【5】雨上がりの絆
文字数 3,112文字
まだ夜遅い時間帯だったので、龍麗君を家まで送っていくことにした。その道中、龍麗君と似た雰囲気の格闘家っぽい女の子が飛び出してきた。
「龍麗! 砕波竜掌拳の闘気を感じたから見に来たけど、こんな嵐の夜に何してたん⁉」
「香蘭! そうだ、ちょうど頼みたい事があったんだ」
龍麗君は、隊列の後ろからついてきていたトネルムちゃんを手招きした。
「この子、帰る家が無いみたいで。男の部屋に入れるのもどうかと思うから、香蘭の家で受け入れたりとか出来ないかな」
トネルムちゃんが驚く。とんだ無茶振りな気がしたけど、香蘭ちゃんは一切狼狽えない。すごい。
「それは大変。困ったときはお互い様だね、簡単にはいかないかもだけど、どうにかするからよろしく! 師匠とかにも相談してみようかな……」
困惑するトネルムちゃんは首を振って、龍麗君に迫る。
「そんなの聞いてないし、駄目だよ。今回の件で分かったでしょ、わたしは……みんなを傷つけちゃう……そうなるくらいなら、このまま独りでも……」
龍麗君が首を振る。アイレと対峙した彼は、弱気な表情が消え去っていた。
「でも、俺は止められた。体質の問題はいずれ解決すればいいし、それまでにまた雷を溜め込んだら、また俺が、何度でも止めてやるからさ」
「本当に……本当に、わたしをいつだって助けられるの……助けて、くれるの……?」
「おう。俺を、信じてくれ」
長い間を開けてから、ようやくトネルムちゃんは頷いて、香蘭ちゃんのもとへ歩いて行った。
「あなたが、香蘭さんだね。龍麗君が、何度かあなたの名前を呼んでた」
「へぇ、なら自己紹介は要らないのかな? あなたの名前は?」
トネルムちゃんは初めて、少し笑顔を見せてくれた。
「わたしはトネルム。龍麗君とは会ったばかりだけど……あなたとは、ライバル、かな」
「「ライバルぅ?」」
龍麗君と香蘭ちゃんの声が被って、しれっとついて来ていた魔術師さんがくすくすと笑い始めた。
イリオスは嵐の違和感を早くに感じて、ここまで駆けつけてくれたのだという。確かにエルダークラスを止められるのなんて、それこそエルダークラスやイリオスじゃないと厳しいだろうから、今回は助かった。
しかし、イリオスがいなくても頑張ってみせようと張り切っていた私としては、未熟を思い知らされた感じだった。エルダークラスは止められなくても、龍麗君達の救出だけなら私がしっかり出来なくちゃいけなかったと、密かに悔やんだ。
「儂は、子竜達の面倒を見ねばならぬ故、聖域に戻らせてもらうとしよう。久々の遠出は、良い刺激になったと思っておこう」
「今回はありがとう。次は心配かけないように頑張るね」
「これは儂の戯れに過ぎぬ。しかし、今後一人でどうにもならぬ時があれば、遠慮せず儂や誰かを頼ってもいいのだぞ」
イリオスは翼を広げ、美しい羽を振りまいた。飛び立つ前に、再び口を開く。
「あの風と、自然の異変。何かが起きる兆候の可能性も否定しきれん。気を付けるようにな、レクシア」
「うん、分かった。気を付ける。――またねお父さん、今度はお土産話、いっぱい持ってくるから!」
手を振って見送る。寂しくないつもりでいたけど、やっぱり、イリオスがそばに居てくれると嬉しい。そんな気持ちが、この瞬間に痛いほど分かった。
「お父さん、か。なーるほど、そういうことか」
私以外にここに残されたもう一人の人物――金髪の魔術師さんが、顎に手を当てて笑っていた。
「アル、ビレオ」
魔術師さんが呼びかけると、緋色の翼の飛竜と、青色の翼の飛竜が飛んで来た。四足歩行型で、サイズはイリオスの子竜と同じくらいだけど、毛が生えてない分スリムだ。
星空の中を飛び回り、イリオスが飛び去った証である羽を集めていく二匹の飛竜。それらは魔術師さんのもとへ合流し、羽を渡した。随分懐いている様子だ。
「アルもビレオも、お疲れさん。ふむふむ、これは興味深いな……」
魔術師さんがイリオスの羽を眺め、繰り返し頷いている。勝手に落としていったものとはいえ、父親の身体の一部を怪しい男の人に眺められるのは、あまり気分の良いものではない。
「何をしてるんですか、あなたは……?」
恐る恐る聞いてみる。すると魔術師さんはとぼけた顔で私を見てから、急に目を細め、髪を片手で掻き上げた。
「おっと、自己紹介が遅れたね。俺はデネヴって言うんだ……君にちょっと興味があってね。良かったらこれから俺と、星空を眺めながらお茶でもどうだい? 実は俺、星座とかけっこう詳しいんだよ?」
喋りながら距離を縮めてくるデネヴさん。正直、すごく怖い。人見知りは改善したとはいえ、こういう人と気楽に話せる、みたいな性格の変化などは一切していないため、怖いものは怖い。
杖を両手で強く握って、じりじりと後ろに下がる私。デネヴさんは私のと同じくらい長い杖を片手でくるくる回しながら近づいてくる。相手は恐らく大人、身長差が私の精神も追い込む。
「え、俺ってそんなに怪しい? 使用武器も種族的縁もこんなに近しいのに? 大丈夫、お兄さん怖くないから、ねっ?」
壁が迫ってきてこれ以上下がれない、と、その瞬間。デネヴさんの顔が一瞬険しくなり、軽くバックステップ。先ほどまでデネヴさんがいた場所の空気を、紅蓮の炎が焼き尽くした。
「おい、そこの色男。私の相棒にそれ以上近付いたら、次はそのご立派な服を焼き払ってやるぞ」
「アルン……⁉」
その剣を構えた姿、まさに今来た、といった感じだ。助けてくれたのは嬉しいけど、なら風に呑まれた私に向かって飛んで来て、地面に落ちているあの剣は一体……
「ありゃりゃ、連れがいらっしゃった。まあ美少女なら大歓迎! ちょっと積もる話があるから、お嬢さんも一緒に――うぉぁ熱っつっ! 何よ~、そんなに嫌わなくてもいいじゃないか」
炎を軽々かわしてオーバーリアクション、飄々とした態度で接する凄い変態さん。
「黙れ変質者、これ以上火竜を怒らせない方が身のためだぞ?」
アルンが本気で睨みつけると、流石に分が悪いと判断したのか両手を軽く上げて小刻みに振った。
「よ、夜遅いからね! 無理があったよね! こりゃ敵わん、退散退散っと♪」
アルとビレオがデネヴさんの右腕を掴んで、彼方へ飛び去って行った。その間も、デネヴさんは空いた左手を振り続けていた。
星空の下、イリオスの羽は、再び空に舞い降りた。何個かお菓子も落としていった。さっきまでの怪しさとの落差を感じる、綺麗な逃避行だった。
アルンは剣を肩に担ぐと、私の方に振り返った。
「様子を見に行けなくて悪かった、レクシア。借りた宿を留守にする際に手続きがいるかどうか分からなくて苦戦してな……雨がどうとかじゃないぞ?」
「ううん、来てくれてありがとう」
「あ、あとな! それとな……」
アルンが急に声を張り上げて、そっぽを向いた。
「宿では……あんな事を言って、悪かった」
その言葉を聞いて安心して、泣きそうになった。けどなんとか我慢して、私も頭を下げた。
「私こそ、怒鳴っちゃってごめんね。アルンが私の心配してくれてるの、分かってたのに」
友達とあんな言い合いをしたのは、初めてで。だからこんな風に反省し合って、仲直りするのも、初めてで。
不安だったけど、今は嬉しい気分。またアルンと、こうして絆を深められたのだから。
さて、アルンに剣の話題を振ってみたら、知らないとのこと。
全く同じ見た目のその剣を拾い上げ、気に喰わんと言って一発叩きつけた後、自分で回収していったアルン。私もせっかくなので、デネヴさんが落としたお菓子を拾っていった。
謎は残ったままだけど、気分は良く、二人で宿に帰った。
「龍麗! 砕波竜掌拳の闘気を感じたから見に来たけど、こんな嵐の夜に何してたん⁉」
「香蘭! そうだ、ちょうど頼みたい事があったんだ」
龍麗君は、隊列の後ろからついてきていたトネルムちゃんを手招きした。
「この子、帰る家が無いみたいで。男の部屋に入れるのもどうかと思うから、香蘭の家で受け入れたりとか出来ないかな」
トネルムちゃんが驚く。とんだ無茶振りな気がしたけど、香蘭ちゃんは一切狼狽えない。すごい。
「それは大変。困ったときはお互い様だね、簡単にはいかないかもだけど、どうにかするからよろしく! 師匠とかにも相談してみようかな……」
困惑するトネルムちゃんは首を振って、龍麗君に迫る。
「そんなの聞いてないし、駄目だよ。今回の件で分かったでしょ、わたしは……みんなを傷つけちゃう……そうなるくらいなら、このまま独りでも……」
龍麗君が首を振る。アイレと対峙した彼は、弱気な表情が消え去っていた。
「でも、俺は止められた。体質の問題はいずれ解決すればいいし、それまでにまた雷を溜め込んだら、また俺が、何度でも止めてやるからさ」
「本当に……本当に、わたしをいつだって助けられるの……助けて、くれるの……?」
「おう。俺を、信じてくれ」
長い間を開けてから、ようやくトネルムちゃんは頷いて、香蘭ちゃんのもとへ歩いて行った。
「あなたが、香蘭さんだね。龍麗君が、何度かあなたの名前を呼んでた」
「へぇ、なら自己紹介は要らないのかな? あなたの名前は?」
トネルムちゃんは初めて、少し笑顔を見せてくれた。
「わたしはトネルム。龍麗君とは会ったばかりだけど……あなたとは、ライバル、かな」
「「ライバルぅ?」」
龍麗君と香蘭ちゃんの声が被って、しれっとついて来ていた魔術師さんがくすくすと笑い始めた。
イリオスは嵐の違和感を早くに感じて、ここまで駆けつけてくれたのだという。確かにエルダークラスを止められるのなんて、それこそエルダークラスやイリオスじゃないと厳しいだろうから、今回は助かった。
しかし、イリオスがいなくても頑張ってみせようと張り切っていた私としては、未熟を思い知らされた感じだった。エルダークラスは止められなくても、龍麗君達の救出だけなら私がしっかり出来なくちゃいけなかったと、密かに悔やんだ。
「儂は、子竜達の面倒を見ねばならぬ故、聖域に戻らせてもらうとしよう。久々の遠出は、良い刺激になったと思っておこう」
「今回はありがとう。次は心配かけないように頑張るね」
「これは儂の戯れに過ぎぬ。しかし、今後一人でどうにもならぬ時があれば、遠慮せず儂や誰かを頼ってもいいのだぞ」
イリオスは翼を広げ、美しい羽を振りまいた。飛び立つ前に、再び口を開く。
「あの風と、自然の異変。何かが起きる兆候の可能性も否定しきれん。気を付けるようにな、レクシア」
「うん、分かった。気を付ける。――またねお父さん、今度はお土産話、いっぱい持ってくるから!」
手を振って見送る。寂しくないつもりでいたけど、やっぱり、イリオスがそばに居てくれると嬉しい。そんな気持ちが、この瞬間に痛いほど分かった。
「お父さん、か。なーるほど、そういうことか」
私以外にここに残されたもう一人の人物――金髪の魔術師さんが、顎に手を当てて笑っていた。
「アル、ビレオ」
魔術師さんが呼びかけると、緋色の翼の飛竜と、青色の翼の飛竜が飛んで来た。四足歩行型で、サイズはイリオスの子竜と同じくらいだけど、毛が生えてない分スリムだ。
星空の中を飛び回り、イリオスが飛び去った証である羽を集めていく二匹の飛竜。それらは魔術師さんのもとへ合流し、羽を渡した。随分懐いている様子だ。
「アルもビレオも、お疲れさん。ふむふむ、これは興味深いな……」
魔術師さんがイリオスの羽を眺め、繰り返し頷いている。勝手に落としていったものとはいえ、父親の身体の一部を怪しい男の人に眺められるのは、あまり気分の良いものではない。
「何をしてるんですか、あなたは……?」
恐る恐る聞いてみる。すると魔術師さんはとぼけた顔で私を見てから、急に目を細め、髪を片手で掻き上げた。
「おっと、自己紹介が遅れたね。俺はデネヴって言うんだ……君にちょっと興味があってね。良かったらこれから俺と、星空を眺めながらお茶でもどうだい? 実は俺、星座とかけっこう詳しいんだよ?」
喋りながら距離を縮めてくるデネヴさん。正直、すごく怖い。人見知りは改善したとはいえ、こういう人と気楽に話せる、みたいな性格の変化などは一切していないため、怖いものは怖い。
杖を両手で強く握って、じりじりと後ろに下がる私。デネヴさんは私のと同じくらい長い杖を片手でくるくる回しながら近づいてくる。相手は恐らく大人、身長差が私の精神も追い込む。
「え、俺ってそんなに怪しい? 使用武器も種族的縁もこんなに近しいのに? 大丈夫、お兄さん怖くないから、ねっ?」
壁が迫ってきてこれ以上下がれない、と、その瞬間。デネヴさんの顔が一瞬険しくなり、軽くバックステップ。先ほどまでデネヴさんがいた場所の空気を、紅蓮の炎が焼き尽くした。
「おい、そこの色男。私の相棒にそれ以上近付いたら、次はそのご立派な服を焼き払ってやるぞ」
「アルン……⁉」
その剣を構えた姿、まさに今来た、といった感じだ。助けてくれたのは嬉しいけど、なら風に呑まれた私に向かって飛んで来て、地面に落ちているあの剣は一体……
「ありゃりゃ、連れがいらっしゃった。まあ美少女なら大歓迎! ちょっと積もる話があるから、お嬢さんも一緒に――うぉぁ熱っつっ! 何よ~、そんなに嫌わなくてもいいじゃないか」
炎を軽々かわしてオーバーリアクション、飄々とした態度で接する凄い変態さん。
「黙れ変質者、これ以上火竜を怒らせない方が身のためだぞ?」
アルンが本気で睨みつけると、流石に分が悪いと判断したのか両手を軽く上げて小刻みに振った。
「よ、夜遅いからね! 無理があったよね! こりゃ敵わん、退散退散っと♪」
アルとビレオがデネヴさんの右腕を掴んで、彼方へ飛び去って行った。その間も、デネヴさんは空いた左手を振り続けていた。
星空の下、イリオスの羽は、再び空に舞い降りた。何個かお菓子も落としていった。さっきまでの怪しさとの落差を感じる、綺麗な逃避行だった。
アルンは剣を肩に担ぐと、私の方に振り返った。
「様子を見に行けなくて悪かった、レクシア。借りた宿を留守にする際に手続きがいるかどうか分からなくて苦戦してな……雨がどうとかじゃないぞ?」
「ううん、来てくれてありがとう」
「あ、あとな! それとな……」
アルンが急に声を張り上げて、そっぽを向いた。
「宿では……あんな事を言って、悪かった」
その言葉を聞いて安心して、泣きそうになった。けどなんとか我慢して、私も頭を下げた。
「私こそ、怒鳴っちゃってごめんね。アルンが私の心配してくれてるの、分かってたのに」
友達とあんな言い合いをしたのは、初めてで。だからこんな風に反省し合って、仲直りするのも、初めてで。
不安だったけど、今は嬉しい気分。またアルンと、こうして絆を深められたのだから。
さて、アルンに剣の話題を振ってみたら、知らないとのこと。
全く同じ見た目のその剣を拾い上げ、気に喰わんと言って一発叩きつけた後、自分で回収していったアルン。私もせっかくなので、デネヴさんが落としたお菓子を拾っていった。
謎は残ったままだけど、気分は良く、二人で宿に帰った。