【2】竜王子の婚約者
文字数 2,949文字
緩やかな坂をしばらく登ると、白き城の大きな門が見えてくる。アルとビレオは、その城の屋根のあたりで仲良く飛んでいた。
「頼もうっ!」
長い槍を立てた、門番と思しき人間二人を発見したアルンは、すかさず大声で呼びかけた。
「見慣れぬ竜人だな。悪いが、用件も無く城に立ち入る事は禁止されている」
一人がそう言うと、二人の槍が傾けられて門の前で交わった。
アルンがくすくす笑いながら私を見てきた。門番たちを指さしている。
「なあレクシア、見てみろ。あの程度で本当に門への道を塞いだ気なのか?」
「白の大地の街中で本当に戦う事は無いから、形だけなんだと思うよ、多分……」
――ガルムの時のような嫌な予感を感じる。もし戦闘になりそうだったらいったん退こう。
私がそんな事を考えながら今後の展開を警戒していると、空からアルとビレオが降下してきた。
ビレオが私の近くで回った。アルもアルンの周りを飛んでいる。
「うわっ。ふふ、急にどうしたの?」
そのままビレオは肩に乗ってきた。頬を頭ではたかれたので、少し引っぺがして頭を撫でてやる。笑顔で大人しくなった。可愛いなぁ。
「明らかに私達に反応したな。名前が似ている事と飼い主以外は、私も好きだから良いんだが」
アルンも慣れたもので、腕にアルを乗せて歩き続けた。
「私の方にそっちのアル君が飛んできてたら、名前を呼ぶ時困ってたかもね」
二人で笑いながら門に到着。門番はお互いに目を合わせてコンタクトをとった。
「道理で飛竜が先ほどから待機していたんだな。デネヴ殿の関係者とお見受けする、通行を許可しよう」
傾けられた槍が真っ直ぐ戻された。まさかの展開。
冥界ほどではないにせよ大きな門が盛大に開き、私達はありがたく先に進んだ。長槍の間を通って、大きな建物に入るのはとても緊張して、ついつい縮こまってしまった。
門が閉まり、太陽が消えて暗闇に。門番がいなくなったので、落ち着いて息を吐いた。
「ふぅ……デネヴ殿って言ってたね、お偉いさんなのかな」
アルンが腕のアルを眺めながら返答。
「無駄にご立派な服だったし、こいつらも賢いからな。どんな立場なのやら」
奥にあった扉を開いて暗闇を抜けると、様々な建物が見えてきた。飛行を再開したアルとビレオ。誘導している風だったので、私達は素直についていった。
そしてやってきた広間。中には先客、見知った顔の男性と、もう一人別の女の子がいた。
一人はジークフリート。手入れを終えたといった感じで、壁際に用意された専用スペースで休む剣をしゃがんで眺めている。
もう一人はそのジークの背中にくっついて、両腕を彼の首に絡めている。腰まで伸びる茶髪、青色の鎧と白く広がる腰布。
ジークの過去の発言を考えると、彼女が婚約者のクリムさんだろう。髪型や鎧の趣味がほとんど一致しているから、確かにぼやけた目なら一瞬私と似てると思わなくもない……かな?
鞘に納められた剣は長細いが、今まで出会った剣士の剣が軒並み大きいのであって、一般的にはこのくらいが普通なのだろう。街中で何人か見た人間の剣士は、大抵このサイズだったし。
アルンが分かりやすく喜んで足の速度を速めると、ジークが気配をいち早く察知してこちらを向いてきた。
「誰だ?」
「私だジーク、こんな所で会うとはな! 横の人間がクリムとやらか。熱い熱い、ブレネリヒトでさえもう少し配慮するぞ」
後に聞いた話だが、ブレネリヒトというのは太陽の力を扱う強大な竜だそう。何故ここでアルンがその名を出したのかは分からない。
このままアルンのペースで進む前に、私もジークやクリムさんの近くまで行って会釈する。
「こんにちは、クリムさんとは初めてだよね。レクシアです、よろしく……」
クリムさんがジークから離れて、私達を真っ直ぐ見据えた。胸元に手を当て、口が開かれる。
「ジークから既に話は聞いているの。レクシアさんにアルンさんね。私はクリムヒルト、ジークの婚約者よ。年も近そうだし、そのままクリムって呼び続けて貰っていいわ」
私と同じくかかとの高い靴を履いているが、私達よりは少しだけ低い身長。なのでこの場においては少々小柄だが、その自信に満ちた瞳と、姿勢の整った佇まいは田舎育ちの竜騎士である私達が敵うものではなかった。
「うん、よろしくね。クリムも、さん付けは外していいよ」
「私もアルンで構わない。よろしくだ、クリム。――で、結婚はいつなんだ? まだ私が奪える猶予はあるか?」
「ジークったら、国が平和になったら、って言ってそれきりよ。それがジークの願いでもあるし、一刻も早く平和にしないとね。物騒な笑みを浮かべたアルンもいるわけだし」
ジークと死闘を生き抜いただけあり、私達もクリムもお互いを受け入れるのは早かった。
誘導役を務めていたアルとビレオが、近くにあったテーブルに止まって眠り始めた。役目は果たした、という事だろう。――ありがとね。
クリムが離れて動けるようになったジークも立ち上がる。
「デネヴから客人が来るとは伝えられていたが、まさかお前達とはな。丁度いい、今のうちに把握させておきたい情報もあるし、お前達の要件を聞くためにも、まずは座って――」
突然ジークが黙る。アルンが剣を構えたまま止まっていた。
「私なりの挨拶を竜闘気で止めるんじゃない。悲しいぞ」
「もう少し時と場合を考えろ。ここはお前の過ごした大地ではない」
あまりにも静かに、一瞬で、強大な二つの闘気がぶつかりあったのだろう。状況把握に時間がかかった私とクリムの目が合う。
――ごめんね、私の相棒いつもこうで……
――聞いた通りだわ、あなたも大変ね……
表情である程度会話が成立した気がした。ファッションセンスも同じだし、この子とは仲良くなれるかもしれない。
「しかしなジーク……私の全力を受け止めきれる相手が久々に目の前にいるのに、この血の疼きを放ったまま小難しい会話が出来るとも思えないんだ……」
けっこう落ち込んでるアルン。この発言においての全力というのは、イプシロン・アーマーも含めた話を言うのだろう。
私はアルンと戦う時は楽しいし、アルンも楽しんでくれている。けれど竜の筋力や闘気をそのまま受け止め続けるなんて事は出来ないし、イプシロン・アーマーには敵いっこないだろう。私は、ここまでアルンの衝動を駆り立てるジークに、少し嫉妬した。
するとクリムが一歩前に出た。
「なら、私と一本打ち合ってみない? 私に負けるか、満足できる勝負が出来たら、ジークとの戦いはまた今度って事で」
「えっ、クリム、本気なの? アルンは強いよ?」
私が心配したら、クリムはウインクを飛ばしてきた。
「大丈夫、竜族だって分かった上で言ってるし、勝算もちゃんとあるから。ジークも、それでいいでしょ?」
ジークは少し唸ったが、小さくため息をついてから、無言で頷いた。きっと止めても無駄なんだろう。
「なかなか良い度胸だ。私もその話に乗ろう。言っておくが、私は数発程度でへばってもらっては満足できんぞ?」
アルンが得意顔をして、自慢の剣を見せつけた。
クリムが鞘から剣を抜く。その鉄の剣は室内の照明に照らされ、火竜の炎に対抗すべく輝いた。
「物心ついた時から剣は握ってたの。甘く見ないで貰えるかしら」
「頼もうっ!」
長い槍を立てた、門番と思しき人間二人を発見したアルンは、すかさず大声で呼びかけた。
「見慣れぬ竜人だな。悪いが、用件も無く城に立ち入る事は禁止されている」
一人がそう言うと、二人の槍が傾けられて門の前で交わった。
アルンがくすくす笑いながら私を見てきた。門番たちを指さしている。
「なあレクシア、見てみろ。あの程度で本当に門への道を塞いだ気なのか?」
「白の大地の街中で本当に戦う事は無いから、形だけなんだと思うよ、多分……」
――ガルムの時のような嫌な予感を感じる。もし戦闘になりそうだったらいったん退こう。
私がそんな事を考えながら今後の展開を警戒していると、空からアルとビレオが降下してきた。
ビレオが私の近くで回った。アルもアルンの周りを飛んでいる。
「うわっ。ふふ、急にどうしたの?」
そのままビレオは肩に乗ってきた。頬を頭ではたかれたので、少し引っぺがして頭を撫でてやる。笑顔で大人しくなった。可愛いなぁ。
「明らかに私達に反応したな。名前が似ている事と飼い主以外は、私も好きだから良いんだが」
アルンも慣れたもので、腕にアルを乗せて歩き続けた。
「私の方にそっちのアル君が飛んできてたら、名前を呼ぶ時困ってたかもね」
二人で笑いながら門に到着。門番はお互いに目を合わせてコンタクトをとった。
「道理で飛竜が先ほどから待機していたんだな。デネヴ殿の関係者とお見受けする、通行を許可しよう」
傾けられた槍が真っ直ぐ戻された。まさかの展開。
冥界ほどではないにせよ大きな門が盛大に開き、私達はありがたく先に進んだ。長槍の間を通って、大きな建物に入るのはとても緊張して、ついつい縮こまってしまった。
門が閉まり、太陽が消えて暗闇に。門番がいなくなったので、落ち着いて息を吐いた。
「ふぅ……デネヴ殿って言ってたね、お偉いさんなのかな」
アルンが腕のアルを眺めながら返答。
「無駄にご立派な服だったし、こいつらも賢いからな。どんな立場なのやら」
奥にあった扉を開いて暗闇を抜けると、様々な建物が見えてきた。飛行を再開したアルとビレオ。誘導している風だったので、私達は素直についていった。
そしてやってきた広間。中には先客、見知った顔の男性と、もう一人別の女の子がいた。
一人はジークフリート。手入れを終えたといった感じで、壁際に用意された専用スペースで休む剣をしゃがんで眺めている。
もう一人はそのジークの背中にくっついて、両腕を彼の首に絡めている。腰まで伸びる茶髪、青色の鎧と白く広がる腰布。
ジークの過去の発言を考えると、彼女が婚約者のクリムさんだろう。髪型や鎧の趣味がほとんど一致しているから、確かにぼやけた目なら一瞬私と似てると思わなくもない……かな?
鞘に納められた剣は長細いが、今まで出会った剣士の剣が軒並み大きいのであって、一般的にはこのくらいが普通なのだろう。街中で何人か見た人間の剣士は、大抵このサイズだったし。
アルンが分かりやすく喜んで足の速度を速めると、ジークが気配をいち早く察知してこちらを向いてきた。
「誰だ?」
「私だジーク、こんな所で会うとはな! 横の人間がクリムとやらか。熱い熱い、ブレネリヒトでさえもう少し配慮するぞ」
後に聞いた話だが、ブレネリヒトというのは太陽の力を扱う強大な竜だそう。何故ここでアルンがその名を出したのかは分からない。
このままアルンのペースで進む前に、私もジークやクリムさんの近くまで行って会釈する。
「こんにちは、クリムさんとは初めてだよね。レクシアです、よろしく……」
クリムさんがジークから離れて、私達を真っ直ぐ見据えた。胸元に手を当て、口が開かれる。
「ジークから既に話は聞いているの。レクシアさんにアルンさんね。私はクリムヒルト、ジークの婚約者よ。年も近そうだし、そのままクリムって呼び続けて貰っていいわ」
私と同じくかかとの高い靴を履いているが、私達よりは少しだけ低い身長。なのでこの場においては少々小柄だが、その自信に満ちた瞳と、姿勢の整った佇まいは田舎育ちの竜騎士である私達が敵うものではなかった。
「うん、よろしくね。クリムも、さん付けは外していいよ」
「私もアルンで構わない。よろしくだ、クリム。――で、結婚はいつなんだ? まだ私が奪える猶予はあるか?」
「ジークったら、国が平和になったら、って言ってそれきりよ。それがジークの願いでもあるし、一刻も早く平和にしないとね。物騒な笑みを浮かべたアルンもいるわけだし」
ジークと死闘を生き抜いただけあり、私達もクリムもお互いを受け入れるのは早かった。
誘導役を務めていたアルとビレオが、近くにあったテーブルに止まって眠り始めた。役目は果たした、という事だろう。――ありがとね。
クリムが離れて動けるようになったジークも立ち上がる。
「デネヴから客人が来るとは伝えられていたが、まさかお前達とはな。丁度いい、今のうちに把握させておきたい情報もあるし、お前達の要件を聞くためにも、まずは座って――」
突然ジークが黙る。アルンが剣を構えたまま止まっていた。
「私なりの挨拶を竜闘気で止めるんじゃない。悲しいぞ」
「もう少し時と場合を考えろ。ここはお前の過ごした大地ではない」
あまりにも静かに、一瞬で、強大な二つの闘気がぶつかりあったのだろう。状況把握に時間がかかった私とクリムの目が合う。
――ごめんね、私の相棒いつもこうで……
――聞いた通りだわ、あなたも大変ね……
表情である程度会話が成立した気がした。ファッションセンスも同じだし、この子とは仲良くなれるかもしれない。
「しかしなジーク……私の全力を受け止めきれる相手が久々に目の前にいるのに、この血の疼きを放ったまま小難しい会話が出来るとも思えないんだ……」
けっこう落ち込んでるアルン。この発言においての全力というのは、イプシロン・アーマーも含めた話を言うのだろう。
私はアルンと戦う時は楽しいし、アルンも楽しんでくれている。けれど竜の筋力や闘気をそのまま受け止め続けるなんて事は出来ないし、イプシロン・アーマーには敵いっこないだろう。私は、ここまでアルンの衝動を駆り立てるジークに、少し嫉妬した。
するとクリムが一歩前に出た。
「なら、私と一本打ち合ってみない? 私に負けるか、満足できる勝負が出来たら、ジークとの戦いはまた今度って事で」
「えっ、クリム、本気なの? アルンは強いよ?」
私が心配したら、クリムはウインクを飛ばしてきた。
「大丈夫、竜族だって分かった上で言ってるし、勝算もちゃんとあるから。ジークも、それでいいでしょ?」
ジークは少し唸ったが、小さくため息をついてから、無言で頷いた。きっと止めても無駄なんだろう。
「なかなか良い度胸だ。私もその話に乗ろう。言っておくが、私は数発程度でへばってもらっては満足できんぞ?」
アルンが得意顔をして、自慢の剣を見せつけた。
クリムが鞘から剣を抜く。その鉄の剣は室内の照明に照らされ、火竜の炎に対抗すべく輝いた。
「物心ついた時から剣は握ってたの。甘く見ないで貰えるかしら」