【5】愉快で不審な男たち

文字数 2,111文字

 荒く呼吸して足りない空気を急速補充し、落ち着いたら杖を握る力が弱まった。ぼんやりと空を見上げる。
 魔族や黒の獣人がよく使うとされる吸収スキルだが、ここまで高威力なのは予想外だった。もしセメレーさんを拘束したのも断罪の呪蛇だとしたら、その辛さは計り知れない。
「大丈夫かレクシア、随分とくたびれた顔だな。歩けるか?」
 立ち上がったアルンが私に手を伸ばしてくる。すぐに首をゆっくり横に振った。
「アルンは余裕なんだね……私はちょっと、このまま休んでいたいな……」
「吸収や毒などの効果は、竜鱗が大半を打ち消してくれるからな。――動きたくないなら、私が城まで運んでやろうか?」
 ヴァラーグの痺れから目覚めた時、私を抱えたアルンの顔が目の前にあった光景を思い出す。恥ずかしくなって、考えを振り払うように首を振る。
「だ、大丈夫! 門番さんもいる街中でそんな姿見せたくないし……」
「それはどんな姿なのか興味があるなぁ」
 飛竜に掴まったデネヴが、私を茶化しながら降りてきた。ちょっと睨みつけてやった。
「レクシア。歩けなくても、この変態に見下ろされないために一応立っておけ」
 言われて、私は杖を真っ直ぐ立たせて支え棒に使った。アルンは私が立ち上がるのを補助してから、デネヴに視線を移した。
「まあ、援護感謝する」
 デネヴは頭を掻いて苦笑した。
「ようやくデレてくれたかー。まあ、事前に蛇の情報を持って警戒してた割には、面目潰れてるんだけどね」
 そうだな、とアルンが肯定すると、デネヴはわざとらしくよろめいた。
「結局逃がしちゃったね……これからどうしようかな」
 私が杖を握りながら俯くと、デネヴが時々見せる真剣な顔になった。
「レクシアちゃんよ、落ち込む事は無いさ。犯人の姿、能力、危険な思想が分かっただけ上々だ。現場に居合わせて戦闘までしちまったし――何より困ってる奴は放っておけない。今後は俺も個人で情報収集をしていくぜ」
 アルンのようなその前向きな姿勢は元気をくれる。私も前を向いて頷いた。無意識に笑みが漏れる。
「うん、ありがとう。まだまだ手探り状態だけど……前には進めてるよね」
 アルンが明らかに不機嫌な顔でデネヴを見た。
「レクシアに手を出したら燃やすぞ、色男。――それはそうと、お前はここのどういう立場にいるんだ? 私達がここを通れたのも飛竜のおかげだったぞ」
 腕を組んで少し考える動作をしたデネヴ。
「それはだな……説明するのも面倒だし、今はトップシークレットという事で――」
「そこで何をしてる」
 いつの間に門から出てきていたガイに背後から話しかけられ、デネヴの口は開いたまま止まった。
 ガイは鋭い目つきのまま口角を上げた。
「ジークフリートとの話は済んだ。要望も叶ったぞ。面倒な表舞台から降りて自由になれたんだ、パーティの始まりだぜ」
 デネヴは素早くガイに振り向いて、私達に背を向ける。
「えぇ。で、具体的には何をするつもりで?」
 ガイは頷き、歩き出した。体の周りに青色の電気を纏わせて、バチバチと音を出している。
「理想通り進んだんだぜ? やる事は一つだ。今貴様に与えている任務は一旦終了、まずはパァーっとお祝いムードと行こうじゃねぇか」
「名残惜しいけど了解しましたーっ」
「了解ではなく承知と言えぃ」
 デネヴの背中を叩いて、悪戯っぽく軽く電撃を与えたガイは、鋭い笑顔のまま私とアルンを交互に見ながら通り過ぎた。
「不審者みてぇな奴が世話になったな、あばよぉ」
 そしてしばらく、ガイの遠ざかる足音だけが響く。アルンが小声で静寂を破った。
「真っ黒な外見と鋭い眼光、喋り方も相成って、まるで不審者は自己紹介のようだな。まあこっちの竜使いも確かに不審者だが」
 痺れが落ち着いたデネヴが再び反転してこちらを向き、そっぽを向いたまま小さく口を開いた。
「えー、不審者公認不審者だよん。早速バレちゃったから言うが、今はガイ卿の部下やらせてもらってます。前はノルキンガムを治める神のプリンス君に仕えてたんだが――俺が目を離せばすぐに死んじまって――情けねぇ奴だよ」
 その独り言のような最後の呟きは、亡き主に向けたものなのか、自分自身に向けたものなのか、私には分からなかった。
「遅いぞデネヴ、そこのガキの中にお前の好みの女でもいるのか?」
「ガキと言ったな⁉ これでも私は竜――」
 遠くのガイを睨みつけたアルン、その肩に手を乗せて言葉を止めたデネヴがもう片方の手を振った。
「はいはい行きます今行きまーす! ――ひとまずこれでおさらばだ、また会える事を期待してるぜ、お嬢さん方」
 私達にウインクしてから、ガイを追いかけて走るデネヴ。その後ろをアルとビレオが続いていった。
 徐々に体勢が回復してきたので、杖の支えを外して彼らを静かに見送る。
「プリンスさんの望まない後継者として苦労してたわけだから、これから明るく過ごせるのは良い事、なんだろうけど……」
 呟くと、同じく彼らを見ていたアルンが言葉を続ける。
「どうにも怪しい奴らだ。なんとなく嫌な予感がしてくるよな」
 同意見に頷いた。ここで考えても仕方ない部分ではあるので、ひとまず門を通って、ジーク達のもとに戻る事にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み