【13】空を覆う蝗

文字数 4,040文字

 青い空が半分以上隠れ、振りまかれる毒で紫色にも見える。
 絶望的な状況。思考する時間は貰えなかった。
「相手は待ったりしねぇぞ!」
 ローランさんの警告。アルンに迫る虫。危ない!
「トワイライトクロス!」
「――⁉ ボルケーノブレイド!」
 空気中の毒を光で包んで消した私、反応して地面から炎を吹き出させて駆除するアルン。
 追い込まれて下がり続けると、私達三人の背中が合わさった。
 ローランさんが普段片手持ちの剣を両手で強く握ったのが視界の端で見えた。
「死ぬなら抗ってから勇ましくだ。レクシア、アルン。俺の起こした戦の詫びだ、突破口を開くから二人は抜け出せ」
「そんな!」
「了解だ、だが死ぬな。――迷う暇は無いぞレクシア、即行動だ!」
 アルンが背中を離れ、黒鎧から煙を噴出した。炎の横払いが一帯を焼き尽くす。
 しかし一瞬でその場に補充される大群。確かに満足に喋る時間も無い。今まで一度も毒を受けていないのは奇跡的だ。
「今だけは動けッ! いつまでも未熟と思うなよ――フォースラッシュ!」
 その言葉は私に向けたものか、剣に向けたものか。ローランさんは剣を輝かせ、光の刃を纏った連撃で正面への道を開く。しかし足りない、これでは足りない。
「アル、ビレオ。全てを焼き尽くせ!」
 空から降り注ぐ炎の雨で、一気に虫の数が減る。
「よぅ、次代の王。ノルキンガムの魔術師として加勢する。そのうちお前の可愛いメイドさんも駆け付けるから、無様な姿を見せるなよ」
 そう言ってローランさんの援軍となったデネヴに心の中で感謝を告げ、アルンと共に虫の隙間を走り抜ける。
「合わせろレクシア。バーニングチャージ!」
 アルンの炎を纏った突進で、周囲の虫が次々と墜ちる。
「私達を護って――セルリアンスレイブ!」
 杖を突き出してアルンの隣、炎の中を走り抜ける。蒼竜の羽が炎を爆風に変え、道を切り開いた。
 そして久々に人と虫以外に発見した生命――飛び去る途中のグレイルを発見。目の前の状況に反射的に従うしかない。
「グレイル、飛んでーーっ!」
 叫びながらアルンと一緒に大ジャンプ、グレイルの尻尾を左手で掴めた。アルンは私の右手の杖にどうにか掴まった形だ。
「うぉっ嬢ちゃ、ちくしょぉぉぉぉ!」
 グレイルは全てを察して、進行を国の外ではなく内へ方向転換。追っ手をアルンが追い払い、空中戦が始まった。
 杖を引っ張る、アルンが私をつたってグレイルの背に登る。
 そしてアルンが私を引っ張って、狭い背に二人復帰。魔法や炎で虫を迎撃していく。
「うわぁ!」
 グレイルは予測不可能な軌道で動き続けるので、何度も振り落とされそうになる。しかしこうでもしないと虫を回避しきれない。
 高度も下がり、街の建物が急速で視界を流れる。虫はグレイルより速く追ってくる。後ろを向いて光を放ち、撃墜。
 戦況が一向に良くならない中、アバドンが私達に目を付け、飛翔してきた。その視線は何故だか、私一人に向けられているような気がした。
「周囲の虫は任せるよ、私がアバドンを止める!」 
 グレイルの背という小さな足場を、息を合わせて共有しながら、隣で戦っているアルンに無茶振りを吹っ掛ける。二人でギリギリしのいでいた状況である事を承知の上で言うしかなかった。
「面白い! 余裕が出来たら加勢するぞ」
 何故か冗談とも思えない声音で放たれた、頼もしい返答に感謝だ。根拠は無いが、今のアルンは負けない。そんな確信のおかげで、目の前のボスに集中できる。
 アバドンが拳を握り、両腕に装備されている刃を向けた。
「私達を護って、蒼竜の羽っ!」
 嫌な予感からセルリアンスレイブの刃だけで対応。アバドンの刃に触れた幻影の剣が紫に染まる様を見た。きっと杖や剣といった武器で触れるだけでも、握る手を伝って毒が回るかもしれない。恐ろしい武器だ。
 そして刃を振り終わった後の空気にも、目に見えるほど高濃度の毒が舞う。トワイライトクロスで即座に消滅させる。これが遅れたり、事象顕現使用中に息を吸ってしまうと危ないだろう。
 グレイルが全力で逃げるが、虫達の方が速い。方向転換に惑わされるアバドンだが、何度でも追撃してくる。
 どうにか、一度も触れないように魔法と事象顕現で対抗し続ける私に、アバドンは口を開いた。
「生ある者よ、戦え! そして力をつけよ。破滅の定めに、抗う為に!」
「抗う? この状況を作ってるのは他ならないあなた、そうでしょ⁉」
 漂う毒を消し、怒りを含めて叫んだ。さらに刃を向けるアバドンが語る。
「滅びを望む意志が、あの石、魔術にはあった。それに応え、私は破滅を与える。しかしこれは試練である。破滅を乗り越え、その先の世界を目指せ」
 私は彼が、単なる滅びの悪魔では無い事に気付いた。使命を全うしつつも、立ち向かう人間の強さを信じている。本当は戦いたくも無いんじゃないか、そんな風にすら、私は思った。
「頭下げろ嬢ちゃん!」
 グレイルの声が聞こえ、すぐに片膝を最大限曲げる。すると頭上を建物の石壁が通り過ぎた。小さな隙間に潜り込み、アバドンを含めた追っ手を撒く。しかしその進行先にも包囲は存在するため、戦況は変わらない。
「アバドン……」
 彼がいた方向を見て、呟く。アルンが私の背中を小突いてきた。
「よく耐え抜いた。だが、そろそろ私に任せた仕事を手伝ってもらっていいか?」
「あ、ごめん。――じゃなかった、ありがとう!」
 アルンもちゃんと戦い抜いてくれていた。私はアルンの援護を再開したが、正直、疲労が溜まってジリ貧だ。
「何か……何かしないと勝てない……」
 策を巡らせる余裕も知能も無い私が呟く。心なしか速度が落ちてきたグレイルが、首を上げて叫ぶ。
「アバドンがまた追ってきやがる! 勘弁してくれもう無理だ――うぐっ」
 その時、防ぎきれなかった毒を吸ってしまったのか、苦しみ始めたグレイルの飛行が不安定になった。
 ふらふらと落ちそうになるが、それは止まった。
「くそったれぇぇ! 助けてくれ、もう誰でもいいから助けてくれよぉぉっ!」
 そして逆に上昇を始めた。
「ごめん……ごめんね、グレイル……」
 急に飛び込んで来た私達に協力してくれたのに、進歩のないままこんな状態にさせた。謝る事しか出来なかった。
「地上は既に毒で満たされているようだな」
 アルンが呟く。下を見ると、地上は毒で満たされていた。グレイルが落ちるに落ちれなかった理由はこれのようだ。私も重く頷いた。
「みんな、無事に逃げれてるといいけど……」
 避難出来ていようがいまいが、現状打破出来るのは私達しか残されていないという事が心にのしかかる。でもグレイルは限界だし、進む先の上空も虫で覆われてるし、どうすればいいのか――
 今まで昇ってこなかった高度にまで上昇して、ついに停止してしまったグレイル。そんな中でも、アバドンを含めた軍勢は迫りくる。私はひたすら周囲を見回した。虫に覆われて見えなくなった青空、雲、もう今はひたすらに縋るものを探すしかなかった。
 ――そして見つけた。
「ノルキンガム城、屋上に接続されたテラス」
 これが突破口になるか分からなくても、ようやく見つけた一手だ。
 ゆっくり落ち始めるグレイル、私は見つけた城の反対側にいるアルンに向かって両腕を伸ばし、広げた。
「アルン……!」
 呼びかけながら後方に飛んだ。何の説明も出来ない短い時間。
 アルンも唯一の足場を捨て、私の胸に飛び込んで来てくれた。伸ばしていた腕を閉じてアルンの背中を包み、宙に躍り出た。
 蒼竜の羽の力を借りながら、風魔法を発動。飛び込んで来たアルンの勢いを利用するように維持して、斜めに落下する。超速で移動しながらの風魔法は、ある程度の虫を吹き飛ばした。それでも残る虫は、どうにか体ではなく鎧に当たるのを祈るしかない。
「飛ぶのは難しくとも、滑空くらいなら出来る、か」
 顔を上げ、落下方向を見るアルンが呟いた。私も首を上げ、目的地を見据えた。
「ノルキンガムの屋根の上から、強大な力を感じる。まだ遠くて断言は出来ないけど、きっとあそこにガ・シャンブリが――セメレーさんがいる」
 アバドンの召喚は、コンバートによって例外的に行われた。なら、召喚者か、力を与えている女神を止められれば、勝機はあるかもしれないと踏んだ。
「高みの見物とは趣味が悪いな」
「あ――いけない、向こうが私達に気付いたかも……!」
 私が力を察すと、城の屋上から紫の光が煌めいた。進行方向の空に発生した闇の穴から、虫の放つ毒が散布される。アバドンの位置にあった毒を移したのだろう。斜め方向とはいえ、私達はただ落下しているだけなので防ぎようがない。
「息を止めろ!」
 アルンの警告に従い、片手で鼻と口を覆って息を止め、目を瞑るが精々。そのまま濃度の高い毒霧に突っ込んだ。
 吸いはしなかった。しかし、露出した肌にそれが触れるだけで、外側から肉体が崩壊しそうな激痛を引き起こした。これが体内に入るだなんて想像もできない。
「――‼」
 息を止めたまま、声を出さずに悲鳴を上げる。痛みで気絶しそうになるが、そうなる前に痛みによって叩き起こされる。鎧のある場所は毒を防げたかもしれないが、全身が痺れる中でそんな事は関係のない話だ。定期的に意識が飛びかけるので、いずれ息も吸ってしまうだろう。
 今私が、アルンがどうしているのか分からない。この落下が今どう進んでいるのかも分からないし、さらに言えば目的を考える思考も中断されて何も考えられなくなっていく。
 痛みによって激しい虚無となった脳には、何も意識せずとも浮かんでくる家族たちの姿だけがあった。
 ――お願いします、もう少しです。さあ、貴女を必要とする方々のために、あと一歩――
 呼びかける別の声。さらにアルンの声が聞こえて、暗闇の中で目を開く。そして光から優しく伸ばされた、華奢な女神の手に触れる。
 握ると体は引っ張られる。そうして私は、虫の群れにいたぶられ続ける意識の世界から抜け出した。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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