【12】破滅の召喚

文字数 3,553文字

 戦いの一瞬の静まりに、間隔の長い拍手の音が割り込む。
「誰だ⁉」
 体勢の崩れたローランさんが、音の方に向けて声を上げる。
「愚かだ……実に愚かしい」
 双方の軍のリーダーを止め、ここから周囲の人も止めたり交渉したりといった手筈だった。しかしこの瞬間を待っていたかのように、奴が歩いてきた。
「ガ・シャンブリ……」
 直前に緩めていた、杖を握る力はそのままに、私は彼に足を向けた。アルンと私は牢での出来事を知っているが、他の人はここにガ・シャンブリが急に現れるのは驚くべき事だろう。
「しかし平和の為の正義を実行した、その意志と行動力は確かだ。その志に敬意を表そう」
「えっ……」
 ガイの事について問いただしたかったが、予想外の紳士的な発言に動揺してしまった。
 そしてガ・シャンブリは短く礼をし、怪しい蛇の装飾をした紫色のシルクハットを手に取った。
 その中から、牢から回収したマナストーンを取り出すと、シルクハットを頭に被った。
「だがそれでは……愚者は増え続けるばかりだ」
 マナストーンを短杖の魔石に当てると、魔石はマナストーンを吸収し紫に光る。手に持つ部分に蛇を模した形の木が巻き付き、伸び、魔力を帯びた長杖になった。
「杖の進化素材にそのマナストーンを使うだと⁉ 一体何をするつもりだ!」
 ローランさんが立ち上がり、剣を掲げて走った。
「待ってローランさん!」
 嫌な予感がした私の叫びは意味を成さず、ガ・シャンブリはその邪悪な杖を正面に向け、ローランさんの剣と対峙した。
「世界を正す、それだけだ――ふんっ!」
「ぐあぁっ!」
 剣を防御したガ・シャンブリが自分の仮面に魔力を籠め、投げつける。吹っ飛び、グローリアスの足に背中を打つローランさん。しかし負けじと剣を地に刺し、魔法陣を展開した。
「グローリアス、力を貸しやがれ!」
 再び動き出したグローリアス。彼は剣を手放していたので、巨大な素手で殴りかかる。
「粛清の咒を受けよ」
 杖に触れたグローリアスの右拳が砕け、そのまま肩まで崩壊して膝を着いた。
 白の大地の国を治める紳士の仮面を捨てたガ・シャンブリは、口を開いている間も見せずに隠していた、大きく鋭い牙を剥き出しにした。
「今より貴様らを粛清する! コンバート――アビスゲート」
 ガ・シャンブリの背後に、普段よりさらに暗い穴が出現した。そして本人はいつもの穴を生成する手段で地に沈み、身を隠した。
「みんな伏せて! アル・コインブリス!」
 クリムの声が聞こえ、すぐに膝を折り畳んだ。見ると、私達の側面から飛んで来た虫の大群を、クリムがその神速の剣と魔術の粒子で落としていた。
「竜闘気、解放――神威無想」
 クリムの防御により準備を整えたジークが、金色の竜の幻影を具現化した。無表情で振りぬかれた剣に合わせ、金竜が虫の大半を喰らい尽くした。しかしそれでも十数匹残る。
 遠くの屋根から走ってきていたロビンさんが高跳びし、右手に握る結晶を輝かせ、光の矢を生成する。
「蒼閃弓っ!」
 残る虫は空中から射抜かれ、光と共に消滅した。
「この虫、(いなご)かしら。何故か竜鱗でも消しきれないほどの毒があるわ。死骸でも注意して」
 クリムの発言に、伏せていた私達が身を強張らせる。
「ふぅー、矢が尽きても体の魔力で代用ってね! どうだい、戦は終わったか?」
 気楽な笑みで歩いてくるロビンさん。私が事情を説明すべく立ち上がると、先ほど生成されていた闇の穴から、鎧なのか自身の筋肉なのか分からないような甲殻を纏い、三対の羽を持った戦士のような人が這いあがってきた。
「何なの……あの人……?」
 その身体から降り注ぐ毒の粉の恐怖、それを感じた私が呟くと、アルンが黒の鎧を赤く染めながら口を開いた。
「この感じ、恐らく黒の大地に伝わる存在の一つ。あれは人じゃない。天使とも呼ばれ悪魔とも呼ばれた、終末の虫の王、アバドンだ……!」
 アバドンは穴から完全に這い上がり、曲がった甲殻の足を少しづつ立て、羽を上下に擦るように開いていった。
「私は滅ぼす者……深淵にてその日を待つ、奈落の王。破滅の石により強制的に地獄の蓋を開けられるなど思いもしなかった」
 いつの間に復帰していたローランさんが私達のそばまで駆け込んだ。
「おい逃げるぞお前ら! 見た感じ、その辺の悪魔とは格が違いすぎる!」
「そうよ、今は退いて、突破口を探しなさい!」
 知らない声が空から響くと、ジークによく似た女性が弓を持って戦線に降り立った。
「母上」
 やはりジークが反応した。
 困惑するロビンさんが名を問う口を察して、女性は早口で名乗った。
「私はジークリント、ネーデルラントの王妃よ。今は下がって、ここは私に任せなさい」
 アバドンがついに立ち上がると、羽を震わせて真上に飛翔を始めた。
「望むのだな、破滅を。苦しみを与える時が来たのだな。ならば、乗り越えてみせよ!」
 闇の穴と、アバドンの背中側から先ほどの毒虫が大量に現れ、襲い掛かってきた。
「竜王、壱の炎!」
 ジークリントさんは矢を天に放つと、光になって降り注いだ。噂のコンバートの類かもしれない。
 続いてジークとクリムの息の合った連携範囲技が、ジークリントさんの打ち漏らしを散らしていった。
「俺達も援護する。母上だけに任せていい相手ではない」
「うん、だから他のみんなは、任せて下がって!」
「で、でも……!」
「ここで戦力を削ぐのは正しいのか⁉」
 私とアルンが抗議に入るが、ジークリントさんが弐の炎を放ったあと、こちらに振り向いてくる。
「元より力は相手側が強いわ。でもね、戦いで重要なのは技術じゃない。どちらが勝機を掴めるかなの。相手がどれだけ強くても、大事なのはその瞬間を見つける事。だから、貴女達はどうか行って頂戴。――勝利の道へ」
 年長者の経験からの教えだろう。その凄みに押さた私達は黙って頷き、反転して駆け出すしかなかった。

 街にいる人々は、私達が叫ばずとも家屋へ避難を始めていた。空から見下ろす破滅の王の恐怖で、既に二つの軍は同じ船に乗っていたのだ。
 さらにその協力を加速させたのは、被害者の存在。最初にクリム達が捌いた蝗は、こちらにも飛んできていたみたいだ。その悶える叫びは蝕む毒というより、体内を刺されたような痛みに感じた。争っている場合ではないと悟るには十分すぎた。
 ――ジーク達に謝りながらも走るのを一旦止めて使った、私の最高位回復術でも効く様子が無く、そのまま被害者は苦しみ続けた。今は走るしかなかった。
 ネーデルラントの三人が頑張ってくれているとはいえ、それでも数匹はこちらに飛んで来る。ロビンさんが蒼の矢を撃ち込んで対処。
 私はデネヴさんのいるであろう場所を指さす。
「ロビンさん、デネヴや仲間たちに伝えて。作戦は住民の避難援護に変更、あんな被害者は絶対増やしちゃいけない。戦いの相手も変更で――奈落の王アバドン!」
「よっしゃ全部理解したぜ、エクストラステージ開幕だぁ!」
 数匹の追っ手を、手に握る結晶の光でおびき寄せて退散したロビンさん。虫は、ロビンさんの仲間たちが見事に狙撃したようだ。
 隣で走るローランさんが剣を納める。その輝きは無くなり、静かな鉄となっていた。英霊なので死亡も無いし復活もするだろうけど、満身創痍のグローリアスが虫にやられた証拠になってしまった。
「グローリアス……くそっ、コンバートは魔術の派生くらいの感覚で、あんな大規模な召喚なんて本来不可能だろ! 一体どうなってる!」
 ローランさんの疑問はもっともだ。アルンが小さく舌打ちする。
「コンバート効果上昇――どうやら、やろうと思えば常識を超えるほどみたいだな。その力を自分のものとして引き出している奴は、相当な使い手であり、非道だな」
「セメレーさん……」
 となると今セメレーさんは、ガ・シャンブリに力を奪われているか、彼に従って力を与えているという事になる。どちらにしても、私はそれを止めなくてはいけない。
 でもどうしよう、触れれば致命毒の軍勢に苦戦している中で、まずどうやってその王と戦えばいいのか分からない。
 そして聞こえた虫の羽音に、思わず足を止めてしまう。力が少し抜けた手が自然と下がった事に、しばらく気付かなかった。
「嘘……」
 私は思わず声を漏らした。ローランさんが輝きの薄れた剣を抜いた。
「正面からも来やがった。邪魔するってんなら、力ずくで押し通るぜ!」
 無茶だよ、と退避を提案しかけて、やめた。他の方角からも虫が迫り、ついには開かれていた後ろの道も、その虫達が回りこんだ事で塞がれてしまった。
 そして見上げた空すらも、虫で覆われていた。その中の一点、国どころか世界すら終わらせかねない破滅の王が、眼光を下界に撃ち下ろし、声を響かせた。
「――時は来たれり――!」
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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