【4】邂逅

文字数 4,780文字

「そういえばジーク、話しておきたい情報があると言ってなかったか?」
 邪魔した張本人アルンが、思い出したように話題を持ちかける。
「お前が暴れなければ、この話題は既にひと段落ついていた」
 うん、全員同意見みたい。
「悪かったな。だが私はジークやクリムのような、面白い人間と剣を交えるために旅をしている。だからこれは何より優先すべき本懐だ、許せ!」
 開き直って笑うアルン。その清々しさに、ジークも折れたみたいだった。
「この後、別の客人も控えてるよね?」
 クリムの確認に、ジークが頷く。
「ああ。むしろそちらを待っていたら、この二人が来たわけだからな。暇な時間も少なくなっているから、手短に話そう」
 ジークは両腕をテーブルに乗せ、一瞬間をおいて口を開く。
「七罪と冥界が、再び分離した」
 第一声から壮大な事を言われ、私は理解が追いつかなかった。
「再び、という事は、以前七罪に加入したハデスとやらが抜けたわけか」
 冷静なアルンが返答する。私はそれを聞いてようやく落ち着こうとする。
「七罪最後の空席がマモンという悪魔で埋まり、協力関係を解いたというのが、一般に広められた理由だ。しかし、キュクロプスの情報を七罪に教えるつもりが無かった、冥界のハデス側から関係を切った、というのが濃厚とされている。つまり真実は不明だが、アルンの予想のまま考えて貰って構わない」
 ジークがさらに解説した。アルンが背中の黒い塊を取り出した。
「キュクロプスの部品の一部を、私は持ち出している。もしこれが機密だったとしたら、一度持ち去られた時点でハデスがこれ以上の拡散を防ごうとしたのかもしれない。――要は私のせいだな!」
 私は反射的に首を振った。
「確かにアルンが頼んだ部品だけど、当時オルプネーさんとかも機密かどうか知らなかった。アルンが悪いわけじゃないよ。あっ……」
 オルプネーさんやガルムの顔を思い浮かべ、ある事に気付く。
「七罪と冥界の関係が切れたなら、ベルゼブブさんと冥界のみんなは、今は敵同士……?」
 もしそうなら、ちょっと悲しい。そう思った私に、クリムが優しく微笑みかけた。
「レクシア達は、彼らと関わってたのね。きっと大丈夫、七罪と冥界は確かに分離したけど、別に元々お互い干渉しない勢力だったから。だからこそ、協力関係も組めた訳ね」
「そうなんだ、良かった……」
 安心した。あの二勢力が戦う光景は、私は想像したくなかった。知り合いが多いのもそうだけど、もしあんな大きな軍が激突したら、混乱は大地全体に渡って、かつて訪れた温泉村も大変な事になっていただろう。
 落ち着いた所でジークが話を続ける。
「そして、あの連合軍が強大すぎたが故に発展出来なかった、小規模な集まりが次々と復活していった。キュクロプスにより魔物の大量殺戮が行われたそうだが、それによる個体数の減少は、これにより再増加した」
「へぇーっ……!」
 道のりが危険な状態に戻ってしまったわけだが、私としては、生物がまた伸び伸び過ごせているなら、嬉しい事だと思った。
「そしてその集まりの中で、異様な速度で勢力を拡大する種族がいた。以前はあまり黒の大地でも見かけなかった、蛇型の獣人族だ。奴らは僅か数日――俺達が銀嶺で邪竜と戦っていた時には、既に国を造っていたという」
「蛇……」
 思い当たる節がある。これは私の目的と関係しているだろうか。
 ジークは手をテーブルから降ろした。
「最低限話すべき情勢はこのくらいだ。お前達はこういった情報を把握しておくべきだと思ってな。――俺はこの後、その蛇族の長と話をする。せっかく我が国に来たなら、観光でも楽しんでおくといい」
「え⁉」
 私が叫ぶと同時に、アルンが身を乗り出した。
「ジークは、ここネーデルラントの王子だったのか!」
「知らずに俺達を訪ねたのか……⁉」
 私達もジークも驚きである。クリムが首を傾げた。
「あれ……じゃああなた達は、どういった用件でここに来たの? てっきりデネヴの遣いかと」
 私とアルンは目を合わせた。ここは目的を持った私が喋る。
「デネヴについては、よく分からない。私は、魔の蛇についての情報を探ってここまで来たの。その新勢力の蛇が、私の目的の人かもしれないし――もしよければ、私達もジークと蛇族の話の場についていってもいいかな?」
 ジークは少し考えてから口を開いた。
「ああ、構わない。デネヴの関係者として通れる事は、この眠っている竜達が証明しているからな」
 私は喜んでアルンに両手でハイタッチした。可愛い飛竜達は、未だに穏やかに眠っていた。


 少し時間に余裕を持って場所を移す。アルとビレオをジークが運んで、ほとんど変わらない見た目の部屋に来た。違いを挙げるなら、前よりは狭く、戦いは出来ないだろう。
 眠っていた飛竜が同時に目覚め、奥にあったもう一つの扉に飛んで行った。扉が開き、二人の男が入ってくる。
 一人は黒い戦闘服と、大きな帽子、黒い角に黒い尻尾の竜人だ。表情が険しくて、少し怖い。
 その後ろから続いてきたのがデネヴ。飛んでくるアルとビレオを受け止めて、黒い男と同じ配置に着いた。
 中央のテーブルにジークとクリムが座っているが、私とアルン、そしてデネヴ陣営は部屋の壁際で待機している。護衛のような扱いに見える。
 そして最後にもう一人男が入ってきて、椅子に座ると、扉は自動的に閉まった。
 黒と赤を基調とした上品な服とマントを纏っている。肌が露出した手と頭は、蛇を思わせる鱗に覆われていて、毛も無いので頭も鱗だ。目元に装備した金の仮面から覗く目は真っ黒。一目で異種族と分かる外見だった。
「ネーデルラントの王子、ジークフリートだ。此度はご足労おかけした」
「蛇人族新興勢力の指導者、ガ・シャンブリだ。此度は貴殿の隣国ノルキンガムより参った次第故、さほど長き旅では無かった。――堅苦しい口調は外して構わない、私はただの新参者だ」
 双方が挨拶を終える。私は警戒を強めた。
 ――あの時聞いた闇の声と同じ――!
 アルンに目を向け、認識を共有。そんな間にも、会話は進行する。
「まず、国絡みの問題を、何故王子に過ぎない俺に話すのか、お聞かせ願えないだろうか」
「王妃ジークリントなどには既に話を進めてある。そしてその際に、王子に頼んでみてはどうかと仰せられたのだ――王子には、これよりしばらく、隣国ノルキンガムの統治を任せたい」
 驚くクリム。困惑するジークは、さらに話を続けた。
「あれは戦乱が続き、最近は神族が納めていた地のはず。統治者の神はどうなっているんだ」
 ガ・シャンブリは黒い目を細めた。
「プリンスは何者かによって殺害された。後継者としてはそこにいるガイ卿が務めていたらしいが、どうにも指導者には向かないようで、交渉戦で今は私が統治者となっている」
 デネヴの隣の竜人はガイというらしい。見ると視線に反応して私を睨みつけてきた。私はすぐに視線を外した。怖い。
「私にはやるべき事があり、しばらく国を留守にする。その間、竜王子殿にはそこの統治をしてもらう。その国で何をしようが、統治者の権限で可能だ。王妃も良い経験になると言っていた」
 ジークの困惑する表情は続く。
「そんな事をしていいのか……? そのまま俺が国を支配し、明け渡さなかったらどうする」
「その時は武力を以て奪い返そう。私は貴殿を試しているのだ。平和な施策を取り続ければ、我ら蛇族はネーデルラントと友好関係を結ぶ。この近辺は平和とは言い難い。聡明な竜王子殿なら、愚かな選択はすまいと信じているが」
 勢力を急速拡大したガ・シャンブリの発言からは、ジーク達の軍に簡単に勝利できるという自信が感じられた。
 ジークは重く頷いた。
「引き受けよう。母上が認めたなら、俺も断る理由は無い」
「成立だ」
 ガ・シャンブリは席を立ち、こちら側に歩み寄る。つまらなそうに壁に寄りかかるアルンの前で止まった。
「その背中の剣は何だ?」
「拾い物だ。各地でコイツが問題を起こしていた」
 寄りかかったまま喋るアルン。ガ・シャンブリは首を後ろに向けた。
「チャールトンを呼べ」
 反応したガイがデネヴを見る。
「任せたぞ」
「はいはい了解しましたー」
 デネヴが軽い返事で部屋を出ていった。ガ・シャンブリが数歩下がって、紫魔石の短杖を取り出した。
「集めた剣をここに並べるのだ」
 アルンがそれに従って剣を床に置く。そうしているうちにデネヴが帰ってきて、人とも動物ともつかない見た目の小人を連れてきた。あれがチャールトンだろう。
 チャールトンが剣を調べると、背負ったリュックから、白金色に光る腕輪を取り出した。
「ご苦労。――合成!」
 ガ・シャンブリが魔法を使うと、剣は光になって、腕輪に集まっていった。腕輪の放つ光が薄い赤色に変化した。
「随分重そうだったからな。今後も剣を見かけたら、このマナリングに吸収させていけ」
 彼はそう言って杖を戻す。アルンは腕輪を手に取り眺めた。
「素晴らしい技術だ、ありがたく頂こう――ところで、ガ・シャンブリと言ったな。私とお前は初対面か?」
 アルンがガ・シャンブリを睨みつける。
「確かに過去に一度会ったが、お前が私の顔を見るのは初めてだろう」
 そう言って離れ、ガ・シャンブリは次に私の前に立った。種族的外見と、成人男性の体格の圧力で緊張する。
「蒼き騎士よ」
「は、はい」
 ガ・シャンブリは表情を変えずに耳元で告げた。
「大自然の女神は丁重に保護している故、お前が案ずる事は無い。いずれ時が来たら、聖域と共に解放もしよう」
「……‼」
 離れるガ・シャンブリ。私は固まる体を動かそうとする。
「ぁ、あの……!」
「ここでの用は済んだ。忙しい身の上故、これで失礼させてもらおう。隣国についての疑問や仔細は、ガイ卿に聞くといい。さらばだ」
「待ってっ!」
 咄嗟に防御魔法を扉に配置した。しかし振り払われた手により、無言で破壊された。
「やっぱり誘拐犯はあなた――セメレーさんはどこ⁉」
 私が物騒な事を叫ぶと、この場に先ほどとは違った緊張感が生まれる。
 ガ・シャンブリは杖を振って、闇の穴を床に空け、ただ一言。
「言ったはずだ、案ずる事は無いと。これは正義を行う為の手段だ」
 穴に入って消えた。私が走り出すと、アルンも続いた。消える前の穴に迷いなく飛び込む。
「うわっ」
 落下時間は短く、予兆なく地面に足が着いた驚き。私達が出てきたのは、城の門から出た場所だった。周囲を見回し、去っていく蛇人の背中を捉える。
 どこからともなく、アルとビレオが飛び出してくる。闇の穴が複数出現し、鎖の蛇が主を守るべく体を伸ばしてきた。
「止まって!」
 私は光を撃って飛竜を守った。穴はさらに生成される。
「触れるな!」
 アルンが炎と共に舞い、私狙いの蛇を一掃した。残った数匹の蛇は、空から降ってきた炎魔法に砕かれる。見上げると、門の上にデネヴが立っていた。
「何が正義だ、物騒な蛇め。その行為は法に完全に踏み込んだ大罪だぜ!」
 デネヴが叫ぶと、ガ・シャンブリはようやく体をこちらに向けた。右手の杖を正面に構え、左腕は横に大きく広げた。
「貴様らの定めた規律に従う道理がどこにある」
 相手の衝撃的な言動に驚いていると、ちくりと太ももが痛む。視線を下げると、いつの間に足元から生えてきた蛇に噛まれていた。アルンもそうだった。その蛇達が紫の光を強める。
「愚かな生命には断罪の呪蛇を」
 ガ・シャンブリの声で蛇はさらに眩しく発光し、そして輝きを失って地に沈む蛇。私の体の力が一気に抜かれた。両膝を地に着き、首を再び上げた時には、ガ・シャンブリの背後には、大きな闇の扉が出現していた。
「正義を定めるのは法ではない。このガ・シャンブリが決める」
 高らかに宣言し、彼は扉の向こうに消えていった。
 闇は全て消え去り、仮初の平和が訪れた。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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