸も落ち着かない。何年かぶりに、イリオスの巨体の迫力に震えそうになった。でも、叱って欲しいと望んだのは私だ。
 父の真剣な眼差し。声が耳を震わせ、脳に響く。
「後悔は、あったか? 選択の時をやり直したとして、お主は違う道を選んだか?」
 問い。その答えは既に決まっている。数秒落ち着くために呼吸して、真っ直ぐ答える。
「後悔はしないって決めたし、その後の行動も全部、私なりに頑張って選んだ。何度やり直しても、私はここに行きついたと思う」
 探せば、さらに最善と呼べるより良い道もあるかもしれない、とは思う。けど私がそれを見つけて実行できるだけの力があるか分からないし、過ぎた事を嘆いても仕方ない。
 それに――もし様々な選択をやり直せたとしても、私はそんな事したくない。それは苦しみながらも頑張って選び抜いた、私自身の否定になるから。
「そうか――」
 イリオスは目を閉じ、開く。その瞳の光は優しかった。
「ならば、儂が咎める事では無いだろう。惑わされても、心中にある真の望みの為に動いた。我ら以外にも守りたいと思える存在が出来たのなら、旅をした甲斐があったというものではないのか?」
「――!」
 そうだった。イリオスが私を拾って守ってくれたように、私も守りたいと思った誰かを守れるようになりたい。直接言った事は無かったかもしれないが、確かに私はそう思って聖域を出たんだった。イリオス達と他の誰かを天秤にかけて、イリオス達ばかり選んでいるようでは、誰かを本当に守ったとは言えないだろう。
「力だけでなく精神の面においても、一人前になれたな。父として、誇りに思うぞ」
 目の前で私に優しい言葉をかけてくれているお父さんだって、私が神族としての力を持つ事に気付いた時点で、子竜の安全や聖域の平穏の為に捨てる事だって出来た筈なのだから。
「うん……うんっ……ありがとう、お父さん!」
 泣いてばかりじゃいけない。私が表情を晴れやかにしたのを確認したイリオスは、長い首を後ろに向け、翼を広げた。
「通りすがりのアイレ・ストルムの話から大まかな位置を割り出した。我がここに来たのは、騎士二人の迎えの為だ」
 アルンが拳を握って喜んだ。
「それは助かる! 階段探しほど面倒な事は無いからな」
 魔界に戻るのは確かに勘弁だし、以前牙刀さんに案内してもらった場所はここから遠いはず。となると、イリオスが来なかったら大変な帰路になっていたかもしれない。――と、町から数分歩いておいて今更気付いた。
 私もアルンも慣れたもので、ひとっ跳びでイリオスの背中に乗った。ここはやはり安心する。
 私達の両隣で大翼が動き、低空飛行で速度を上げると、あっという間に見えてきた大地の崖から降下した。
「重力の変動がある。しっかり掴まっているんだぞ」
「うん」
「そう言えばそうだったな」
 返答し体を掴んで間もなく、降下と思っていた感覚は上昇に変わった。イリオスの頭は下ではなく上方向になったんだ。ちょっと大変だ。
「この圧を越えて大地移動が出来る生物は限られるはず。竜族が出入りする割に、白の大地の鳥などが黒の大地に現れない理由かもな」
 感覚の変化にすぐ適応したようなアルンが発言する。私も考えを巡らせる。
「でも、私と一緒に落ちた雪の中で大きかったものは、少し黒の大地に来てた。小鳥も少し頭を使って自由落下して、重力が変わってから改めて飛んだり工夫すればいけるかも」
「おっ、レクシアも言うようになったな。その仮説なら天使や有翼魔獣などもやれなくはないな、天使は黒の瘴気で堕ちるだろうが。クロリスも飛竜を飼い慣らして、双方の大地の民を運ぶ商売でも始めたらどうだろう」
「狭間の階段で支配者争いが起こらないのが、この世界の奇跡のひとつだ。大地移動に金銭を絡ませるでない」
 前方のイリオスに突っ込まれ、それもそうだなとアルンが笑った。
 太陽の眩しさに一瞬目を閉じると、もう次の視界には、白の大地の半分を一望できる景色が広がっていた。イリオスは体を横に戻し、やっとこちらの体も楽になる。
 高く高くそびえる白の塔などが、奥のもう半分を隠している。あまりに遠くから見ているが、他の建造物と違い白の塔だけははっきり見えるという所も、その存在感を表している。
「黒の大地の竜として生きるだけだと見られない景色、触れられない文化、関われない人々がここには広がっているぞ。この世界はまだまだ、私を楽しませてくれる」
 身を乗り出したアルンが私にくっついて、奥の肩に手を回した。隣を覗いてみると、予想通りの浮き浮き顔だった。
「私も聖域にいるだけじゃ、分からない事も沢山あった。この広い世界、私ももっと触れていきたいな」
 一番嬉しいのは――アルンと一緒に冒険出来る事、なんだけどね。
 私もアルンの肩にゆっくり手を伸ばしてみるけど、なんだかちょっと恥ずかしい。
 なんて、背中の方で手をふらふらさせているのをアルンに気付かれ、肩に私の手が運ばれてしまった。
「ひひっ」
「ふふっ」
 揃えた歯を覗かせて笑うアルンが可笑しくて、私もつられて笑った。
 イリオスがさらに進んだが、向かう先は聖域ではなく、ノルキンガムだった。
 隣のネーデルラントと比べて、戦の跡みたいなものは沢山残っているけれど。塔のように上がった城の地表は戻り、毒の霧はきれいさっぱり無くなっている。
「ある程度の話は聞き及んでいる。お主らが守った世界だ」
 イリオスがそう言いながら、国を見下ろしていた。
 城や家の高階層から、沢山の人達が手を振っているのが見える。その中には勿論、ジークやローランさん達の姿もあった。
 蛇の国があんな事になったので、こちらは自分の目で見れて安心した。
 私は落ちないように注意しながらも、ギリギリまで外側に寄って手を振った。アルンは立ち上がり剣を掲げ、その勇姿を見せつけた。
「私達だけじゃない。あそこにいるみんな、みんなが頑張って得た平和だよ」
「――うむ、そうだな。その通りだ」
 頷いたイリオスは再び羽ばたき、街の中へ降下していく。
 天軍を妨害し、ヴァラーグを倒した時は世論の賛否が分かれる可能性から、目立ちたくない状況と言えた。しかし今回は盛大に迎えられている。
 緊張を乗り切れるか不安になりながら、覚悟を決める。そんな私の肩を叩き、手を伸ばすアルンの顔は、とっても楽しそうだった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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