【4】暴風竜と小さな勇気

文字数 3,767文字

 宿を飛び出すと、緑色の強風が雨と共に襲いかかってくる。突然の風圧に体は耐えきれず、その場から移動して街灯の棒に当たって止まる。流石エルダークラス、普通の風とは全然違う。
 正面に風を受け、街灯に背中を押し付けたまま、周囲を見回す。背中側、風の進行方向の空に巨大な竜が飛んでいた。
 全体的に緑色と、少し緑に寄った白色の鱗に覆われた四足歩行型。恐らく身長や体の大きさはイリオスと同じくらい。しかし硬そうな鱗の比率が多く、刃のような四枚の翼や長細い尻尾が目立ち、イリオスより強靭さを感じる分大きく見える。
「風よ――道を示してくれ」
 竜の身体は風を纏い、屋根のレンガなどを吹き飛ばしていく。高めの声が若そうなイメージを見せるが、その耳だけでなく体全体に響くような威厳が、力を持つ竜族である事を示していた。
 龍麗君達が向かった方角は、その竜――アイレ・ストルムの方角。私も風の流れを利用して、転ばないよう滑るように接近していった。
「緑の鱗……お、大きい……! こ、ここに来たのはトネルムのためなのか、エ、エルダークラス……!」
 私の向かう先で、龍麗君が既にアイレと会話していた。怯えた顔に、震える声。
「俺は知らないなぁ。風の意志に従って、ただ移動してきたに過ぎないんだから」
 高齢の竜族にしては緩い口調で言葉を返すアイレ。その緩さに対して激しく荒れる風はトネルムちゃんを吹き飛ばし、天へと舞い上げた。
「い、嫌ァッ――!」
 吹き飛ばされたのに気付いてから龍麗君が助けようとしても、お互いの短い手は届かない。
「トネルムっ! やっぱり無理なのか……俺じゃあ……!」
 私は遅れた事を悔やみながらも駆け寄る。
「諦めちゃだめ!」
「お姉さん……誰……?」
「話は後、龍麗君は飛ばされないように踏ん張ってて!」
 私は迷わずジャンプし、強風に呑まれる。そして蒼竜の羽や頭の羽飾りを使って軌道を制御し、風に乗った。渦巻く風は電撃を纏い始めていて、ピリピリと痺れる。
「トネルムちゃんっ!」
 呼びかけに気付いたトネルムちゃん。しかし、伸ばして欲しかった手は逆に引っ込められた。
「だ、誰……? わたしに近寄らないで……その……危ない、からっ」
「私はレクシア。ここにいる方がよっぽど危ないよ、掴まって!」
 この状況でそれでも引っ込めるその手を掴むと、静電気というには強すぎる痺れが体を巡った。
「くぅ……んっ……!」
 私の様子を見たトネルムちゃんが、無言で首を振って手を放そうとする。この子が接触を避けるのはそういう事だったんだ。私と違って、体質上どうにもならない問題を抱えて人と関われなかったんだ。
 だったら尚更――!
「同じく以前人と関われなかった私は、助けたいって思うの……!」
 片腕でトネルムちゃんの身体を包んで抱き寄せる。雷が体を巡る。首を振って意識を保つ。
「どうしてレクシアさんは、電気を受けても平気なの?」
 トネルムちゃんのその質問から察するに、一般人が受けたらひとたまりもない威力みたいだ。
「もっと強い雷の竜に、鍛えられたからかな。――ちょっと、痛いけどね」
 空いた右手で杖をアイレに向ける。相手に戦意は無さそうだけど、私達が降りるために風を弱めないといけない。
 どの魔法を使えば効いてくれるのか考えていると、突然体の左側に熱を感じた。
「危ない、あそこ……!」
 トネルムちゃんが指差した先を見ると、私がよく見るあの赤い竜鱗剣があった。
 風に乗って飛んで来るその剣は、私に剣先を向けている。しかしその剣に対しての信頼が遅れを招き、私は防御をする思考に至れず、遅れてしまった。
「ぐぅっ――!」 
 短い時間で咄嗟にトネルムちゃんを庇うと、剣は私の頭の角飾りに当たった。
 衝撃が脳まで響き、電撃が追い打ちをかけ、私は体を動かせなくなった。


「レクシアさん、レクシアさんっ!」
 意識も失ったと思った私だが、トネルムちゃんの呼びかけが聞こえた。風に流されながらも、どうにか目だけ開く。
 一瞬見えなかった間に、地上の龍麗君の隣に金髪の男性が赤い魔石の杖を構えているのが見えた。嵐の風か、魔術の威力か、白いコートが激しく暴れている。
「アルストリーム!」
 技名発声と共に魔石が輝くと、私の動かなかった体が復活した。少しだけど、体も軽く感じる。
「今なら……!」
 蒼竜の羽は、普段よりさらに輝いていた。その輝きを信じ、自身の身体を吹き飛ばすように急降下する。逆巻くアイレの風から抜け出し、街の石床に不時着した。
「ぐぅはっ」
 トネルムちゃんを守るために私が下になったため、背中を強打する。風から逃れるためとはいえ、かなり力強く落ちたため、しばらく動けそうにない。
「へぇー、エルダークラスの風から逃れるか。大活躍だよ、お嬢さん。お疲れ様ってね」
 金髪の魔術師が、倒れる私を見て呟くようにそう言った。人間に見えるけど、耳が尖っていて、種族はすぐには分からなかった。
 知らない人だけど、そう言ってもらえたなら、上手く出来たって思えるかな。
 空から救出されたトネルムちゃんの身体からは、もう電撃は放たれなかった。それを全て吸収したアイレの風は、その分音を立てて渦巻いている。
「なんだこの雷は。風が嫌がっているじゃないか」
 アイレが自身の周囲を巡る雷を振り払うように放出、街に生えていた木などがそれに当たり、轟音と共に折れ曲がった。屋根の一部が粉々になった。
「わたしの……わたしのせいだ……」
 立ち上がって被害状況を見たトネルムちゃんが震える。龍麗君がその姿を見て頬を叩き、格闘の構えをとった。
「見てろよ……俺だって、やれるんだぞ……!」
 金髪の魔術師が微笑み、再び杖を構えた。
「坊主のやりたい事、分かったぜ。通りすがりのお兄さんが見守ってやるから、一人で成してみな」
「分かった。――おい、そこの災害竜!」
 赤魔石が輝き、龍麗君の踏み込む足の力が高まった。アイレが龍麗君を見る。
「酷い言われようだなぁ」
「それ以上被害を出すのは、俺が許さない!その雷、適当に撃ってないで、お、俺に全部ぶつけてこいよ!」
「だ、駄目だよ龍麗君、そんな事したら……!」
 トネルムちゃんが私の分まで叫ぶ。
「香蘭を守るために積んだ修業の成果、見せてやる。どうか信じてくれ。相手がエルダークラスでも――気持ちでは、負けてない!」
 龍麗君はそう言って首を振り、アイレを見据えた。
 気持ちでは負けない――その言葉は、私も好きだ。この時点で私は、彼を信じ切っていた。
「邪魔だったから助かるけど、どうなっても知らないよ。それっ」
 アイレは遠慮なく雷を撃ち込む。龍麗君は腕を伸ばし、両手を広げ、両腕の間に闘気を光として生成した。
「砕波竜光撃。この、一撃で――!」
 闘気の光と雷がぶつかり、閃光を放った。長い長い数秒が立ち、龍麗君は、その光で雷を全て抑え込み、消滅させた。エルダークラスから放たれた雷とはいえ、それは少女から取り込んだ小さなもの。受け止められる可能性は十分にあり、その希望を、しっかり掴み取ったのだ。
 トネルムちゃんが涙目になっている。彼はこの場において、間違いなく英雄になれた。
 直後、遠くから流星のような蒼い光が差し込み、アイレの風が急激に弱まった。この光、間違いない。
「お父さん!」
 私の予想通り、街の空に現れたイリオス。巨大な竜族が二体も空に舞う光景は、なかなか見られるものでは無いだろう。
「アイレ・ストルムよ、ここらで退いておけ。おぬしも感じているだろう、此度の風の意志は異質であると。このままでは天軍などから警戒の目を強められかねん」
 イリオスが言うと、アイレは翼の刃を閉じた。
「イリオスか。エルダーでもないのに、どうやって俺の風を沈めた?」
「力が全てではない。工夫を凝らして弱点を突いた、といった所だ。賢蒼竜の名は伊達ではないだろう」
 エルダークラスは年齢で決まる。となるとアイレの方が年上なはずなのに、どうにもイリオスの方が大人っぽく思えてしまった。
「そうだな、今回は迷惑もかけたみたいだし、回れ右で帰らせてもらうよ。借りも出来たし、俺も貴様に興味が出てきた。悩みでもあったら、少しは力になってやってもいいぞ。じゃあなー」
 アイレはさっきまで進んでいた方角から反転し、来た道を引き返していった。
「あ、そうだ。冷たくて鬱陶しいから、雨雲は消させてもらうよ。――吹っ飛びな」
 去り際に放った風は、一瞬で曇り空を星空に変えた。驚異的な力の存在を人々の心に植え付けると共に、街に平和が戻った。
 私がようやく回復して、上半身を起こすと、トネルムちゃんが私を見つめてきた。
「ねぇ、レクシアさん。あなた、神族ですよね。エリアを統治したり、土地全体を救ったりする壮大な種族。どうして……わたしみたいな災いの竜たった一人なんかのために、無茶なんてしたんですか」
 その質問をされると、龍麗君も魔術師さんも私を見てきた。やっぱり、一般的にはそういう感覚が定着してるみたい。
 答えは決まってる。私は堂々と言い放った。
「種族の違いなど意味は無い。そして、命の価値もまた然り。だよ。――まあ、お父さんの受け売りなんだけどね」
 その父親本人がいる前で言ってしまって、恥ずかしくなってしまった。イリオス本人は、そんな私を見て少し笑っていた。
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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