【7】森の竜魔術師

文字数 2,354文字

 目を開けると、森の中。腹に重みを感じたので視線を下に向けると、青い翼の小さな飛竜――ビレオが跳ねていた。イリオスの子竜を相手にする感覚で撫でてやると、途端に大人しくなった。
 隣を見ると、アルンが私と同じように地面に横になっていて、こちらも魔術師デネヴの飛竜のアルに乗っかられていた。反応はしていない。
「アルンっ!」
 体を起こすのも忘れ、這って転がるように駆け寄る。杖を忘れて往復。ビレオは驚いて飛んで行った。
 輝く杖を置き、両手を合わせて握り、神の事象顕現と竜の異能を複合させる。イリオスの聖域の力は、どんな距離にいても羽や杖の力で最大限受け取れるが、先ほどまでいたセメレーさんの聖域の神の力は、あまり感じなかった。
「今助けるから、お願い――ディア・パステル」
 目を瞑り、右手をアルンにかざし、祈りと共に、司る愛情を注ぎ込む。想いは届き、アルンの手が私の手に触れられる。その感覚に気付いて目を開ける。
「そこまで高位な治癒術を使わなくてもいいとも、レクシア。ただ水を飲んだだけなんだぞ?」
 上半身をゆっくり起こし、微笑んでみせるアルン。
 そんな事言われても、私はすごく心配したんだ。この術でそんな気持ちは伝わってるだろうから、アルンは分かった上でそう言っている。
「体の細かい具合なんて分からないよ、助かってっ、良かったぁっ!」
 泣きそうになってきたので、勢いでアルンに飛び込んで抱きついた。相手の肩の後ろに顔が来たけど、今の顔はどうせバレバレだ。
「水に沈んだのを助けられなくてごめん、いくらでも方法はあったはずなのに、本当にごめんっ……! セメレーさんも連れ去られちゃって、私は、たった一人も守れなかった……!」
 震える声を発し、さらに強くアルンに縋る私の頭が、優しく撫でられる。
「女神は連れ去られただけなんだろ? お前も私も死んでないし、命は全員ちゃんと守ったじゃないか。十分頑張ったよ、レクシア」
 そう優しく言われて撫でられ続け、落ち着いてくる。私は残った嗚咽を沈める事に努めた。
 密着するアルンの頭が少し上を向き、普段の堂々とした声音が発せられる。
「さて――おい、そこで覗き見てる悪趣味なお前。私達が沈んだ湖の聖域はどうなった?」
 足音が聞こえ、アルとビレオの声も聞こえてくる。あの竜がいる時点で、誰が見てたのかは分かる。
「悪趣味とは何かなー。俺は人命救助のために触れただけで起こられそうな気がしたから、アルとビレオに水を吐かせたりといった配慮も出来る男なんだよー? あと、湖なんて俺が来た時には無くて、お嬢ちゃん達はこの森の真ん中で寝てただけさ」
「その態度、やはり信用出来んなぁ。行動の詳細を今のうちに言え」
 さらにアルンが追及する。私も密着状態を少し緩め、後ろのデネヴに振り返る。この竜魔術師、何を考えているのか分かりづらくて、そろそろ警戒を強めた方が良い人物になりつつある。
「怖い怖い、鋭い娘には多少話さないと斬られそうだねぇ。――実は聖域の存在と、不純物が紛れたような違和感には今朝から気付いていてな。突然全てが消滅したから確認しに来たのさ。で、その痕跡を調査しつつ、騎士の皆さんが起きるまで真面目に護衛してたんだよ。覗き見と思われちまったがな」
 表情や声音を頻繁に変えながら喋るデネヴ。追加の話を聞けても、この男の人の謎は深まるばかりだった。
 とりあえず私は、涙目でも立ち上がって、騎士として真っ直ぐ魔術師を見た。
「詳しい事はまだよく分からないけど……助けてくれたというのは伝わりました、ありがとうございます」
「どぉ~いたしまして。どうやら不思議な縁があるようだし、今後も仲良くやっていこうね?」
 感謝はするけど、相手の発言にはつい怖がってしまう。
 アルンがクスリと笑ったので視線を向けると、剣を手に取り立ち上がった相棒は、私に呆れ半分の笑みを浮かべていた。
「全く律儀な事だ。それでこそレクシアだけどな。――で、色男。聖域についての情報は得られたか? 無いならこれ以上話す事は無いが」
 デネヴは髪を指先でくるくるといじり、目を泳がせる。
「いやぁそれがさっぱりなのよ、痕跡どころか聖域が本当にあったのか怪しくなっちゃうレベル。こいつは恐らく――」
 指を止め、急に細い目でギラリと私を見つめる。
「聖域の持ち主たる神は、このエリアどころか、大地にすらいない可能性がある。――お前達こそ、何か知ってるなら教えていただきたいものだな。どうなんだ?」
 私は軽く拳を握って、刺された視線に対応する。
「大自然の女神セメレーが、魔の蛇の群れに掴まって、転移の闇に呑まれた。あなたが感じた聖域の不純物っていうのは、蛇を操る謎の男が、密かに聖域に色々なものを仕込んでいたから」
 デネヴがそれを聞くと杖を構えて歩き出し、私達の横を通り過ぎた。
「魔の蛇か。俺も無関係ではいられないかもな。――この先にネーデルラントという国がある、お前達も暇なら尋ねてみな。ちょうどローランの御一行が宴を始める頃合いでもある」
「ローランさん⁉」
 振り返ってデネヴを見た時には、魔術師は竜に掴まって上昇を始めていた。
「女神が消えたかもしれない事は、しばらく伏せておいた方が民のためかもしれない。まあその辺はお嬢ちゃん達に任せる。情報提供助かった――またどこかで会おう」
 去っていくデネヴだが、木の枝や草に邪魔されてなかなか視界から消えない。
「おいアル、ビレオ、もうちょっと上手く運べないのかいって痛っ! 痛いから!服が枝に引っかかるからぁー!」
 そして訪れた静寂。落ちる木の葉を眺めながら、アルンが呟く。
「どうにも残念な男だ、最後くらい格好良く出来ないものか」
 私は苦笑いしながら頷いた。しかしあの残念さのおかげで、私の涙は飛んで行った。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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