【9】殺意の裂雷
文字数 5,585文字
三人揃って、牢獄通路をさらに進む。
「剣はレクシアが届けてくれたが、マナリングも没収されているな」
腕を見て言うアルン。
「武器倉庫には無かった……よね?」
一応デネヴに視線を送る。
「ああ、確かに無かった。別の場所に保管されてるか、アルンちゃんが牢に置きっぱなしにしてるか」
「それは無いぞ、あんなに光る物は見逃さん。あと、アルンちゃん、はやめろ。性に合わなくてむずがゆい」
「えー、俺分かるよ? その角に着けたアクセサリーは、ちゃん付け不可避の可愛さアピールだってこと」
「うんうん、アルンは可愛いよね」
「二人して茶化すな! それでもちゃん付けはやめろ!」
そんな雑談をしていると、進行方向からこちらに向かって、小さなリスが走ってきた。折れた矢を一本咥えている。竜以外との動物とももっと触れ合いたい私が手を広げて待ち構える。
「おっと。どうしたんだ、こんな所で迷子か……?」
飛び込んできたのを受け止めたデネヴが、そのリスの頭に生えた特徴的な赤毛を撫でる。
「動物には好かれるんだな」
アルンが茶化す。私も人気者に嫉妬の目線を向ける。
「出来れば、美女の方が嬉しいんだけどね――痛っ」
デネヴの頬を引っぱたいたリスさんが、自身が走ってきた方向を足で必死そうに指す。
「こんな男はやはり不服か?」
アルンがニヤニヤして言うが、私はそのリスの指し示す先を見た。
「この先に行って欲しいみたい。きっと、助けを求めてる」
「よし、じゃあ蒼竜の娘さんの予想を信じていこう」
デネヴがそう言いながら、はたかれた頬をさする。少し速度を上げて先を急いだ。
通路の監視雷が無くなり、少々明るい部屋が見えてきた。
リスを肩に乗せたデネヴが、私達の進行を手で制する。
「足元に注意だ。――ガイがいるぞ」
言われて下を確認すると、この部屋だけは湿った土ではなく、鉄のような素材で造られた床が広がっていた。
その鉄が突然フラッシュして、視界を奪いそうになる。
「ぐぁああああああっ!」
男の悲鳴。デネヴの指示で隠れながら中の様子を見る。
「俺は狙った相手は必ず殺してきた。ロビン、貴様以外はな! この屈辱、今こそ晴らさせてもらうぞっ!」
鉄の床に倒れた、緑の外套を纏った赤髪の男の頭を、ガイが踏みにじっている。
リスが飛び出しそうになるのをデネヴが押さえた。
「ロビン……ロビン・フッド……? 捕まってたっていう、ジョンさんの仲間の……?」
私は聞き覚えのある名前を思い出そうとする。その間にも、状況は進む。
「だが、その前に……蛇男から頼まれた交換条件、その任務のための最初の被害者になってもらうぜ。――お前が死んだら、同行してた野郎の一味も、最近捕縛した竜騎士のガキ共も皆殺しだ。精々足掻いてみせろよォッ!」
ガイが手から赤い雷を発生させると、再び鉄がフラッシュ。
「ぐっ、ぅおおおおっ……!」
ロビンさんが苦しむ。ガイの後ろの台座に置かれていた、赤く光る腕輪と、紫に光る石がさらに輝いた。
「あれは私のマナリング……恐らく同じ用途で使われている石も、ガ・シャンブリのマナアイテムなのか……?」
アルンが呟くように言うと、デネヴが頷き同意する。
「さしずめ、絶望のマナストーンって所か。奴は一体何をしているんだ……?」
「ち、っくしょうぉっ……!」
三回目の雷撃が行われ、ロビンさんがさらに苦しむ。
「俺の雷に焼かれると痛いだろう? いいぞぉ~、もっと無様に、のたうちまわってくれ!」
もう見てられない。どう考えたって、牢獄の主が一方的に相手を痛めつけてる状態だ。
「足元の鉄にだけ注意すればいいよね。助けに行くよ、アルン!」
「ああ。デネヴももう行くぞ、レクシアと目的が違うが、お前も仇討ちくらいさっさとやれ!」
「――なるほど、人を助けるためならどうせ協力してくれるお人好し、か」
私がまず走り込んで杖で殴りかかる。
「え、えいっ!」
「貴様らッ」
気付かれてステップ回避された。追撃の前にとりあえず、奪われていた腕輪を手に取り、投げる。
キャッチしたアルンが腕輪をセット。すると、赤い光がアルンの周りで廻った。普段の火竜の炎とは別のものだ。
「力が溢れ出るようだ……こんな力を持っていたのか――クッ」
「アルン⁉」
アルンが腕を抑えて苦しみ始めた。腕輪の形状に変化は無いので、肉体ではなく精神への被害だ。
「セレスティアルレイン……!」
何でもいいから解決をと思い、咄嗟に私が出したのは愛情の薔薇だった。苦しむあなたのもとへその事象顕現を運ぶと、アルンはその花びらを掴み、天井を仰ぎながら鼻にそれを当てた。意図は分からない。香りを嗅いだ……?
「よし、落ち着いたぞ。――おい、ガイとやら。このマナリングに一体どういう術をかけていたんだ? うっかり洗脳でもされかけたような感覚があったぞ」
アルンがガイに剣を向けた時には、セレスティアルレインはすぐに消えてしまった。
ガイは片手で帽子の位置を整えながら、こちらを睨みつけてくる。
「水晶、ストーン、リング……なるほど、その中でリングに限っては穴が開いているから、マナの力の収束する場所に肉体を入れる事が可能か。大胆な事をする。それより貴様ら、どうやってあの牢から――」
ガイは視線を動かし、デネヴを見た。視線を受けた竜魔術師が笑う。
「美少女達を手にかけるなんて、俺には出来やしないさ。それに、お前にはプリンスを止めてくれた借りってもんがあるからな」
「結局女が起点か、完全に俺を舐めてやがる。まあいい、殺す人数が一人増えただけだ!」
怒りを露にし、右手に赤、左手に青色の雷を生み出すガイ。球体のように纏まる雷の力はみるみるうちに大きくなり、ガイの上半身ほどの大きさになる。
「俺の雷を味わえェ!」
デネヴに向かって投げ込まれる雷の球。私は杖を構えて、魔法を発動。
「ホーリーシールド!」
光の盾を展開。少々私が押されているが、止める事は出来ている。弾ける雷撃に耐えながら、アルンにアイコンタクトを送る。頷いたアルンが雷から回り込んで突進する。
「今こそ炎を宿す時!」
「届いてくれ、アル、ビレオ。アルストリーム……!」
私の近くで杖を構えたデネヴが魔術を使うが、杖の魔石は光らない。首を振ったデネヴが、基礎的な魔法を使って私を援護し、雷をどうにか消した。
「バーニングチャージ!」
「斬裂紫電!」
飛び込んだアルンの剣とガイの青い雷がぶつかり合う。力勝負はアルンが勝利したが、崩壊し霧散する雷はアルンの身体を襲ったので、戦況は互角だ。
よろめくガイだが、それでも空いた右手で赤い雷を生成する。雷を受けながら着地したアルンも、地を踏みしめて追撃の構えをとる。
「焔の逆鱗!」
「雷撃殺!」
前回と同じように力でアルンが勝ち、ガイが炎を受けて表情を歪める。しかし残った雷はアルンにも入り、体力勝負となっている。
赤い雷を受けたアルンの身体にガイが手をかざすと、雷はガイの体内に入っていった。
「アルン! クリムとの戦いを思い出して!」
呼びかけて、相手の戦法を予想して伝える。きっとガイは、自身の身体を当てずに戦っている現状を有利と見て続けるつもりだ。あの赤い雷も、きっと体力勝負に有利な要素があるはずだ。
「邪魔をするな屑共が」
ガイがこちらを一瞥し、力強く床を踏みつけた。すると赤い電撃が部屋中を巡り、鉄がフラッシュを起こした。
想定外の攻撃に全員が怯む。
「くっ……まだかかるか、アル、ビレオ……!」
デネヴは杖を輝かせるが、魔術は発動できていない。ガイが近くにいるアルンに回し蹴りを放った。
「ぐあっ!」
飛ばされ、部屋の壁にも用意されていた雷の回路に当たったアルンが、体を痙攣させて倒れた。
「アルンっ……!」
思わず叫ぶが届かない。倒れたアルンの身体や、私の身体から紫の光が現れ、台座に置かれたマナストーンに吸収されて消えた。
床で倒れるロビンさんが少し動いた事に気付き、下を見る。
「気を付けろよ……奴の右手に宿る赤の力は、貪る吸雷……魔族の吸収と違って、竜族にも通用する回復手段だ。長期戦は、無謀だぜ……」
デネヴからリスが飛び出して、ロビンさんに擦り寄った。
「まだ喋れるだけの口があったか。無様な命乞い以外に使う必要は無い!」
隙を見せている私達。ガイはその間を走り抜けてマナストーンを手に取ると、その紫の光を浮かせて放ってきた。
「呪い移しの類だ、逃げろ……!」
狙われているロビンさんが私達の心配をしてくる。これ以上この人を苦しめられない……!
「トワイライトクロス!」
光で包み、闇を一部消滅させたが、黄昏の輝きは薔薇と同じように、普段より短い時間で消えてしまった。この暗い牢獄は人々の絶望のようなものが充満しているのか、希望をもたらす正反対の事象顕現は効果が薄いのかもしれない。
「それでもっ!」
残った紫の光は、私が駆け寄ってロビンさんの代わりに受ける。牢獄で聞こえた呻きのような声や、雷を受けた人たちの悲鳴が聞こえ、その痛みの一部を肩代わりするかのような苦しみによって呼吸がしづらくなる。もしかしたらアルンが腕輪を付けた時に苦しんだのは、これを直接受けたからかもしれない。
杖を支えにして、ロビンさんを見る。なんとか彼には当たらずに済んだようだ。
「お前、どうしてそこまでして……」
這いつくばって私を見上げるロビンさんに、なんとか笑いかけてみる。
「あなたが元気じゃないと悲しむ人を、知ってますから……」
紫の光が私から発生して、ガイの石に集まっていく。
「いいぞぉ。これが絶望のマナシリーズの力であり、蛇男が俺に託した任務。貴様らの怨嗟の声、苦悶の呻き、絶望の叫びが、こうして蓄積され力を増幅させる。最終的な結末は聞かされていないが、覚醒途中でもこうして呪いを攻撃手段に出来るなら上場、そしてこの任があるおかげで、ロビンや貴様らをさらに苦しめる事が出来るというわけだ。ハァッハハァ!」
石を握って大笑いするガイ。まさに絶望的な状況だ。
「っくっくっ……いや、その時間はもう終わりだぜ。ガイ」
その笑いを遮るように、デネヴの笑いが割り込まれる。
「何を言う、対抗手段など残されて無いだろう。雷で貴様も灰と化せ!」
青色の雷を発生させるガイ。杖を構え、赤魔石を光らせるデネヴ。
「竜騎士を捕らえた後、対抗手段たる俺の可愛い飛竜達を隔離したのは見事だったな。だが、あいつらは賢い」
天井が崩れ、暗い牢獄に日光が差し込む。 空いた穴から落ちてきたのはアルとビレオ、そして――
「助けに来ただよロビンー!」
「ジョンさん……!」
「待ってたぜ、チビ……!」
ジョンさんの登場に私とロビンさんが反応する。ジョンさんは得意顔を決めた。
「可愛い飛竜達が自分を案内してくれたんだわ」
「え、何だ? アル、ビレオ、俺の知らないとこで寄り道してたのか?」
デネヴはジョンさんの事は想定していなかった様子。
「それで俺の勝利が揺らぐと思うな!」
憤慨したガイによって投げ込まれる雷。
「避雷針ーっ!」
ジョンさんは棍棒を空いた天井に向ける。棍棒に雷が集まり、空に撃ち出された。
「何だと⁉」
動揺するガイ。アルとビレオがデネヴの肩に乗り、杖を輝かせる。
「アル・ヒールタラン」
デネヴの魔術で、疲れが癒えた。呪いは消えないので、まだ苦しいが。
「俺は回復術には疎くてな。この程度で今は我慢してくれ」
後ろから金属音が鳴る。振り向くと、アルンが剣を床に刺して、ゆっくり起き上がってきていた。
「隔離された飛竜がこの位置を割り出すための時間稼ぎか? 私は」
立ち上がったアルンが歩きながら喋る。デネヴは表情を変えない。
「悪いな。初めからそんなつもりで戦ったわけじゃないが、やはりアルとビレオがいてこそ、俺は竜魔術師として全力を出せる」
「最初は飛竜がいなくても勝てると思ったわけか」
「お嬢ちゃん達が先行したんだろうが」
軽い口喧嘩をしながら、アルンが私の肩に剣の側面を当てた。呪いがアルンに移されたが、剣の竜鱗は呪いを掻き消した。
呼吸が落ち着いた私は、神と竜の複合術で全員を治療した。空から差し込む光と、応援が来た事への嬉しさで、神の術もちゃんと機能している。
「やっぱ持つべきものは戦友だよな、ガイ」
ゆっくり立ち上がったロビンさん。その手には、リスが咥えていた矢が握られている。
「な、何故それほどまでに復帰が速いんだ……⁉」
ガイがそろそろ本気で驚いて足を引いている。
「お前の殺し屋生活はこれで終わりだ。アルストリーム!」
デネヴの技名発声と共に、アルとビレオが元気に鳴き、私達の身体能力が強化された。
「チッ! 俺は狙った相手は必ず殺す。貴様らを殺すまで死ねねぇのよ!」
ガイは予想外の方向に走り出す。空いた天井から逃げる気だ。
「ほいさ」
ジョンさんが足を伸ばす。
「おぁっ、クソがぁぁ!」
引っかけられて転びそうになったガイが空中で体を回し、スライディング。倒れるのは防いだ。その隙を逃さない。
「セルリアンルーセント!」
「やめろ邪魔だ来るなぁ!」
スライディングの姿勢のまま、両手で二種の雷を生成して投げつけるガイ。ひとつは私の光で貫通した。
「バーニングブレイド!」
もう一つもアルンの炎で押し返された。
「ぉああぁぁぁあ!」
悶え苦しむガイ。
後ろから蒼い光が見えたので、振り向く。ロビンさんが折れた矢を構えて、光の矢を生成していた。矢を引く手には、同じ色の魔石が握られている。
「覚悟しろガイ、俺達が王国に抗う物語の終幕だ! ペイル・リベリオン!」
折れた矢であろうと、その蒼の軌跡は真っ直ぐ飛んでいった。
「あの蛇男に踊らされた。お前だけは即座に殺しておくべきだったぜ、ロビィィィン‼」
ガイは動けない体でも全てを籠めて叫び、喰らった矢と共に壁に刺さった。
「剣はレクシアが届けてくれたが、マナリングも没収されているな」
腕を見て言うアルン。
「武器倉庫には無かった……よね?」
一応デネヴに視線を送る。
「ああ、確かに無かった。別の場所に保管されてるか、アルンちゃんが牢に置きっぱなしにしてるか」
「それは無いぞ、あんなに光る物は見逃さん。あと、アルンちゃん、はやめろ。性に合わなくてむずがゆい」
「えー、俺分かるよ? その角に着けたアクセサリーは、ちゃん付け不可避の可愛さアピールだってこと」
「うんうん、アルンは可愛いよね」
「二人して茶化すな! それでもちゃん付けはやめろ!」
そんな雑談をしていると、進行方向からこちらに向かって、小さなリスが走ってきた。折れた矢を一本咥えている。竜以外との動物とももっと触れ合いたい私が手を広げて待ち構える。
「おっと。どうしたんだ、こんな所で迷子か……?」
飛び込んできたのを受け止めたデネヴが、そのリスの頭に生えた特徴的な赤毛を撫でる。
「動物には好かれるんだな」
アルンが茶化す。私も人気者に嫉妬の目線を向ける。
「出来れば、美女の方が嬉しいんだけどね――痛っ」
デネヴの頬を引っぱたいたリスさんが、自身が走ってきた方向を足で必死そうに指す。
「こんな男はやはり不服か?」
アルンがニヤニヤして言うが、私はそのリスの指し示す先を見た。
「この先に行って欲しいみたい。きっと、助けを求めてる」
「よし、じゃあ蒼竜の娘さんの予想を信じていこう」
デネヴがそう言いながら、はたかれた頬をさする。少し速度を上げて先を急いだ。
通路の監視雷が無くなり、少々明るい部屋が見えてきた。
リスを肩に乗せたデネヴが、私達の進行を手で制する。
「足元に注意だ。――ガイがいるぞ」
言われて下を確認すると、この部屋だけは湿った土ではなく、鉄のような素材で造られた床が広がっていた。
その鉄が突然フラッシュして、視界を奪いそうになる。
「ぐぁああああああっ!」
男の悲鳴。デネヴの指示で隠れながら中の様子を見る。
「俺は狙った相手は必ず殺してきた。ロビン、貴様以外はな! この屈辱、今こそ晴らさせてもらうぞっ!」
鉄の床に倒れた、緑の外套を纏った赤髪の男の頭を、ガイが踏みにじっている。
リスが飛び出しそうになるのをデネヴが押さえた。
「ロビン……ロビン・フッド……? 捕まってたっていう、ジョンさんの仲間の……?」
私は聞き覚えのある名前を思い出そうとする。その間にも、状況は進む。
「だが、その前に……蛇男から頼まれた交換条件、その任務のための最初の被害者になってもらうぜ。――お前が死んだら、同行してた野郎の一味も、最近捕縛した竜騎士のガキ共も皆殺しだ。精々足掻いてみせろよォッ!」
ガイが手から赤い雷を発生させると、再び鉄がフラッシュ。
「ぐっ、ぅおおおおっ……!」
ロビンさんが苦しむ。ガイの後ろの台座に置かれていた、赤く光る腕輪と、紫に光る石がさらに輝いた。
「あれは私のマナリング……恐らく同じ用途で使われている石も、ガ・シャンブリのマナアイテムなのか……?」
アルンが呟くように言うと、デネヴが頷き同意する。
「さしずめ、絶望のマナストーンって所か。奴は一体何をしているんだ……?」
「ち、っくしょうぉっ……!」
三回目の雷撃が行われ、ロビンさんがさらに苦しむ。
「俺の雷に焼かれると痛いだろう? いいぞぉ~、もっと無様に、のたうちまわってくれ!」
もう見てられない。どう考えたって、牢獄の主が一方的に相手を痛めつけてる状態だ。
「足元の鉄にだけ注意すればいいよね。助けに行くよ、アルン!」
「ああ。デネヴももう行くぞ、レクシアと目的が違うが、お前も仇討ちくらいさっさとやれ!」
「――なるほど、人を助けるためならどうせ協力してくれるお人好し、か」
私がまず走り込んで杖で殴りかかる。
「え、えいっ!」
「貴様らッ」
気付かれてステップ回避された。追撃の前にとりあえず、奪われていた腕輪を手に取り、投げる。
キャッチしたアルンが腕輪をセット。すると、赤い光がアルンの周りで廻った。普段の火竜の炎とは別のものだ。
「力が溢れ出るようだ……こんな力を持っていたのか――クッ」
「アルン⁉」
アルンが腕を抑えて苦しみ始めた。腕輪の形状に変化は無いので、肉体ではなく精神への被害だ。
「セレスティアルレイン……!」
何でもいいから解決をと思い、咄嗟に私が出したのは愛情の薔薇だった。苦しむあなたのもとへその事象顕現を運ぶと、アルンはその花びらを掴み、天井を仰ぎながら鼻にそれを当てた。意図は分からない。香りを嗅いだ……?
「よし、落ち着いたぞ。――おい、ガイとやら。このマナリングに一体どういう術をかけていたんだ? うっかり洗脳でもされかけたような感覚があったぞ」
アルンがガイに剣を向けた時には、セレスティアルレインはすぐに消えてしまった。
ガイは片手で帽子の位置を整えながら、こちらを睨みつけてくる。
「水晶、ストーン、リング……なるほど、その中でリングに限っては穴が開いているから、マナの力の収束する場所に肉体を入れる事が可能か。大胆な事をする。それより貴様ら、どうやってあの牢から――」
ガイは視線を動かし、デネヴを見た。視線を受けた竜魔術師が笑う。
「美少女達を手にかけるなんて、俺には出来やしないさ。それに、お前にはプリンスを止めてくれた借りってもんがあるからな」
「結局女が起点か、完全に俺を舐めてやがる。まあいい、殺す人数が一人増えただけだ!」
怒りを露にし、右手に赤、左手に青色の雷を生み出すガイ。球体のように纏まる雷の力はみるみるうちに大きくなり、ガイの上半身ほどの大きさになる。
「俺の雷を味わえェ!」
デネヴに向かって投げ込まれる雷の球。私は杖を構えて、魔法を発動。
「ホーリーシールド!」
光の盾を展開。少々私が押されているが、止める事は出来ている。弾ける雷撃に耐えながら、アルンにアイコンタクトを送る。頷いたアルンが雷から回り込んで突進する。
「今こそ炎を宿す時!」
「届いてくれ、アル、ビレオ。アルストリーム……!」
私の近くで杖を構えたデネヴが魔術を使うが、杖の魔石は光らない。首を振ったデネヴが、基礎的な魔法を使って私を援護し、雷をどうにか消した。
「バーニングチャージ!」
「斬裂紫電!」
飛び込んだアルンの剣とガイの青い雷がぶつかり合う。力勝負はアルンが勝利したが、崩壊し霧散する雷はアルンの身体を襲ったので、戦況は互角だ。
よろめくガイだが、それでも空いた右手で赤い雷を生成する。雷を受けながら着地したアルンも、地を踏みしめて追撃の構えをとる。
「焔の逆鱗!」
「雷撃殺!」
前回と同じように力でアルンが勝ち、ガイが炎を受けて表情を歪める。しかし残った雷はアルンにも入り、体力勝負となっている。
赤い雷を受けたアルンの身体にガイが手をかざすと、雷はガイの体内に入っていった。
「アルン! クリムとの戦いを思い出して!」
呼びかけて、相手の戦法を予想して伝える。きっとガイは、自身の身体を当てずに戦っている現状を有利と見て続けるつもりだ。あの赤い雷も、きっと体力勝負に有利な要素があるはずだ。
「邪魔をするな屑共が」
ガイがこちらを一瞥し、力強く床を踏みつけた。すると赤い電撃が部屋中を巡り、鉄がフラッシュを起こした。
想定外の攻撃に全員が怯む。
「くっ……まだかかるか、アル、ビレオ……!」
デネヴは杖を輝かせるが、魔術は発動できていない。ガイが近くにいるアルンに回し蹴りを放った。
「ぐあっ!」
飛ばされ、部屋の壁にも用意されていた雷の回路に当たったアルンが、体を痙攣させて倒れた。
「アルンっ……!」
思わず叫ぶが届かない。倒れたアルンの身体や、私の身体から紫の光が現れ、台座に置かれたマナストーンに吸収されて消えた。
床で倒れるロビンさんが少し動いた事に気付き、下を見る。
「気を付けろよ……奴の右手に宿る赤の力は、貪る吸雷……魔族の吸収と違って、竜族にも通用する回復手段だ。長期戦は、無謀だぜ……」
デネヴからリスが飛び出して、ロビンさんに擦り寄った。
「まだ喋れるだけの口があったか。無様な命乞い以外に使う必要は無い!」
隙を見せている私達。ガイはその間を走り抜けてマナストーンを手に取ると、その紫の光を浮かせて放ってきた。
「呪い移しの類だ、逃げろ……!」
狙われているロビンさんが私達の心配をしてくる。これ以上この人を苦しめられない……!
「トワイライトクロス!」
光で包み、闇を一部消滅させたが、黄昏の輝きは薔薇と同じように、普段より短い時間で消えてしまった。この暗い牢獄は人々の絶望のようなものが充満しているのか、希望をもたらす正反対の事象顕現は効果が薄いのかもしれない。
「それでもっ!」
残った紫の光は、私が駆け寄ってロビンさんの代わりに受ける。牢獄で聞こえた呻きのような声や、雷を受けた人たちの悲鳴が聞こえ、その痛みの一部を肩代わりするかのような苦しみによって呼吸がしづらくなる。もしかしたらアルンが腕輪を付けた時に苦しんだのは、これを直接受けたからかもしれない。
杖を支えにして、ロビンさんを見る。なんとか彼には当たらずに済んだようだ。
「お前、どうしてそこまでして……」
這いつくばって私を見上げるロビンさんに、なんとか笑いかけてみる。
「あなたが元気じゃないと悲しむ人を、知ってますから……」
紫の光が私から発生して、ガイの石に集まっていく。
「いいぞぉ。これが絶望のマナシリーズの力であり、蛇男が俺に託した任務。貴様らの怨嗟の声、苦悶の呻き、絶望の叫びが、こうして蓄積され力を増幅させる。最終的な結末は聞かされていないが、覚醒途中でもこうして呪いを攻撃手段に出来るなら上場、そしてこの任があるおかげで、ロビンや貴様らをさらに苦しめる事が出来るというわけだ。ハァッハハァ!」
石を握って大笑いするガイ。まさに絶望的な状況だ。
「っくっくっ……いや、その時間はもう終わりだぜ。ガイ」
その笑いを遮るように、デネヴの笑いが割り込まれる。
「何を言う、対抗手段など残されて無いだろう。雷で貴様も灰と化せ!」
青色の雷を発生させるガイ。杖を構え、赤魔石を光らせるデネヴ。
「竜騎士を捕らえた後、対抗手段たる俺の可愛い飛竜達を隔離したのは見事だったな。だが、あいつらは賢い」
天井が崩れ、暗い牢獄に日光が差し込む。 空いた穴から落ちてきたのはアルとビレオ、そして――
「助けに来ただよロビンー!」
「ジョンさん……!」
「待ってたぜ、チビ……!」
ジョンさんの登場に私とロビンさんが反応する。ジョンさんは得意顔を決めた。
「可愛い飛竜達が自分を案内してくれたんだわ」
「え、何だ? アル、ビレオ、俺の知らないとこで寄り道してたのか?」
デネヴはジョンさんの事は想定していなかった様子。
「それで俺の勝利が揺らぐと思うな!」
憤慨したガイによって投げ込まれる雷。
「避雷針ーっ!」
ジョンさんは棍棒を空いた天井に向ける。棍棒に雷が集まり、空に撃ち出された。
「何だと⁉」
動揺するガイ。アルとビレオがデネヴの肩に乗り、杖を輝かせる。
「アル・ヒールタラン」
デネヴの魔術で、疲れが癒えた。呪いは消えないので、まだ苦しいが。
「俺は回復術には疎くてな。この程度で今は我慢してくれ」
後ろから金属音が鳴る。振り向くと、アルンが剣を床に刺して、ゆっくり起き上がってきていた。
「隔離された飛竜がこの位置を割り出すための時間稼ぎか? 私は」
立ち上がったアルンが歩きながら喋る。デネヴは表情を変えない。
「悪いな。初めからそんなつもりで戦ったわけじゃないが、やはりアルとビレオがいてこそ、俺は竜魔術師として全力を出せる」
「最初は飛竜がいなくても勝てると思ったわけか」
「お嬢ちゃん達が先行したんだろうが」
軽い口喧嘩をしながら、アルンが私の肩に剣の側面を当てた。呪いがアルンに移されたが、剣の竜鱗は呪いを掻き消した。
呼吸が落ち着いた私は、神と竜の複合術で全員を治療した。空から差し込む光と、応援が来た事への嬉しさで、神の術もちゃんと機能している。
「やっぱ持つべきものは戦友だよな、ガイ」
ゆっくり立ち上がったロビンさん。その手には、リスが咥えていた矢が握られている。
「な、何故それほどまでに復帰が速いんだ……⁉」
ガイがそろそろ本気で驚いて足を引いている。
「お前の殺し屋生活はこれで終わりだ。アルストリーム!」
デネヴの技名発声と共に、アルとビレオが元気に鳴き、私達の身体能力が強化された。
「チッ! 俺は狙った相手は必ず殺す。貴様らを殺すまで死ねねぇのよ!」
ガイは予想外の方向に走り出す。空いた天井から逃げる気だ。
「ほいさ」
ジョンさんが足を伸ばす。
「おぁっ、クソがぁぁ!」
引っかけられて転びそうになったガイが空中で体を回し、スライディング。倒れるのは防いだ。その隙を逃さない。
「セルリアンルーセント!」
「やめろ邪魔だ来るなぁ!」
スライディングの姿勢のまま、両手で二種の雷を生成して投げつけるガイ。ひとつは私の光で貫通した。
「バーニングブレイド!」
もう一つもアルンの炎で押し返された。
「ぉああぁぁぁあ!」
悶え苦しむガイ。
後ろから蒼い光が見えたので、振り向く。ロビンさんが折れた矢を構えて、光の矢を生成していた。矢を引く手には、同じ色の魔石が握られている。
「覚悟しろガイ、俺達が王国に抗う物語の終幕だ! ペイル・リベリオン!」
折れた矢であろうと、その蒼の軌跡は真っ直ぐ飛んでいった。
「あの蛇男に踊らされた。お前だけは即座に殺しておくべきだったぜ、ロビィィィン‼」
ガイは動けない体でも全てを籠めて叫び、喰らった矢と共に壁に刺さった。