【7】それぞれの軌跡

文字数 4,146文字

 そうして私達は、みんなのもとへ帰ってきた。かの地に降り立ってすぐ、被害及び復興状況の確認や、今後の方針などを話し合った。
 真っ先に私が話したのは、ガ・シャンブリの一連の行動とその動機、結末。彼の評価を悪いままで終わらせたくなかったという理由で話をしたが、既に彼はそれなりに評価されているようだった。毒で激痛を感じた人たちも、怒りよりも生存の安堵の方が大きいようだった。
 ジークローランの戦と比べ、ガ・シャンブリ襲撃による死者がいなかった事が大きいようだ。アバドンの毒は命を奪ったりはしなかったし、イリオスによると、ネメシスも自身の中で蠢く復讐と憎悪の意思を否定し、コンバート解除まで戦闘を拒み続けたらしい。
 ただ、彼が利用した嵐やガイ、赤竜などによる被害は忘れてはいけない。その話は今の明るい雰囲気で続けすぎる内容では無かったので後に回した。
 そして路頭に迷う蛇人達に、温泉村を紹介した事についても最優先で話した。
 ローランさんはノルキンガムの王として復興を進めると同時に、以前の方針通り反対の大地の村も管理したいという。ひとまずヴェルトリンデさんが黒の大地に向かうようなので、またの機会に様子を見に行って、ヴェルトリンデさんとも積もる話をしていきたい。
 ロビンさんやその仲間たちは、私達が来た時にはもういなかった。共に目的を達成したジョンさんとローランさんは、ここで一時の別れになった。彼らは一つの場所にとどまらない性質とジークは評したが、それはきっと、彼自身が言っていた自由の英雄そのものであり、きっと良い方向に見ているのだろう。
「私は途中からイオラや街の住人と遊んでいて知らないんだが、ジークとクリムはどうなったんだ?」
 薄目で見上げるアルンの問いに、私はくすくす笑って返した。
「隣国との関係が上手くいっても、まだ平和には程遠いらしくて。ジークはお母さんにノルキンガムの支配状況を報告して自由な王子に戻ってすぐ、次の戦いに行っちゃってるんだって。クリムが結婚出来るのは、まだ先なのかも」
「ははっ、あいつらしいな。クリムももっと、強気に言ってやればいいんだが」
 アルンは二人の進展を応援しているようだ。私はもう少し、あのもどかしい関係を見て楽しみたいなんて思ってるんだけど、意地悪かな。
「二人はそんな大冒険を経てきたんですね! 私もその場にいれたら、どんなにいい修業になったか……!」
 最近知り合った竜人のレイファちゃんが、目を輝かせて話を聞いていた。せわしなく立ち上がって足踏みし、青く太い尻尾がぶんぶん揺れる。その友達のミンリーちゃんと、イリオスの子竜が、暴れそうなレイファちゃんを抑えていた。
「雷瘴の邪竜の件からほどんど間も無かったですよね。本当にお疲れ様でした」
 私の隣で静かに座っているリンランさんが労ってくれる。私はそれに頷いた。
「そうだね。あれから数日経って、今考えると――何もない平和な一日って、旅に出てから初めてかも」
 はらりはらりと落ちてきた桜の花びら。ダメもとで軽く手を差し出すと、ちょうど真ん中に花びらが収まった。つい笑みがこぼれてしまう。
「いやしかし、この一面が桜色に染まる景色、圧倒されてしまうな。一体白の大地には、どれだけの種類の空の色があるんだろうな」
 アルンは正座する私の膝を使って寝転び、ずっとそれを見上げていた。いつの間に後頭部の髪の結びも解いており、長い髪が美しく広がっている。戦闘時は勝手に結びが焼かれて外れるが、こういう平和な時に見える大人しい長髪からは、全く違った雰囲気を感じる。
「天軍や国がある程度の四季の基準を設けてはいますが、季節の移り変わりは気温だけでは計りにくいです。そこでこういった代表的な自然を見ると、春の訪れを実感する事が出来ますね」
 リンランさんも続いて桜を見上げた。一部の種族や東国によっては、桜が咲くまで春は訪れないとするような考えもあるらしく、それほどまでに大事な存在であるらしい。
 周囲の安全を確認したイリオスが、木を傷つけないように座り、翼を畳んだ。羽毛に花びらをくっつけながら駆け回る子竜を、優しい眼差しで見つめている。リンランさん達は全員が竜人で、イリオスについても知っているので、それほどこの大いなる存在感に驚いたりはしない。
「我が子らも、この景色を前に喜んでおるようだ。人間の国と関わったりもしたのだ、聖域だけに留まらず、たまにはこのような体験をさせてみるのも一興やもしれんな……」
 後から気付いた事だが――ノルキンガムに降り立ち、会話をしたという行為。それはイリオスにとって久々の、人の国との関わりに繋がっていた。人々から認知され、その偉大さを沁み込ませた。これが良い方向へ進むか、その逆になるかは、まだ分からない。けど、私に続いて、子竜達も一緒に外の世界を見ている今の状態は、私にとって幸せだった。
「お父さん。私、やっぱり堂々と神族としてやっていこうと思うの」
「心境の変化か?」
 響く声を受け止めて、心に浮かぶ言葉を引っ張り出す。
「覚悟、かな。私、きっと逃げてたんだと思う。自分が何者なのかとか、どうやって進めばいいかが分からないまま、ふらふらと生きようとしてた。だから――威張ったりはしないけど、堂々と名乗ろうと思う。あと、ちゃんと神族としてみんなと接して、それで平等へ進んでいけた方が、理想の世界に近付きそうでしょ?」
「お主が自らの意思で決めたのなら、それは正しいのだろう」
 頷くイリオスを見て安心した。そう、きっと最初からこうすれば良かっただけの話なんだ。種族の違いなんて関係ない、それは目の前の父親を見れば分かるはずなのに。心の奥底で、神族に対する抵抗があったのは私自身なんじゃないかと思う。
「神族か。じゃあ晴れて俺とお揃いだな、レクシアちゃん? そうじゃなきゃ、俺が色んな場所でレクシアちゃんの場所に気付いたり、力の巡りなんかに気付ける説明がつかない」
「げ。なんでこんな遠くの東方の地に来てるんですか」
 遠くから歩いてきたデネヴを見て跳ね起き、分かりやすく嫌な顔をしたイオラさん。デネヴは彼女に何をしたの……。
「ノルキンガムの元軍師として復興を手伝ったりはしてるが、基本は空を駆ける星のように、自由な風来坊でね。綺麗な花の香りに誘われてみれば、大地の反対側にだって現れるぜ?」
 上の花を眺めながら歩いてきたけど、今は私達に注目している様子。
「花って、私達のつもりですか? しかるべき機関を呼んだ方が良いんですかね――」
 そう言ってジト目を向けるイオラさんに向かって、アルとビレオが突進してくる。
「ああっまた来た、私のこれは餌じゃなくてですね、あっ、あはははっ! ひぃっ!」
 成す術もなく掴まり、くすぐり攻撃を受けている。イオラさんが持つ、籠に詰め込んだお菓子を狙われている。きっと以前も同じ目に遭ったんだろう。
「しっ――アルもビレオも落ち着いて。アルンが寝ちゃってる」
 私は口に人差し指を添えて制止する。私やリンランさんの前に並べられた、ミンリーちゃん手作りの料理たちに誘導すると、場は収まった。
「ほんとだ、良い寝顔ー」
 ミンリーちゃんが近付いてきて、アルンの顔を覗く。私も久々に見たそれに和んだ。
「アルンって、寝てる顔はとっても綺麗だよね。普段がちょっと荒っぽいから、余計に」
 私はその長いまつ毛と、穏やかな寝息をしばらく見守っていた。
 そしてふと訪れた、木々が伸びていく力強さと、涼しいながらも優しく流れるそよ風を感じた。
 何となくだけど、それが何かは分かった。
 今すぐそこへ行きたい、行かなければならないと思った。
「お父さん、ここからいつもの街に戻るなら、どれくらいかかるかな」
 首の向きを切り替えて問うと、イリオスは察したように目を動かした。
「かの聖域は、司る全ての自然に繋がっている。お主なら現地へ飛ばずとも、あの自然の木々から繋がる事が出来るだろう」
「えっ、そうだったんだ。ありがとうお父さん。私――行ってくる」
 そして次に、隣のリンランさんに視線を移す。
「私、しばらく席を外すね。後で戻ってくるから、起きるまでアルンを任せていいかな」
「え……? それはつまり、役割の交代ですか?」
 両翼をぴくんと上げたリンランさんの表情に困惑の色が見えるが、私は迷いなく頷き、手で促す。
「安心してレクシアさん、それにリンランも。リンランの膝はレクシアさんに絶対負けないくらい落ち着くから! 私が保証するよ」
「どうしてミンリーちゃんが保証なんてするのっ……!?
 驚いて頬を染めながらもそーっとアルンの頭を引き受けたリンランさんにお礼を言って、私は桜の木に立て掛けた杖を取り、木々の深い所へ入っていった。


 四方八方が自然に埋め尽くされた場所まで行くと、私は目を瞑り、先ほど感じた風の向きを、もう一度確認した。杖を地に着け、自らの司る力を、想いを発し、風を受け止める。
 目を閉じたまま、おもむろに歩みを進める。感じる。この風の先にある、神秘的で雄大で、それでいて全てに寄り添う大自然を。
 目を開いた時には、もうそれは目の前だった。桜の森を越え、開けた場所に出ると、緑の木々に囲まれた、美しい湖があった。一度後ろを振り返ると、もうその木は桜ではなかった。
 復活した聖域、その湖の中央に佇む聖なる樹。その正体は、首回りや四肢に樹木のような衣装が少しばかり覗き、緑の服と若草色の長髪がそよ風に揺れる、大自然の女神セメレーさんだ。
 数日ぶりに叶った再会。何度見ても慣れる事はなさそうで、それでいて緊張感などは感じない、不思議な安心感がある。
 その真っ白な掌から、水でできた小鳥が飛び立つのを見届けた女神の横顔が、そっとこちらに向けられる。
 その瞳の静けさから感じるそれは、まだ消えきってはいない。けれど、その微笑みから届く親愛からは、温かさを感じることが出来た。
 この距離でも、既に心は繋がっていると信じて。
 みんながみんな、新しい変化や成長を経て、それぞれの軌跡を描いている。
 それは私や、あなたにとっても――
 同時に湖に踏み出した互いの足。その水面から広がる小さな波紋が、広がり、触れ合い、重なった。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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