【3】武力と智力
文字数 2,250文字
アルンとクリムが距離をとって配置に着いた。
私とジークはさらに離れた壁際で二人を見守っている。
「本当にクリムにやらせて良かったの?」
私がジークに尋ねる。腕を組んで戦場を眺めるジークは、目を閉じて肩をすくめた。
「クリムの腕は確かだ。勝算があると言った時点で、俺は勝利を確信している」
「ふーん……」
もう少し言いたい事はあるけど、会話はここまでにしておく。向こうの緊迫する空気が強くなってきている。
「さあ、来い! ――燃えろ、我が竜鱗よ!」
アルンが剣を構え、炎が燃え上がる。クリムはぶつぶつと口を動かしている。魔術詠唱だろうか。
「本気で行くわよ! ――アル・コインブリス!」
クリムが左手を開く。すると、広場全体が輝いてから、その輝くピンク色の光の粒がクリムの周りに集まってきた。集まった粒は高速で体の周りを巡回している。
「行って!」
粒の一部が巡回から外れ、アルンに向かって飛んで行った。
「その程度!」
炎が広がり、粒を一瞬で消したアルン。床の石にその痕跡は残らないが、少し煙が上がった。
「アル・ウィンプ!」
クリムが相手の攻撃力を低下させる魔術を使いながら、残りの粒を全て撃ち込む。そして自分も続いて走り出した。
「効かん!」
アルンが再び粒を消し去る。魔術の効果か少し鈍さを感じるが、力はさほど変わっていない。
上がった煙を迂回するように後ろに回り込み、欠かさず詠唱を続けるクリム。
「サモン・アイス、ブレイブ! カウントヒット!」
煙が晴れる直前に潜り込む。魔術の光が輝く。
「バーニングブレイド!」
炎の剣が伸び、豪快に薙ぎ払われる。一度受けたらひとたまりもない火力だ。
「これで……!」
氷の塊と光のつぶてが生成されると、クリムはアルンの攻撃を剣で防ぎ、受け流すようにして滑らかにバックステップ、止まることなく即座に追撃を仕掛ける。剣がぶつかっても何故か怯まないし、剣が軽いからかステップも細かく、すごい速度だ。
一瞬の攻防が繰り返され、クリムが上段から構えた後に体制を低くしたフェイント中段平行斬りで通り抜けた。当たった感じはしなかったが――
アルンが振り向く。通り抜けたクリムは剣を鞘に納め、アルンに笑ってみせた。
「どうかしら?」
しばらくの静寂。そしてアルンは剣の炎を消した。
「あぁっ……これは負けたな。楽しかったぞ、また手合わせしてくれ!」
ジークが組んでいた腕を解いた。
「なるほど、これで終わりか。流石はクリムだ」
観察眼の差だろうか、クリムが攻めてた事は分かったけど、その仕組みは何も分からなかった!
「え、えっ? ジーク、あのっ、これはどういう」
「これはお前にも役立ちそうな智略だな。今のは忘れない方が良い」
「いや、私さっきの、分からなかったのーっ!」
ジークに説明を求めて跳ねていると、クリムとアルンに引きはがされてしまった。ジークは私達が自分を取り合う光景を見て、鼻で笑っていた。
アルとビレオが寝ているテーブルを囲んで、四人が座った。飛竜二匹は、あの騒ぎの音でも起きないらしい。
「ふう。そろそろ背中の剣が多すぎて重いな。今はその辺に置かせてもらおう」
アルンが既に五本目に到達している剣を外して、大きく伸びをした。尻尾を背もたれの穴に入れて寛いでいる。
話したい内容もあるらしいけど、私はまず試合についての話が聞きたい。
「さっきとアルンとクリムの勝負、あれはいったいどういう駆け引きがあったの?」
アルンが顎に手を当てて唸った。
「あれはクリムの智が、私の武を打ち破った良い経験だったな。最後に攻撃をあえて外してから剣を納められた時、私は当然まだ戦えたわけだが、勝負として満足するという条件を達成されてしまった事に気付いた。してやられた」
得意顔のクリムが頷く。
「その思考が出来ただけ助かったわ。そうならなかったら、私はあの後も戦い続けて、いずれ倒されてたかもしれないから。幻影魔剣もあくまで通じるのは初見だけだし、相手が思慮深くなったら大抵竜族が勝つわ」
「幻影魔剣?」
私が食いつく。隣のアルンも少し動く。クリムが指を立てて説明する。
「まずコインブリスを撃ち込んで様子見したら、お相手さん、余程力に自信がおありだったから。氷の剣、光の剣と、魔術に合わせて同時に剣を振ったの。寸止めで引いて、ね。アルンは剣に属性が付いているように見えただろうから、素直に攻撃した、そうでしょ?」
「そうだ、全て力で打ち砕こうと思ったわけだが……お前が私の剣で一切怯まずに行動し続けられたのは、実はお前の剣は私の剣と打ち合ってなくて、ただ至近距離で魔術を撃っていただけだったわけだな」
「そういう事。そしてそれを素早く繰り返せば、重量級の両手剣士は必ず隙を見せる。細い軽い剣も、悪くないでしょ?」
クリムくらいの人間なら、アルンの剣と本気で打ち合ったら、押し込まれて転んでいる可能性の方がむしろ高い。そうならなかったのが疑問だったので、これで問題は解決した。
「なるほど……クリムほど速くは動けないけど、戦略自体は参考になったよ」
私が納得し、黙って聞いていたジークが椅子の背もたれから離れた。
「力だけが全てではないという事だ。レクシアも学んだようだが、アルンも今後は工夫して戦う事も意識するべきだな」
「ふんっ」
ジークのまとめに、アルンはふてくされていた。私とクリムは、それを見て笑った。
こんな態度をとったけど、理解する賢さと冷静さは持っているアルンなので、きっと内心では教訓に刻んでいる事だろう。
私とジークはさらに離れた壁際で二人を見守っている。
「本当にクリムにやらせて良かったの?」
私がジークに尋ねる。腕を組んで戦場を眺めるジークは、目を閉じて肩をすくめた。
「クリムの腕は確かだ。勝算があると言った時点で、俺は勝利を確信している」
「ふーん……」
もう少し言いたい事はあるけど、会話はここまでにしておく。向こうの緊迫する空気が強くなってきている。
「さあ、来い! ――燃えろ、我が竜鱗よ!」
アルンが剣を構え、炎が燃え上がる。クリムはぶつぶつと口を動かしている。魔術詠唱だろうか。
「本気で行くわよ! ――アル・コインブリス!」
クリムが左手を開く。すると、広場全体が輝いてから、その輝くピンク色の光の粒がクリムの周りに集まってきた。集まった粒は高速で体の周りを巡回している。
「行って!」
粒の一部が巡回から外れ、アルンに向かって飛んで行った。
「その程度!」
炎が広がり、粒を一瞬で消したアルン。床の石にその痕跡は残らないが、少し煙が上がった。
「アル・ウィンプ!」
クリムが相手の攻撃力を低下させる魔術を使いながら、残りの粒を全て撃ち込む。そして自分も続いて走り出した。
「効かん!」
アルンが再び粒を消し去る。魔術の効果か少し鈍さを感じるが、力はさほど変わっていない。
上がった煙を迂回するように後ろに回り込み、欠かさず詠唱を続けるクリム。
「サモン・アイス、ブレイブ! カウントヒット!」
煙が晴れる直前に潜り込む。魔術の光が輝く。
「バーニングブレイド!」
炎の剣が伸び、豪快に薙ぎ払われる。一度受けたらひとたまりもない火力だ。
「これで……!」
氷の塊と光のつぶてが生成されると、クリムはアルンの攻撃を剣で防ぎ、受け流すようにして滑らかにバックステップ、止まることなく即座に追撃を仕掛ける。剣がぶつかっても何故か怯まないし、剣が軽いからかステップも細かく、すごい速度だ。
一瞬の攻防が繰り返され、クリムが上段から構えた後に体制を低くしたフェイント中段平行斬りで通り抜けた。当たった感じはしなかったが――
アルンが振り向く。通り抜けたクリムは剣を鞘に納め、アルンに笑ってみせた。
「どうかしら?」
しばらくの静寂。そしてアルンは剣の炎を消した。
「あぁっ……これは負けたな。楽しかったぞ、また手合わせしてくれ!」
ジークが組んでいた腕を解いた。
「なるほど、これで終わりか。流石はクリムだ」
観察眼の差だろうか、クリムが攻めてた事は分かったけど、その仕組みは何も分からなかった!
「え、えっ? ジーク、あのっ、これはどういう」
「これはお前にも役立ちそうな智略だな。今のは忘れない方が良い」
「いや、私さっきの、分からなかったのーっ!」
ジークに説明を求めて跳ねていると、クリムとアルンに引きはがされてしまった。ジークは私達が自分を取り合う光景を見て、鼻で笑っていた。
アルとビレオが寝ているテーブルを囲んで、四人が座った。飛竜二匹は、あの騒ぎの音でも起きないらしい。
「ふう。そろそろ背中の剣が多すぎて重いな。今はその辺に置かせてもらおう」
アルンが既に五本目に到達している剣を外して、大きく伸びをした。尻尾を背もたれの穴に入れて寛いでいる。
話したい内容もあるらしいけど、私はまず試合についての話が聞きたい。
「さっきとアルンとクリムの勝負、あれはいったいどういう駆け引きがあったの?」
アルンが顎に手を当てて唸った。
「あれはクリムの智が、私の武を打ち破った良い経験だったな。最後に攻撃をあえて外してから剣を納められた時、私は当然まだ戦えたわけだが、勝負として満足するという条件を達成されてしまった事に気付いた。してやられた」
得意顔のクリムが頷く。
「その思考が出来ただけ助かったわ。そうならなかったら、私はあの後も戦い続けて、いずれ倒されてたかもしれないから。幻影魔剣もあくまで通じるのは初見だけだし、相手が思慮深くなったら大抵竜族が勝つわ」
「幻影魔剣?」
私が食いつく。隣のアルンも少し動く。クリムが指を立てて説明する。
「まずコインブリスを撃ち込んで様子見したら、お相手さん、余程力に自信がおありだったから。氷の剣、光の剣と、魔術に合わせて同時に剣を振ったの。寸止めで引いて、ね。アルンは剣に属性が付いているように見えただろうから、素直に攻撃した、そうでしょ?」
「そうだ、全て力で打ち砕こうと思ったわけだが……お前が私の剣で一切怯まずに行動し続けられたのは、実はお前の剣は私の剣と打ち合ってなくて、ただ至近距離で魔術を撃っていただけだったわけだな」
「そういう事。そしてそれを素早く繰り返せば、重量級の両手剣士は必ず隙を見せる。細い軽い剣も、悪くないでしょ?」
クリムくらいの人間なら、アルンの剣と本気で打ち合ったら、押し込まれて転んでいる可能性の方がむしろ高い。そうならなかったのが疑問だったので、これで問題は解決した。
「なるほど……クリムほど速くは動けないけど、戦略自体は参考になったよ」
私が納得し、黙って聞いていたジークが椅子の背もたれから離れた。
「力だけが全てではないという事だ。レクシアも学んだようだが、アルンも今後は工夫して戦う事も意識するべきだな」
「ふんっ」
ジークのまとめに、アルンはふてくされていた。私とクリムは、それを見て笑った。
こんな態度をとったけど、理解する賢さと冷静さは持っているアルンなので、きっと内心では教訓に刻んでいる事だろう。