【6】新生魔術と自由の騎士

文字数 3,680文字

 先ほどの城の部屋に戻るなり、クリムが高速で駆け寄ってきた。
「良かった、急に消えたからどこ行っちゃったのかと思って――レクシア、誤魔化しきれないくらい顔色悪いじゃない! 大丈夫?」
 体はもう普通に動くので大丈夫と思っていたけど、どうやらそう簡単に完治させてくれないらしい。
「私は大丈夫。それよりあなたやジークに何か起きなかった?」
 激しく首を振るクリム。
「そんな顔で私達の心配までしなくていいの。特に何も無かったわ」
 ジークが遅れて歩いてくる。
「まずガ・シャンブリがどういう奴なのかすら、俺達は把握していない。良ければお前達の事情を聞かせてくれ」
「ちょっ……」
 声が漏れる。アルンが突然私の肩を担いで歩き出したのだ。
「回復術を使ってもこれだからな。厳密には違うが、血を抜かれたようなものだ。話すならどこぞに座ってからにするぞ」
「あ、あぁ。勿論そのつもりだ」
 ジークの声と足音が後ろから聞こえる。アルンが目を私に向け、小さく囁いた。
「私はお前が立ち上がって回復をした時点で安心しきっていた、顔色を窺ったりしていなかった。近くにいる私がかけるべき心配だった。すまんな、レクシア」
 私自身も大丈夫と思っていたので、気付けるのは周りの人だけ。それをアルンは悔いていた。
 こういう時私は、謝られたのが申し訳なくなって、心配してくれる気持ちを否定しがちだ。
「……うん。ありがとう、アルン。そこまで考えてくれて」
 無意識に思考や反応速度が鈍っていた私は、少し考える間をおいてから別の返答を導き出せた。
 微笑むアルン。火竜の体温は暖かい。体をもう少し相手に預けて、その温もりに甘えた。


 椅子に座ると、体が少々重く感じた。言われて気付いたのかもしれない。
 私とアルンは、二人にここまでの経緯を話した。セメレーさんがいなくなっている事は伏せておいた方が良いとデネヴに言われていたが、二人なら受け止めて先に進むだろう。
 話を終えると、ジークが足を組み直した。
「なるほどな……今の所目的は不明だが、大自然の女神の力が必要という事でおおよその検討をつけていくしかないか」
「自然を動かしたとてどうにかなるものなのか?」
 アルンが聞くと、ジークは首を振った。
「女神セメレーの力は自然の管理や力の行使だけではない。レクシアの話を聞く限り、当然他の神と同じように事象顕現は持ち合わせているし、何よりコンバートの効果上昇を利用されると想定すると、企みの選択肢は未知数だ」
「コンバート?」
 私が首を傾げる。聞いたことのない単語だ。
「最近は人間の中にそれを発展させる術師が増えてきたが、以前は神族や天軍がわずかな発展度のまま独占状態だった技術。自身に元々存在する力を別のエネルギーに変換し、行使する術だ」
「魔力を撃ち込む魔法や、ゼロから構築する魔術じゃなくて、素の力を全く別のものにする新スキルなの。打ち込む拳に籠めた力が、そのまま炎とかになって飛んでいく……竜人が闘気を具現化させてるアレの魔術版かしら?」
 クリムが軽く目の前の空気に向かってパンチをしながら補足説明した。私は龍麗君が使った防御術を思い浮かべた。きっとあんな感じだろう。
 ジークがクリムの動きを眺めながら、呟くように続ける。
「そしてセメレーはその拳の力そのものではなく、変換された後の炎の力を高める。草木や水、風など、様々な属性が交わりながら生きる大自然の神だからこそ得られた力だろう。――ガ・シャンブリのような魔術師ともなると、工夫次第で何でも出来る夢の力かもしれないな」
 新たな知識だ。状況は思っていたよりもさらに深刻かもしれない。
 でもセメレーさんが使っていた事象顕現は、私と同じ愛情だ。非道な行いを企んだとしても、簡単には従わないと信じたい。
 クリムが拳を沈め、少し楽しそうにしていた表情を戻した。
「この辺りの自然を守ってくれてた力が消えているのも問題ね。街の外側の地域が一向に復興しなかったのもそれでしょうし、国全体の調査や支援は行った方がいいかも」
 ジークが頷くが、表情は深刻だった。
「そうだな。しかし、俺はこれからノルキンガムの問題をなるべく早く落ち着かせなければらない。地元の神を誘拐した張本人であるし、今考えると明らかに怪しい取引――しかしだからこそ、平和のために対応は急いでおきたいからな。俺に国を治めさせる交換条件に、ノルキンガム地下牢の支配権を要求したガイ卿の監視も、ダンクワルトにでも頼んでおかなくては」
 地下牢。またも怪しすぎる言葉が出てきた。ガイは何を考えているんだろう。
 黙って聞いていたアルンが動き出す。
「地下牢か。住処にしては趣味が悪いな。奴はガ・シャンブリと繋がりがありそうだし、デネヴにもう少し情報を吐かせておくべきだったな」
 アルンがガ・シャンブリから渡されたマナリングを左腕に装着し、拳を握った。それに関しても怪しくなってくるから、情報は早く集めておきたい。
「それ、ガ・シャンブリに貰った物よね。使うつもりなの?」
 クリムがマナリングに反応する。アルンは即座に頷いた。
「ああ。送り主はともかく、利便性は確かだ。あとこれは、戦いしか考えなかった私が、戦わないために動ける存在になった証だからな」
 あの剣は回収せずにいれば、いずれ火種になるかもしれない。その気持ちは大事だと、私も思った。
「うーん、確かにデネヴの話は聞きたいね。今思うと聞けてない事が多いし、ローランさんとか――あーっ!」
 話を戻すと、すっかり忘れてた事を今更思い出して叫ぶ。みんなびっくりしちゃったので謝る。
「ごめんごめん。そうだ、ジークやクリムは、ローランって名前の王子に覚えはある?」
 デネヴの代わりの情報提供を求めてみると、ジークが反応した。
「ローラン……それはプリンスが国を治める前の、ノルキンガムの王子の名だ。それがどうした?」
 話題からそこまで外れない、かなり身近な話だった事に驚きながら、思慮を巡らせる。
 嵐が起きると言って街から移動したジョンさん。ローランが宴を始めると言ったデネヴ。ノルキンガムの王子――
 私は目を見開いた。考えを確認したくて隣を見れば、アルンも私に頭を向けていた。
「アルン、これって……!」
「あの王子、もう催す気だったわけだな、しかもこんな身近で」
 戦が始まる。ちょうどジークが納める事になっている国を取り返すための、王子同士の戦が。
 深刻な表情だったアルンは、ふと余裕の顔を見せる。
「少々、興味も出てしまうな。知り合いのどちらが栄光を手にするか。止めようにもお互いの志は理解しているから止めにくい」
「アルン……」
 確かに、ローランさんの戦を止める事は、夢の否定になる。しかも一度は応援して別れてしまった私達だ、難しい話になる。
 ローランさんを応援して国を取り返したら、ガ・シャンブリが怖いし、ジークとクリムの結婚は遠ざかる一方だ。
 でも。
「それでも、私は誰も傷付かない道を探したい」
 理想は全ての夢を叶える事。しかしもし厳しいようなら、例え双方の夢を遠ざける結果になるとしても、私は第三軍、セメレーさんのために今は動きたいと思っている。あの人を救い出すまでは、責任を負うべき私がこのエリアの自然を、平穏を。代わりに女神として守護しなければならない。そう、一人で考えているのだ。
「まだ何か知っている情報があったのか」
 不穏な会話を察したジークが睨みつけてくる。私は真っ直ぐその視線に対峙した。
「ローランさんがノルキンガムを狙って、戦いを始めてしまうかもしれないの。私は、今からそれを止めに行くから」
 クリムが体調を心配するような顔をしたけど、大丈夫と自信の顔を見せてやった。
「単なる通りすがりが、関わって変化のある事情なのか不安ではあるがな。白の大地の国同士の問題は、私の知らない大規模なものだ」
 アルンが釘を刺してくるが、協力する気は満々のようで、既に席を立っている。私もそれに続いた。
 席を立ったジークが、うっすらと笑みを浮かべた気がした。
「いや、むしろその立場のまま行くと良い。ネーデルラントから派遣されたなんて肩書きを持ったら、ただの使者だ。ローラン勢力がネーデルラントの警戒すら強める敵対国になりかねない。世界を変える英雄というのは、国が縛らない自由な存在であるべきだ。これからも、お前達は立場を気にせず本心に従ってくれ」
 英雄、というのは否定したいけど、その言葉は私の背中をさらに押した。振り返ってみれば、黒の大地でローランさんと関わった時も、私は冥界側の味方も同時にしていた。
「そうだな。私もレクシアも、所属のほとんど無い自由な騎士として戦ってきた。やる事は変わらなかったな」
「少し追加すれば蒼竜イリオスの騎士だけど、お父さんはこういう時、必ず平和のために中立に立ち続けたはず」
 ジークとクリムに視線を向ける。きっと時間はあまり無い。
「じゃあ、行ってくる。二人も、頑張って」
 振るのも惜しい手を軽く上げながら踵を返し、騎士の鎧で外へ踏み出した。争わないための戦いを始めよう。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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