【5】赤竜術師の戦術

文字数 2,288文字

 狭間の大階段を歩き始めてしばらく。ふと思い出したようにアルンが私に顔を向けた。
「そういえばレクシア。こっちの方面にはセメレーもいる可能性があるから、お前としても大事な戦いになるかもしれないな」
「あ、そうだった。竜がセメレーさんを連れ去っちゃって、確か赤竜術師達が使役しようとしてるのがまさにその竜なんだよね」
 大事な事だったけど、ちょっと前は色々あって考えてなかった。気を引き締め、残る下り階段を進む。
 そして先が見えなくなる、階段が途切れた場所。今回は躊躇なくその先の虚空に足を踏み出す。体と重力が反転し、目の前の景色が急速で回転する。
「うぇぇっ……」
 両足を踏み出し、体全体が黒の大地へ侵入する。ちょっと気持ち悪くなって、重力に圧されるように片手を地に着いた。
「階段利用は二回目だし、レクシアの大地移動は三回目じゃないか。情けないぞ」
 声をかけ、手を伸ばしてくれたアルンを見上げる。その表情に呆れは無く、ただ笑っていた。
「ごめん、ありがとう。これを難なく通れるアルンも凄いよ」
 手を取って立ち上がる。少しばかり変わった空気の味と気温を感じた。
「私達に階段の仕組みを教えた男も、慣れきっていたじゃないか。――よし、では行くぞ。目的地は近い」
「了解。必ず、無事に帰ろうね」
 ここからでも、竜や魔物の声が微かに聞こえてくる。黒の大地本来の混沌を前にして、杖を握る両手の力を強めずにはいられなかった。


 魔物の群れを抜け、険しい地形を通り、私達は目的地にたどり着いた。
 立派な建物があるかと思ったけど、特にそういったものは無く、少々大岩がいくつかそびえ立っている程度の平地だ。
 待ち構えるは少年の見た目の赤竜術師。その後ろに数十体、二足歩行の竜族が並んでいる。
「来たかアルン。だがその隣の神族は呼んでいないはずだ」
 術師の迎えの言葉。アルンは剣を真っ直ぐ相手に向けて応対した。
「ああ、来てやった。だがお前の望む通りにして、種族を衰退させはしないぞ」
「衰退させているのは貴様の方だ。もう手遅れ、アルンは人間共に絆されてしまっているようだ。――もう始末して構わんぞ、アルマグエラ」
 術師が仲間たちの方に目を向けると、その中から一体、他より圧倒的に巨大な赤竜が二足歩行で歩いてきた。他の竜と違って翼があるのも特徴だろう。イリオスと同じくらいのサイズかもだが、二足歩行な分身長はあまりに高く見え、首を上げても顔が鮮明には見えない。
「俺の未だ手合わぬ強者、次は貴様らという事か」
 そう言って四本の腕のうち、三本に持った剣を燃え上がらせた。そして最後の手に握られていたのは、私の探していた人物。
「セメレーさん!」
「うっ――レクシア、さん……?」
 私に気付いて目を開けるセメレーさん。肩から上しか動かせないようだが、無事なようだ。
「術師よ、この女神はどうする」
「テュオーネーのために剣が一本減った所で、勝てなくなる程の竜ではないだろう、貴様は」
 術師に言われるがまま、セメレーさんを握ったまま放さないアルマグエラ。
「これはどういう事だ、戦竜アルマグエラは種族的には近いが、別に共闘が出来るほどの仲でもないはず。そして例のダウスタラニスはどこにいるんだ」
 アルンが術師を睨みつける。術師は赤い瞳を小さくして笑い、腕に装備したマナリングを見せた。
「冥土の土産に教えてやるのも慈悲というものか。我はこの後ろに控えている同胞と違い、交渉術に長ける。大陸を渡り歩いた噂の強者と戦わせると約束して、アルマグエラを一時共闘状態に。ダウスタラニスは不完全な召喚によって自身の存在が消滅する可能性を危惧していたようなので、肉体を形成するのに必要な絶望を必要量、リングに溜め込んでやろうという契約により、女神テュオーネーを譲り受けたのだ」
 絶望の竜は今はいないけど、そうして交渉によって使役は成功する、そういう方針なのだろう。しかしさっきの話を聞くと、私からは疑問が生まれた。
「待って。つまり私達が来る前から、アルマグエラに戦いの約束をしてたの? アルンがあなたの望み通り竜の姿に戻ったら、約束はどうするつもりだったの?」
 術師は揺らぐことなく即答した。
「無論、竜の姿のアルンと、アルマグエラを戦わせる。一度は愚行を行った者だ、この程度の罰は必要だろう――問答は終わりだ」
「そんな――きゃっ!」
 先端の幅だけでも私の身長を超える、巨大な剣が地に刺さる。すんでの所で回避出来た。
「この速度をかわすとは。噂に違わぬ実力だが、俺の渇きを満たすには足りるか⁉」
 アルマグエラが三本の剣を向け、私達の準備を待っている。ヴァラーグとは比べ物にならないサイズと脅威だ。力量差は間違いないだろうけど、戦うしかないの……?
「衰退に衰退を重ねる愚かな同族よ、お前達はいくつかのミスをしている」
 一切弱さを見せないアルンが語りながら、剣をアルマグエラに向け、続ける。
「そのうちの一つを挙げるなら――私がこんな相手と戦う機会を貰えるなんて事は、罰ではなく、褒美だ! お前達は忘れてしまったのか、闘争の楽しさを!」
「何だと⁉」
 術師達が驚く中、アルンは私に顔を向け、歯を覗かせて笑ってきた。
「な、そうだろう? レクシア」
 厳しそうだから、戦わずにセメレーさんを助け出す道も探してみたかったんだけど――アルンと一緒に行く以上、この思考は理解しないといけなさそうだ。
「アルンにとっては、そうだね……仕方ない、戦おう。――セメレーさん、今、助けますから!」
 私も杖を構え、戦竜の剣に向かって突き出した。これを見た戦竜は、勇ましく喜んで口を開いた。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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