【3】燐撃の剣士

文字数 3,456文字

 突然何をしたのかと、私は思ってしまった。
 しかし撃ち出された炎は、空中の何もない場所で爆発した。その爆風から、新たな人影がゆっくりと降り立つ。
 アルンと似た装備だが、雰囲気は違う。握る武器は短めの魔法杖だ。
「あまりに大量の力を吸い過ぎてしまったようだ。ついに隠密魔法が看破されたか」
 顔も似ていたし、髪型も同じだったが、体格と声は少年のような感じだった。
「やはり、同族が原因か。私以外に人間の姿をとる者がいたとはな」
 アルンが相手の術師に不敵な笑みを向ける。術師は片目を見開いた。
「貴様を追うのに適した姿であると共に、人間の体の弱点を我自らが調べるためのものだ。そして改めて確信した。この姿での活動は無駄な行為だ。我が種族の威光をこれ以上損なわぬよう、同胞のもとへ戻ってこい、アルンよ」
「単純な戦闘力だけの威光はもう飽きた。戦闘力だってエルダークラスには歯が立たない。むしろどうしてそんな場所に固執する? 広い世界の前だと、この姿でも力も心も変わらないぞ」
 アルンの即答に、術師は分かりやすく怒っていた。
「黙れ! 人間などという矮小な種族に影響された愚者が、穢れた主観で我らを語るなっ!」
 空に出現した炎から、複数の剣が私達を囲うように生成され、突き進んできた。アルンも私も同時にそれらを弾くが、全ては防ぎきれない。
「トネルムっ!」
「きゃっ……!」
 龍麗君が防げる数にも限界がある。トネルムちゃんの雷撃は剣を止めるには至らない。
「疾風円葬斬」
 イオラさんがずっと使っていなかった剣を抜き、低い姿勢から宙返りして上空を斬った。即座に納刀後、時間差で発生した風のような連撃が、残りの剣を弾き落とす。脅威を退け、全員無事である。
「何っ⁉ そんな技、監視からの報告に無いぞ!」
 術師が狼狽える所に、続けて飛び込んでいくイオラさん。
「あの時の剣は怖かったですよ。仕返しです」
「ブレイズ――」
「神速刹葬斬」
「うわぁぁ!」
 術師の魔術が発動する前に、素早く抜刀。その杖と術師を弾き飛ばした。一瞬で三回くらい攻撃したような音がした超速。しかしその動きは正確で、広範囲の斬撃でありながら竜の荒さを感じさせない、凛とした剣技だった。
 同時にその剣は自身のローブを粉々に切り刻み、銀色の騎士の衣装を現した。
「……あっ」
 急に気の抜けた声を出したイオラさん。露出させた背中を私達に見せながら、首だけ振り向いて見せた。その表情は、美しく堂々としたものだった。
「貴女方に一喝入れられてから、騎士としての修業を再開しました。ローブはこの国で種族を隠すためだったんですけど、もう要らないですよね」
「うん。周りに何を言われても、恥ずかしがらなくていいよ。その角と尻尾は、むしろイオラさんの自慢なんだから」
 私は頷いた。アルンも同じ顔をしている。
「自分を認めないと、相手を認められないからな。それにしてもその剣速、見事だった。そのうちローブを間違って斬るドジをしなくなった頃に、私と手合わせしてくれ!」
「うっ」
 イオラさんの顔が一瞬で赤く染まる。露出多めの恰好を急に気にし始めてそわそわしている。
「えっ、あれって意図的じゃなかったの?」
 勘違いしていた私が聞くと、イオラさんは涙目で首を横にぶんぶん振った。
「あれを見極められないなら、まだまだだなレクシア。また私といくらでも剣を交えよう。――さらに言うと、奴の杖も破壊するには至っていないな」
 アルンが剣から炎を伸ばすと、弾かれて転がっていた術師の杖を焼き尽くした。
 ようやく立ち上がった術師が、杖のもとまで駆け寄る。既にそれは無い。悔しがる声音が少年なので、ちょっとおかしく聞こえる。
「よくもっ――まあ良い。別に我はここで一人で戦う気など無かったからな」
 術師は装備していた魔導書を杖の代わりに開くと、再び浮遊した。今度は私達の攻撃を受けない、もしくは避けられる距離だ。
「これより我らは魔界にて、暴虐の暗黒竜ダウスタラニスを使役し、白の大地にて暴れさせる。しかしアルン。貴様が純粋な火竜に戻り、人間との縁を断つならば、わざわざこのような事をせずともよい」
「私のためだけにそんな事をするのか」
「そう。この隅で震えている無力な人間共はこれを聞くと、竜が暴れた時貴様の姿しか浮かばぬだろうな! そうなれば自ずと未来の道は、竜としての道しか無くなるさ!」
 アルンが従わなかったせい、そう思わせる。確かに見方によってはそう解釈されない事も無い。酷い脅迫だ。
「絶望の導きは我に!」
「なっ⁉」
 術師が魔導書を輝かせると、アルンのマナリングが腕から抜けて、術師の手に渡った。
「いいぞ。我の術と目撃者の貴様によって、十分に絶望は取り込まれたようだな。かの蛇男の言った通りだ。では、懸命な判断を。ふふっ……」
 そう囁き、術師は透明化して消えた。唐突に始まった戦いは、そのまま収束した。
「……安心しろ。大丈夫だ。だから今は――大人しく帰れ」
 どこにも視線を向けていないようなアルンが、静寂を破る。様々な感情が混じった表情を浮かべる周りの人間達は、何も言わずにこの場から去っていった。
 彼らは今、何を考えていたのだろう。アルンやイオラさんや、私達の事をどう思うのだろう。
 誰も答えはくれなかったが、どうか良い方向に考えて欲しいと、思うばかりだ。


「蛇男か……リングを渡してきたのが奴だから納得だが、またガ・シャンブリが絡んだ問題のようだな……」
 アルンが腕輪が無くなった場所の手首を眺めながら呟く。
「ガ・シャンブリを止めれば、彼らも止まるかな」
 私の問いに、アルンは首を振った。
「いや、ガイの時と同じく、元々ある目的のついで程度に依頼し、基本は彼らの望む事をさせているはずだ。同族は人間と友好的に関わり始めた私を、あまりよく思っていないようだしな」
 家族のもとから旅立ち、人と交流している私だけど、イリオスは私が何をするにも前向きに応援してくれた。そうしてくれなかった場合、私はこの広い世界を知らないまま、聖域で一生を終えただろう。
 私は別に、聖域に引きこもっていても幸せだったと思うけど。でもこうして外に出ている今となっては、考えられない話だ。アルンだってそうだろう。
「なら、どうするの、アルン? どうにかして説得しに行く?」
「奴らは、レクシアや様々な人間と会う前の私と同じだ。戦闘狂で、短気で、むしろあそこまで話せた術師は大人しい方だ。私自ら出向くのはそうだが、その後は戦う道しか無い」
 物騒な話題に途中から全くついていけなかった龍麗君とトネルムちゃん。そんな二人と手を繋いだイオラさんが、そーっと割り込みをかけてきた。
「すみません、私はこの子達を帰すために護衛をしなきゃいけないので、そろそろ行こうと思います」
 私が気付いて膝を曲げる。
「うん、そうだね。ここまで助かったよ」
 龍麗君は勇ましい瞳で私を見上げた。トネルムちゃんは最初は不安な顔をしてたけど、徐々に龍麗君の表情を真似ていた。
「俺達の役目は、ちゃんと果たせたと思う。大変だろうけど、頑張ってくれよな」
「これ以上、危険な事はして欲しくないんですけど……みんなのために戦うのが、今のあなたの正義、なんですよね。――絶対、無事に帰ってきてください」
 二人の言葉を受け、何があっても負けられない気持ちが高まってきた。
「ありがとう。私なりに、全力で頑張るから」
 交互に顔を見合わせ、頷く。曲げていた膝を戻した。
「イオラはこの後どうするんだ? 今回の件で、色んな枷を外せたと思うが」
 アルンの問いに、イオラさんは真剣な表情で答えた。
「恩のあるあなた方に、もう少し協力したいです。先ほどの戦闘で分かる通り、私はまだ、身体能力だけ持て余した未熟者です。直接戦いに同行すると足手まといなので、自分なりに出来る事を探していくつもりです。後は、隣国の復興支援などもしていきたいですね」
「なるほど、同族の件さえ無ければ、私も隣国に向かいたかったからな。助かる」
 そうして話は落ち着き、手を振って別れる。
 両手が塞がったイオラさんは、こちらを向いて小さくお辞儀をし、一言。
「それでは、また会いましょう。北の岩山方面に消えたとされる復讐の女神については、私も調べておきますね」
「あっ……」
 先ほどの人達が言っていた話、すっかり忘れてた。三人の姿が見えなくなってから、私は頭を抱えた。
「北の岩山って、もしかしなくても、お父さんの聖域だ……」
 今更、状況が最悪に近いと気付いてしまった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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