【3】始まりの嵐

文字数 2,110文字

 再び宿を探す途中、強力な雷の力を感じてその発生源を調べに行った。
 そこにいたのは、竜人の子供だった。青い角、赤い髪の男の子と、角と髪が緑色の女の子の二人組だ。雷を発している、いや、溜め込んでいるのは女の子の方だ。
龍麗(ろんれい)くん、いいって……わたしはここを離れるつもりだったし……あなたも、初対面のあたしなんて放っておいてよ……」
 女の子がそう言っても、男の子は首を振った。
「相手は災害指定の風だ、今更逃げたりなんて出来ない。僕っ――俺があの嵐を雷雨に悪化させないように、く、食い止めてやるんだ……!」
「災害指定なら尚更、あなたに止められるわけないじゃない。もうやめてよ……!」
「ダメだトネルム、俺は君みたいな子を放っておけない。俺より先に家に向かった香蘭だって、君と会ったらきっとそうしたんだ」
 会話だけで、状況はある程度理解した。トネルムちゃんという女の子は、恐らく角に電気を溜め込んでしまう体質のようだ。何故かは知らないけど、屋内の避難という選択肢は無いらしい。反抗されたとしても、注意はしなきゃと思って歩き出したが、横から歩いてきたフードの男にぶつかってしまった。
「きゃっ」
 尻もちをついてしまう私。手は胸の前で大切に杖を握っている。杖を持って歩いてると、転んだときに手で支えにくくなるのは問題な気がしてきた。
「おっと、ごめんなぁ。着慣れない服で視界が悪いんださ。怪我とかしてないかぁ?」
 手を差し伸べるフードの人。ありがたく掴んで立ち上がる。見た目の雰囲気より良い人そうだった。というか、聞き覚えがある声。
「なあ、人違いならすまないが、その男の割に小さい体格、腰に提げた短杖、その口調。お前もしや、リトル・ジョンじゃないか?」
 アルンも同じ感想を持ったのか、進んで話しにいった。言われて男がフードを少し上げると、予想通りの顔が見えた。
「その通り、ってかよく見りゃレクシアさんにアルンさんじゃねえか。この前は助かったわ、感謝するださ」
 いえいえこちらこそ、なんて話し込みそうになるが、ジョンさんは真剣な表情に戻って、進行方向を向いた。
「再会は嬉しいけども、自分たちは急いでやらなきゃならない事があるんだわ。じきに嵐を呼ぶ竜、アイレ・ストルムが来るし、偶然雨も重なってる。お二人はこの街でしばらくゆっくりしてるといい」
「ジョンさんは別の街に行くの? じきに嵐が来るのに?」
 聞くと、ジョンさんはまたフードを深く被った。
「天候や竜だけじゃない、色んな嵐に備えてるんだわ。んじゃ、また会えた時にでも」
 不穏な事を言って去る背中を、二人で見送った。その後竜人の子供二人を確認しようとしたが、もうその場にはいなかった。


 宿の二階で窓を眺めるアルン。先ほどまでは足踏みを続けていたが、しばらくしたら静かになって剣を壁に立て掛け、激しく降り始めた雨を眺めていた。
「白の大地は不便な所だな。いくら私でも火竜は火竜だ、こんな大規模な水魔法で邪魔をされて、強風もいずれ吹くとなると流石にやりづらい」
「魔法とは、ちょっと違うけどね。でもおかげで、ここの人達は水に困ってないんだよ。作物も育つし。嵐は、知らないけど」
「分かっている。だからこそ簡単に否定できなくて歯がゆいんだ。どうしたものか、焦げ臭くなったイプシロン・アーマーの調整でもして暇を潰すか。そんな事言わず、さっさと寝るのが正解だろうが……」
 アルンは雨による空気の変化も初めてだ。火竜がなんとなく湿っぽくなるのは分からなくもない。時刻的に寝てもいいのにそれを決めきれないのは、元気が有り余っているのか、それとも雨音を聞きながら寝るのは落ち着かないのか……。
 私も反対側の窓を除くと、ちょうど雨の中を走る龍麗君と、呼びかけながら追いかけるトネルムちゃんの姿が見えた。あれからずっと不安だったけど、やっぱり避難してなかったんだ。
「あの子達……! いけない、私が止めないと」
「あの時のアイツらか。強い意思と志を持った男子が良い所見せようってなってるんだ、部外者が邪魔していいのか?」
 私は杖を手に取り、部屋の扉に手をかけた。しかし腕を組み、横目で私を見たアルンがそんな事を言った。
「部外者とか関係ない。目の前で自分より小さい子が危険に突っ込んでくのを、放っておけないよ。そうでしょ⁉」
「意志はどうだ、否定するのか? 多少危険が伴っても、ああやって人間やそのハーフは成長するんじゃないのか?」
 言わんとすることは分かるけど、今回は相手が、状況が違う。
「最悪死んじゃうかもしれないんだよ、そんな事言ってる場合じゃない! 私は、何を言われても行くから!」
「……少しは自分の心配もしたらどうなんだ、全く」
 そっぽを向かれた。私は部屋から出て、階段を駆け下りる。
 その途中で立ち止まり、飛び出した部屋の扉を見上げる。
 一緒に来てくれるんじゃないかって、ちょっと、当然のように期待してた自分がいて。
 さっきのいさかいで、その当然の繋がりが一瞬、切れてしまったように感じて。
「アルン……」
 外から風の音が聞こえて来る。街にも、私の心にも、嵐が渦巻き始めた。
 束の間の平和は、こうして終わりを迎えた。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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