【8】すべきこと

文字数 3,880文字

 落ち着いて、私とアルンの手も自然と離れるまで経った。
 すると、デネヴが真剣な表情になってセメレーさんを見た。
「一応確認するが、お嬢さんが大自然の女神、セメレーだな?」
「はい、その通りです」
 セメレーさんが相手の表情に合わせて、真っ直ぐ返答した。
「そうか。とても美しい女性だ。ふっ――どうだい? これから俺とぼふごっ」
 アルンが剣の側面で横腹を殴った。さらにもう一回。私の分までありがとう。
 アイレの毛の中で寝ていたアルとビレオも、飛び出して追撃してくる。デネヴは両手を上げて揺らした。
「じょ、冗談だって冗談。場を和ませたんだよ。そう、場をね? じゃあここから本題だ」
 次ふざけたら私も叩こう、なんてジト目を向ける。そして困惑するセメレーさん。デネヴはそんな別の意味で深刻な空気に動じず、話を再開した。
「アバドンの放った毒は、未だノルキンガムに残っている。ヴェルトリンデという竜人メイドによって、俺とローランは脱出に成功した。だが他の奴らは避難できたか定かでは無く、室内に避難できた住人も、外の空気を遮断し続けている状態だ」
 私達も気になっていた内容だった。ジト目はやめて、真剣に話を聞く。
「俺はイオラという剣士から、セメレーさんやお前達の状況を聞きつけた。で、ちょっとした貸しがあったアイレ・ストルムの力を借りて、ここに急行した次第だ。どうにか、助けになれたようだな」
「エルダークラスをそれなりに扱えるだけの度量と魔力。竜使いは自称と思ったけど、伊達じゃなかったみたいだ。こんなの初めてだよ、たまったもんじゃないね」
 後ろのアイレがコメントしたが、テンションがもう帰りたい感じを伝えていた。
 イオラさんは、あの後ノルキンガムからの脱出勢力と関わっていたみたいだ。確かにアイレも嵐の別れ際それらしき発言はしていたので、色々と繋がった。
「ここでの用は済んだ。これから俺はアイレにお疲れさんした後、復興班のローランと合流する。その流れに、皆さんも同行して貰いたい、ってわけ」
 おしまい、とばかりにデネヴは手を叩いた。
 セメレーさんを助けて、聖域のあった大地に連れ帰るというのが元の目的にあった私。なので、この話はとても丁度いいタイミングと言えた。帰り道も魔物がうろついているので、アイレがセメレーさんを守ってくれるのはありがたい事この上ない。まあ特に縛りの無い状態のセメレーさんは、その辺の魔物に苦戦したりしないだろうというのは経験から伝わってるんだけど。
「発言から察するに、セメレーがいる事で、復興がかなり進むって事だな?」
 アルンが問うと、デネヴは顔を向けて頷いた。
「ああ。アバドンが発生源だから分かりにくかったが、どうやらあの毒、ノルキンガム城のコンバートアップの影響を受けていた。普通の毒とは違うらしい。だから扱いに長けた上昇効果主に解決して貰えば一発……だと思うわけだ」
「私に責任があるようですね……」
 俯くセメレーさん。私は首を横に振って否定した。
「セメレーさんが捕まっていた鎖や、マナストーンは破壊した。それでもセメレーさんの力が働いてるのは何か変だよ」
 デネヴが頭を掻くと、今度はセメレーさんが解答した。
「強力なコンバートを行使するために、彼は永続的に私から力を奪っていたわけではありません。邪蛇を介して吸い取った生命力から、目的の力を抽出して、専用の魔導書に蓄えて使っていました。彼曰くマナの書と呼ばれるそれは、今も塔の頂上にあるはずです」
 私がダウスタラニスを追いかけてすぐに落ちちゃったから、見逃していたみたいだ。
「つまり、ガ・シャンブリが使ったコンバートの大半は、そのマナの書を回収して処理すれば消失するのか」
「それなら、イリオスの聖域に行ったネメシスも止められる……!」
 アルンの不敵な笑み。私は飛び跳ねるように喜んだ。セメレーさんは目を逸らした。
「はい。逆に言えばこの私を竜から解放しても、問題が解決する事は無かったとも言えますけど……」
「……セメレーさん」
 私が呼んで視線を向けると、目を合わせたセメレーさんは微笑んだ。
「――すみません。あなたの前でこんな事を言ってはいけませんね。救っていただいた事は感謝していますし、問題の解決にも尽力します。あなたや皆さんの為にも……かの地に帰る意志も固まりました」
 デネヴが胸の前で拳を握った。
「よし、来てくれる方向でいいみたいだな。じゃあみんな、アイレが一人で帰っちまう前に乗り込んでくれ!」
 デネヴがアルとビレオに掴まって、アイレの背に飛ぼうとする。
 ふと思って、考え事をしている私に気付いたアルンが怪訝な目を向けた。
「どうした、レクシア。何かあるなら、遠慮せず話してくれ」
「……うん」
 デネヴやセメレーさんの視線も集まる。杖を両手に握って一息。私は顔を上げた。
「私は……黒の大地に残る。ちょっと気がかりがあるの」
 アルとビレオが上昇を中断。デネヴが片方開いた目を無言で向けてきたので、話を続ける。
「マナの書がそこに必ずある確証も無いかなって、思った。ガ・シャンブリは闇の穴を使って、離れた場所に移動出来る。もしかしたら、もう回収されてるかもしれない」
 アルンが腕を組み、目を細めた。
「確かに、解放された女神をそのままにしていいだけの余裕があるわけだからな。マナの書さえあれば術は続けられると」
「ガ・シャンブリは私に、いずれ女神は解放するって言った。だからその可能性は高いと思ってる」
「それで、この大地で何をする気なんだい?」
 デネヴは表情を変えないまま、優しい声音で聞いてくる。
「ガ・シャンブリがマナの書を持っているようなら、説得して処理する。黒の大地に拠点の国がある事は知ってるから、そこをあたってみるつもり」
 急にアルンが笑った。でもこういう時のアルンは、私を馬鹿にしたいわけでは無い。
「ははっ! 良い方針だ。しかしレクシア、あんな狂った奴を説得なんて出来るのか?」
「出来るよ。少なくとも、話は聞いてくれる人って、信じてる」
 術で流れた感情や、言動、そして共闘した時の感じから思うんだ。あの人は、自分なりに考えて世界を良くしようとしてる。悪い事をしよう、って思って行動してるわけじゃない。
「なるほどな。俺も力になろうか――なんて言いたかったが。レクシアちゃんの想定は、マナの書がそのままだったり、白の大地にガ・シャンブリが現れた時の為に俺達は別行動、なんだろうな」
 察しの良いデネヴのまとめに、私は信頼を向けて頷いた。
「単に変態を遠ざけたいだけかもしれないぞ? セメレーも奴には注意しておくべきだな!」
 アルンが楽しそうにデネヴをどついていた。二人と少し距離が空き、私はセメレーさんを見上げた。
「というわけなので、私はもう少しだけ、冒険をしてきます。あなたを助けるのが目的だったけど、その最中に色々あって――きっとあの人を止めないと、未来の不安は残ると思ったから」
 セメレーさんは微笑んで、流れる髪を揺らした。
「ええ。ならば私は、貴女が全てを終えて戻った時に、安心できるような地を取り戻して待っています」
 私も微笑を返し、首をわずかに傾けながら声をかけた。
「その時……なんですけど。その時が来たら、私をきっと――抱きしめてくれませんか」
 口を小さく開いて驚いたセメレーさんは、目線は変えないまま俯いた。
「何故……そのような事を……?」
「私、自慢の父がいるんです。大きくて、強くて、とても寛大な、優しい竜。けど彼には、私を抱き締められる腕が無くって。――同種族の親子ってどんな感じなのかなぁ……なんて」
 今までそんな事は気にしていなかった。翼で子竜や私を包むイリオスの温もりは、本物の親の愛情だ。けど、人間達と関わって、ネーデルラントの親子を見たり、セメレーさんを母と知ったりして。すると、私がイリオスの首や頭に手を伸ばしていた時、イリオスは体重を少し乗せてくれるくらいしか出来ないんだよね、なんて。ちょっと、ちょっとだけ思ってしまったのだ。
 セメレーさんはまた、寂しい目をして。
「私は……それだけの行いをする事を、許されているのでしょうか……泉の聖域でつい我慢できず、頬に触れてしまった事も、謝りたかったほどなのに……」
 そんな顔をして欲しくないから、過去に囚われ続けて欲しくないから。私は再度踏み込む。
「全て許しますから、どうかお願いします。もうそんな事を気にしないで。私の中に微かにあった、神への畏怖から救ってくれるためにも!」
 私はどちらかというと、竜として生きてきた部分が強い。だから竜以外人見知りして、一人が気楽で。セメレーさんを見た時、同族とは思えなかった。
 そして今も、自分からセメレーさんに触れることが出来ない。どうしても神聖なものに見えて。触れたら消えたり、壊れてしまうように見えて。そんな抵抗がありながら、種族の違いは関係ないなんて、とても言いにくい。イリオスは神族の私を拾って家族に向かえ、育てた。私は、それだけの強さがないのかもしれない。今手を伸ばせば触れられる、その姿に触れられない私を、どうか強くして欲しい。目の前の女神を、遠い存在ではなく、心から親として見させて欲しい。
「分かり、ました。約束します。ですのでどうか、お気をつけて」
 顔を上げて真剣な眼差しを向けてくれたセメレーさん。思いは届いてくれたようだ。
「はい。必ず帰ります。セメレーさんも、無理はしないでくださいね」
 ただ、目線だけを合わせて。未だ少し複雑な関係の私達は、静かに一時の別れを告げた。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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