【2】束の間の少女達

文字数 5,020文字

 一角竜に乗り込み、階段と草原を駆ける。移動中、エルダークラスと戦いたいなんて言っていたアルンだったが、流石に冗談だった。
 再び訪れる街。時刻はまだ昼に近いはずだが、空はもう暗くなってきていた。まずは、優先すべき用事を済ませておく。
「クロリスさーんっ!」
 街に入ってすぐの小屋でお金の勘定をしていた褐色の竜商人――クロリスさんは、私の呼び声に気付くと、すぐに飛び出して迎えの姿勢に入った。
「おぉっ、二人ともおかえりー! うちの可愛い竜達の評価は――その顔を見れば一発だね! やったね!」
 クロリスさんが親指を立ててウインクを一角竜達に向けると、竜達は喜んだのか速度が上がって、激戦の末の成長を伝えるようにステップしながら残りの距離を進んだ。おかげで私達はその暴走に振り回された。
「夜道はレクシアの光魔法が必須だった。首に提げるランタンでも用意しておけば、後は完璧だったぞ」
 一角竜から降りたアルンがしっかり釘を刺す。
「了解、そういう声が聞きたかったから助かるよ! メモメモっと」
 クロリスは前向きにアドバイスを聞き入れた。
 私も一角竜から降りて、その首に優しく触れる。一角竜はチラリとこちらを見てくれた。
「短い間だったけど、とっても助かったよ。ありがとう」
「クィルルッ」
 笑顔で可愛い返事をしてくれた。私も笑顔を返した。
 二体をクロリスに返す。聖域で一緒に焼肉を食べた仲だから少し寂しい。だけど、こうやって出会いと別れを繰り返していくのが、旅する冒険者の――いや、人間という生き物の在り方であり、成長過程なんだろう。
「まいどあり。また会えるよ、こうしてアタシの商売を贔屓にしてくれるなら、いつでもね!」
 クロリスさんがそんな事を言ったのは、私の考えが表情に出ちゃったのに気付いたんだろうか。なんにせよ、その言葉は嬉しかった。
 これで契約は終了。用事を終えて先に進もうとするが、その前にクロリスがぽんと手を叩いた。
「そうだ、知る人ぞ知る噂に過ぎない情報をさっき仕入れたんだけどさ、天軍が建設作戦の不備に気付いて帰ってきた理由。それは蒼と赤の竜騎士が食い止めたからって話なんだけど、本当⁉」
 げ。罪深い行動が早速知れ渡りそうになってる。
 黙っておきたい私だったけど、アルンが胸を張って得意顔をした。
「ああそうだ、英雄的偉業だろう? そこの一角竜も活躍したんだ、その辺を宣伝文句にしてくれても構わない」
「ちょ、ちょっとアルン……!」
 街の人は大抵天軍や、支配者たる神族の支持者だから、そんなに言いふらすべきじゃないと思っていた。
「さっすが、アタシの頼みたい事分かってるじゃん、許可ゲットー! 実はアタシもあの建設には思う所があったから、二人には感謝したいかな。お疲れ様ってね」
 竜商人として広い視点を持っていたクロリスさんは、私の動機というか、思いをちゃんと分かってくれていた。
 でも問題が一つ。
「そんなに大声で宣伝したりとかは、しないでくださいね……?」
 クロリスさんは笑って首を振った。
「えー、何、天軍の妨害したのが責められると思ってる? 大丈夫大丈夫、所々間違いがあるのは街のみんなも分かってるからね」
「い、いやそうじゃなくて……は、恥ずかしい、から……」
 その後何を言っても、クロリスさんは上機嫌に宣伝文句を考えていた。恥ずかしさに顔を覆う私を見て、いつものようにアルンは笑っていた。


 今から余裕を持って、夜に備えて宿を探したい所だが、アルンが空腹を訴えると、私も同じくお腹が空っぽな事に気付いてしまった。時刻も昼過ぎだし。
 目的地を変更、あてもなくぶらぶらと料理屋を探して散歩していると、目的を同じくしていたリンランさんとミンリーちゃんに偶然再会した。
 私とアルンはさまよい続ける未来が見えていたので、二人の案内で適当に店を選んでもらい、一緒に食事をする流れとなった。
 ミンリーちゃんの瞬足に合わせて移動したつもりで、私とアルンが店の席に座ったが、いつの間にミンリーちゃんは後ろに下がっていた。
「リンラン、その扉狭いから気を付けてねー」
「ええ。ありがとう、ミンリーちゃん」
 リンランさんが事前に翼を畳んで背中から真っ直ぐ伸びるように動かすと、横幅が狭まって、店の壁に翼がぶつからないまま進むことが出来た。畳んだタイミング的に、ミンリーちゃんの言葉が無くても大丈夫そうだったが、気持ちを受け取ったリンランさんは笑顔だった。
 そして並んで私達と同じテーブルを囲む。ミンリーちゃんが急にいなくなったのはそういう事のようで、長く生活を共有する事による連携を感じた。
 二足歩行で、両手に大量の料理が乗った皿を運んできたカエルさん――ムスタバ。背が低いようでテーブルの上まで持ち上げられない様子だったので、近くに座っていたアルンがそれを拾い上げてお礼を言った。
 皿からはみ出す野菜、海鮮、そして多くを占めるのはお肉! しかも知識不足故に、どれが何の肉かさっぱり分からない。
 アルンが真っ先に食べ始め、他三人が遅れて挨拶。戦い続きだったから、ようやく落ち着いた時間がやってきた、そんな感じがした。
 樽みたいな形の椅子は少し慣れが必要だったけど、隣のアルンと、正面のミンリーちゃんの足の崩し方を見ると、それが正解な気もした。リンランさんは私の斜め前の席だから分からないけど、真っ直ぐな上半身と静かな食べ方を見る限り、足も真っ直ぐ揃っているかもしれない。
「天軍が帰還し、お二人もこうしてここにいるという事は……平和に終わってくれた、という事ですよね。本当にお疲れ様でした、無事で何よりです」
 そう言うリンランさんの表情からは、心からの安堵が感じられた。図書館の別れ際に見た姿と、その性格を考えると……天軍や白の大地の影の知識を持ち、そしてそれを私達に教えた事を、ずっと考え続けてきたんじゃないかと思う。
「共通の敵のために共闘、なんて事があって和解できたの。リンランさんの教えてくれた色んな知識、その時だけじゃなく、きっと今後もずっと助けになると思う。ありがとう」
 だから一応、不安の芽は摘んでおいた。あと、例え相手にそんな気持ちが無かったとしても、お礼は言うべきだし。
 ミンリーちゃんが会話に反応して、食事の手を止める。
「あたし達ちょっと山の方見てたんだけど、黒い雷が降ってたり、蒼い光が飛んでたりで夢でも見てるようだったなー! 多分あれって竜の仕業だよね、それが共通の敵ってやつ?」
「街からでもそれくらい見えちゃってたんだね。蒼い光の方は私のお父さんなんだけど……あっ」
 図書館では黙ってた情報かもしれない。リンランさんが首を傾げる。
「レクシアさん、親が竜族なんですね。失礼ながら飾りかと思っていましたけど、その角はもしかして、本物なんですか? 種族は一体……」
 自分で理解した。この疑問が生まれる事が分かっていて言わなかったんだ。少し回答を悩んで、包み隠さず伝える事にした。
「実は私、捨て子でね。竜のイリオスに拾われて、だからお父さんだけど……種族は別なの。お父さんは私を神族って言ってた」
 頭の角と羽の装飾に触れる。そこから感じる竜の波動は、体と心にすっかり馴染んでいる。
「角は飾りだけど……種族を超えた家族の証で、とっても大切なものなの」
 ミンリーちゃんが目を閉じて頷いている。
「良い話だね……神族はなかなか見ないよね、なんていうか、偉大だなぁ」
あにおいふ(なにをいう)――んっ、竜族も偉大な種族だぞ」
 ずっと夢中で料理を食べていたアルンが会話に参加する。口元に肉の一部が付いていたので、手で取ってあげた。アルンが気付いて私を見る。口に付いてたよ、なんてジェスチャーして、この肉は私が食べる。
「ふふっ、おいしい」
 思わず笑ってしまった。夢中でがっつくのも納得で、私ももっと食べようと思った。アルンが何故か私から目を背けた。肉を奪ったのが不服だったかな?
 話が私の行動で逸れてしまったけど、ミンリーちゃんもリンランさんに肉の刺さったフォークを差し出したりと仲良くしていた。アルンやミンリーちゃんが全部食べてしまう前に、私とリンランさんも少しづつ手を動かし始めた。しかし黙っている事も出来ず、私から話を続ける。
「偉大、っていうのも、よく分からないんだよね。育ちが特殊だし。それによる争いもしたくないから、今後はその種族の差というか、イメージに縛られない平和な世界を目指していきたいなって思ってる」
「平和……そうですね。まだあまり平和と言えない国もありますから、この街にいられる事には感謝したいですね」
 リンランさんがそう言って頷いた。ミンリーちゃんも指を数本立てて話す。
「今日の自然災害で何か起きても、神様の力でどうにかなりそうだから安心だよねー。例えば穀物や自然に被害があったら、この街の近辺ならデメテル様やユービアちゃん、バステトちゃんに、セメレー様は……最近見ないね、どうしたんだろ」
「セメレー様は以前、お子さんを産んだとされたあたりから、何かに悩んでいる様子だそうで……詳しい事は分かりませんし、このような事はあまり話すべきではありませんね。何にせよ、この地の平和が続いてくれているのは事実です」
 リンランさんが補足して、神の話題を終了した。
 アルンが今度はちゃんと食べ物を飲み込んでから喋る。
「平和か……戦いはしたいが、私も今後の活動は平和そのものでな。さっきリンランが扉を通るのに工夫が必要だったように、そういった種族の不便を無くしていくために活動するつもりだ。――ちょうど竜人が目の前に二人もいるな。どうだ、椅子の背もたれに穴が開いてなかったり、宿で人間仕様のベッドがあるとどうだ、尻尾はどこを向けばいい?」
 竜人二人の体が分かりやすく動いた。ミンリーちゃんは前かがみになって目を輝かせている。
「将来的にアルンさんが対策してくれるの⁉ 助かるよーっ。ベッドで仰向けになると、尻尾自体は頑丈だから良いんだけど、寝相で付け根がぐりぐりと……」
「それはミンリーちゃんの寝相が悪すぎるだけでしょ……? ――椅子の背もたれに尻尾が通せる造りだとしても、安直に通して座っているのは下品、といった話も聞いたことがあります。誰が言い出したのやら……。なのでこの店の、背もたれがない造りはそういった点においては尻尾が自由で嬉しいです。翼を休められるのが助かるので、背もたれがずっと無い方が良いとは言えないのですけど……」
 そう言って翼を下げるリンランさんは本気で困っていそうだ。ミンリーちゃんが手でその翼を支えると、リンランさんはぴくっと震えた。
 二人の話を聞いて、腕を組みながら頷いたアルン。こっちは良い話が聞けて上機嫌の様子。
「そうだ、ここが人間の人口が多い街だからというのはあるが、それでも様々な種族が暮らしているんだ。全くもって配慮が欠けている気がするから、様々な種族の観点から見られるレクシアの柔軟な視点を借りつつ、どうにか改善していきたい」
「私、そんな活躍できるかなぁ……」
 不安を伝えると、アルンはニヤリと歯を覗かせた。
「出来るさ、私が保証するとも。あと角とかに関しては、レクシアも同じ条件を持ってそうだしな」
 そこからは竜人トークというか、角や尻尾の話題が続いてついていけなくなってきた。そんな時私が窓の外を見ると、もう日が沈み始めるであろう時間であると察した。楽しい時間はあっという間である。


 店から出て、ミンリーちゃんが手を振り叫ぶ。
「今度会ったら、一緒に桜とか見に行こうねー!」
「桜?」
 アルンが問うと、リンランさんが手のひらで方角を指した。
「東の国に咲く、冬の終わりを知らせる花です。それについてはまたの機会に話しましょう。――きっと時間は、たっぷりありますからね」
 その言葉を聞いて、私はとても嬉しくなった。彼女達とまた何度でも会える、そんな関係になれた事。それが可能であるくらいの、平和を得た事。そして、そうした関係が今後も増えてくれると期待させてくれる、聖域の外の世界の広さを感じる事。
 空は暗くても、私達の心は、間違いなく快晴だった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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