【8】新たな決意

文字数 4,573文字

 デネヴが飛んで行った方向へ歩く事にした私達。蛇だったりデネヴだったりローランさんだったりと、気になる事は沢山ある。
 あと、もしいつもの街に戻ろうと考えたとしても、道しるべの無い森のど真ん中では、下手に動くと迷子の現状が深刻化するという問題もある。よって、行く方向はどちらにしろ決まっていた。
「レクシア、水中戦の時にお前は飛んでいたが、同じように飛んでデネヴを追ったりは出来ないのか?」
 森を歩く最中、当然の疑問がアルンから飛んで来たので、少し考えてから首を振った。
「飛ぶっていうか、ちょっと低空で浮いてるだけなんだよね、あれって。自由に飛ぼうとするなら、凄く強い風が吹いている時に羽の力で軌道を制御するか、ヴァラーグとの戦いの時みたいに、別の神様や天使の加護だったり、沢山の人達の応援とかが必要かも」
 残念な顔をするかと思いきや、アルンは不意を突かれた様子で笑った。
「くっふふ、応援か。野良神族様はやはり信者の祈りとは表現しないらしい」
「信者とかじゃないよ、みんな私と同じ人間だもん」
「あぁ勿論冗談だから、そんな変な顔をするんじゃない」
「私、変な顔してた⁉」
「安心しろ、慣れると可愛く見えてくるぞ」
 そんな軽い会話が続くが、この機会に出したい話題は出しておく。
「セメレーさんが私と同じ、トワイライトクロスの事象顕現を使ったの。私のものとは比べ物にならないくらいの、空の色が全部変わるほどの力で……」
「水中で一瞬目の前の色が変わったのはそのせいだったか。同じ能力が使える神もいるものなんだな」
 剣を背に納め、腕を組んで興味津々の様子のアルン。本題はこの先にある。
「それが闇の声によると、あまり無い事らしくて。血の繋がりがどうとか言いかけて……そこからの出来事だけじゃなくて、その前も、聖域に導かれたりとか、包み込むように優しい力とか、どうにも他人じゃないような感じとか……」
「リンランの話だとセメレーは、子について何やら悩みがあったらしいな。一般に定着した名を隠したりと、不思議な行動があったが……まさかレクシア、今話しているのはその、セメレーが――」
 私は重く頷いた。アルンはそのまま口を閉じて唸った。
 私は考えた。セメレーさんがテュオーネーと名乗ったのは、もし事情を詳しく知られていたと仮定した際に、私がそれに気付いてしまうからという説だ。
 セメレーさんが、私を産んだ母であるという事に。
 会話が止まったまま、しばらく歩く。遥か遠く、木が無くなり、森から外れる場所が見えてきた。
 両手に握った杖を近付け、体に当てる。俯いて足元の石を避けつつ、呟く。
「もし……もしそうだとして。どうして、あんなに優しそうなセメレーさんは……私を、あの険しい岩山に……」
 セメレーさんではなく、私自身が理由というか、問題だった可能性もある。知りたいようで、知りたくないようで。
「ふあっ!」
 背中を叩かれて跳ねる。下を向いていた視線は強制的に上げられた。
「色々あって複雑なのは分かるが、悩みすぎも良くないぞ。実際そうなのかも確証は無いし、今は良い父親に恵まれてるだろ? 捨てられた理由が気になるなら、ここで考えてないで、再会した時に一発殴って直接聞いてやろうじゃないか」
 手の平をもう片手の拳で打って、好戦的な顔をするアルン。
「ふふっ、あんな綺麗な顔、殴れないよ。 でもありがとう。その単純な所、私もいい加減見習っていきたいなぁ」
「おっと、喧嘩を売られたか? まあ今日は誉め言葉として受け取っておこう」
「もちろん良い意味でだよ。ややこしくてごめんね」
 最初から分かっていた風に笑うアルン。その姿は、私にも笑顔を届けてくれる。
 そうだ。くよくよしてないで、前を向こう。どこかへ消えてしまったセメレーさんを探し出して、もう一度ちゃんと、話をしよう。
 前を見る。どうやら私達は少し高い坂の上にいたようで、新たな街並みが視界に広がる。木に隠れていた太陽が現れ、私達の行く先を照らした。


 街と森の間に挟まれた、小さな集落。これも国の一部と思われるが、街の賑やかさに隠されて、近くに来るまで存在が分からなかったほどにこじんまりとしている。
 立派に見えるレンガの家が並ぶが、その壁に背を預けるようにして地に腰掛ける人が枯れ木のように寝ていたりする。
 かつて小さな田んぼでもあったような場所だが、今は最近雨が降ったのが嘘であるかのように乾ききっている土地。
「何なの……これ……。近くの街の人はこれを放置しているの……?」
 歩みを進めながら、恐る恐る周囲を見回す。
「黒の大地は、こういう場所がほとんどだったな」
 アルンはいつもと変わらない調子で、剣を肩に担いでいる。
 貧しい身なりで肩を寄せ合う、家族と思われる男女数人の人間が地べたに座っている。そのうちの子供一人がふらついて倒れた。
 咄嗟に駆け寄ろうとしたが、腕を掴まれる。振り向くと、アルンが静かに首を振った。その視線はひどく冷たいものだった。
「無意味だ。やめておけ」
「どうして……! イリオスに拾われる前の私があの人達と同じって思うと、見てみぬふりなんて出来ないよ。お願い、行かせて」
 手を振り払って家族に駆け寄る。一瞬振り返ると、アルンはただ目を瞑って俯いていた。
「女神か……? 恵みが来たのか……?」
 私が近付くと、男性が虚ろな目でぼそぼそと声を出し始めた。私は地に両膝を着き、倒れた子供に回復魔法を使い、起き上がらせる。
「少しだけですけど、どうか、これで……」
 デネヴが落としていったお菓子を、持っている分与えた。
「お菓子だ……!」
 子供達はそれを食べ始めたが、大人の男性が地を這うように私に近付いてきた。
「ぉ、おぉ……女神よ……恵みは……自然の加護は……どうしてしまったんだ……!」
 急いで立ち上がって数歩離れると、男性は力尽きたように倒れた。隣の家から足音が聞こえて来る。扉が開かれる。
「なんだ……? そこに菓子があるのか……?」
 私と同年代くらいの男の子が歩いてきた。私は自らの行いの招いた結果を目の当たりにした。
 赤い竜鱗剣が飛んできて、男の子の目の前に突き刺さった。手が少しかすって、怪我をしたみたいだ。
「う、うわぁあああっ!」
 男の子は一目散に逃げていく。アルンが私の後ろから歩いてきた。
「今回は街の方角から飛んで来たな。また私の知らない模造品だ」
 地に刺さった剣を抜き、無表情で回収したアルン。そして私のもとまで戻ってきて、視線を向けた。
「勉強になったな。黒の大地ではこの環境を生き抜くために力をつけるんだ。もし救いたいと思うなら、恵みを勝ち取れるだけの力、技術、度胸ってものを鍛えてやるのが最善だ」
「こんなの……こんなのって……」
 手が震えてきた。行き場のない悲しみと怒りをこらえる。この場を去っていくアルンに声をかける。
「でも、ここは白の大地だよ。力で解決なんてしちゃいけない。ここではどうやって、これを乗り越えるの?」
「それは私も知りたい所だが――ふっ、なるほど。ちょうど答え合わせの時間のようだぞ」
 アルンが指差した方向を見る。麦のような色で輝く髪を伸ばし、中が光っている壺を持った女性と、薄紫の髪を二つの方向に長く編み込んだ女の子が、この集落に歩いてきた。
「デメテル様だ……! 豊穣の神が来てくださったぞ!」
 集落の誰かが叫ぶと、一人また一人と集まって集団ができた。手を合わせて祈ったり、狂ったように激しく踊る人が見られる。
 壺を持った女性が目を閉じ、軽く頭を下げた。あの神様が豊穣の神デメテルなのだろう。
 デメテルさんは、後ろをついて来ている女の子に声をかける。
「まずはユービアさん、お願いします」
「は~い、分かりました~。ではでは、神器召喚ですよ~!」
 こちらも恐らく女神様のユービアちゃんが、元気に両手を広げると、カラフルな小さい雲が出現した。その雲の上には金色のオブジェが乗っている。
「乾いた大地に恵みの雨を~!」
 声が合図になっているのか、オブジェから綺麗な水が噴き、流れ出した。噴水の神器のようだ。
 もう戻る希望が無さそうなほど傷ついていた地が、見る見るうちに潤っていった。それを見届けたデメテルさんが、壺の中の光る粒を手に取った。
「大地の祝福を授けましょう。――黄金の実りよ。我らに糧を与え給え――」
 輝く粒が降り注いだ場所から、目に見える速度で小麦が伸びていく。その奇跡のような光景に驚き、見とれていると、いつの間にか貧困の影も残っていない状態になっていた。
「そうだったな、この大地には民を救う恵みの神々がいるんだ。全く、頼りっぱなしで情けない事だ」
 口ではそういうアルンだけど、美しい光景と喜ぶ人々を見て、頬が緩んでいた。
 デメテルさんが私達のもとに歩いてきて微笑んだ。ここの人間ではないと気付いたんだろう。
「私達は救済と、最初の後押しをしたに過ぎません。この恵みを維持するという技術や知識は、この人々は立派に持ち得ているのですよ」
 私とアルンは同時に頷いた。良い勉強になったといった感じだ。
 ユービアちゃんが辺りを見回しながら近づいてきた。
「そういえばデメテル様~、この辺りに来るのは久しぶりですね~。何か起きても、セメレー様が守ってくれてましたから」
 私は思わず少し震えた。デメテルさんはどこか遠くを見て、頬に手を当てた。
「確かに、その通りです。最近姿も見ませんが、お元気にしているでしょうか……。女神の加護は適材適所。私は豊穣の恵みを与える事は出来ても、大自然の柔らかな風それ自体を取り戻すのは簡単ではありません。災害が重なり、不安定な時期です。私は陰ながら、復帰を応援していますよ」
――この集落の復興が遅かったのは、セメレーさんがいなくなったから……?
――そのセメレーさんがいなくなった、その理由は――
 思い出される。私をかばったあの人が最後に向けた微笑みと、蛇の群れ。
 拳を握り、唇を噛む。アルンが私を見てくる。私は何でもないという風に首を振った。
「この地は再び恵みに溢れた。さあ、次の地へ参りましょう。――騎士の皆さんも、道中お気をつけて。それでは」
「はい、お互いに」
「良いものを見せてもらった、感謝する」
 私達が返事と共に会釈をすると、デメテルさんが歩き出す。その姿は落ち着いていて美しく、これを見た人の視界がそのまま絵画にでもなりそうだった。
「みなさん、さようなら~! ふぅ~っ、この度は大地に不運が重なって忙しいですね~」
 噴水の神器が空に昇り、持ち主のユービアちゃんが揺らす別れの手。私達も集落の人も一緒に手を振り返した。緩い雰囲気で和む、可愛い従者さんだった。
 豊穣の神達の姿が見えなくなってくる。アルンが人々を一瞥してから、街に向かう道を再び歩き出した。私も集落の皆さんに深くお辞儀をしてから、アルンを追いかけるべく走り出した。
 セメレーさんを守れなかったのは私の責任だ。セメレーさんがいない間に自然がボロボロになっていたりしたら、きっとあの人だけでなく、沢山の人々が悲しむだろう。
 だから、セメレーさんを探して見つけるまでの間だけでも、私が代わりにこの自然を守っていかないといけないと感じた。
 新たな決意を心に刻み、私はまた一歩、綺麗な土に踏み出した。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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