【8】裏切者の計画

文字数 4,269文字

 手首の痛みで目が覚めた。目を開いても暗闇だ。
 つま先が伸びている。足が地についていない。バタバタと足を振ると体全体が揺れ、手首や肩が痛くなる。
 頭の後ろから伸ばして上げたまま動けない、そんな自分の手首を確認するために上を見上げる。水滴が額に降ってきて、弾けた水滴が目に入った。
「ひゃっ」
 頭を下げて瞬きを繰り返し。落ち着いてからもう一度上を確認。
 室内だ。天井からぶら下がる長い鎖の最後は複雑に絡まって、私の両手首を拘束していた。
「地下牢って……ここの事かな」
 どうやら私はあの後、恐らく現在はガイが管理しているノルキンガムの地下牢の中で、手首だけ拘束された状態で放置されたようだ。
 鎧は着たままだったが、杖が見当たらない。暗くて見づらいが、周囲を見回す。正面だけは柵になっていて隙間があるため、そこから微かな光が漏れて視界が確保できている。私以外に生き物の気配は無い。
 旅を始めた時、アルンがゴブリン達から私を守ってくれてなかったら、こうなってたのかな――なんて、恐ろしい想像をしてみる。その思考で嫌な予感がして、さらに周囲を見回す。特に魔法陣やキュクロプスのような機械も置いてなかった。力を奪うとか、生命力を削ぐとか、そういった目的も無いと見える。
「本当にここに放置されてるだけ……あれからどのくらい経ったんだろ……」
「まだ十数分しか経っていないさ」
 男の声。
「誰……?」
 思わず聞いたが、つい先ほど聞いたばかりの声だったので答えは分かった。
「俺だよ俺、美女の味方、ご存知デネヴってね」
 柵の向こうにいるデネヴ。杖を一振りすると、鉄の柵の中で一ヶ所だけ木の扉になっている場所が開いた。かがんで牢に入ってくる。
「これからどうする気、アルンはどこ⁉」
 体を揺らして叫ぶ。手首が痛い。
「まあまあ落ち着いてくれって。動くと籠手とその中の肌が痛んじゃうだろ?」
 杖を地に立たせ、手を離すと、杖は自立して魔石を輝かせ、牢の中を少し明るくした。デネヴと私自身の姿が見えるようになったが、それでも壁はようやく見えたというほど暗い。 
「ここにあった魔術装置やらなんやらは、レクシアちゃんが入れられた後に俺が撤去しておいた。こうしてお邪魔出来なくなるからな」
 残る距離を歩き、空いた両手を揺らすデネヴ。その元々よく分からなかった笑みからは、何も読み取れない。鎖に吊るされている私は、目の前のデネヴと同じ目線で視線を交わす。
「最悪殺してもいいはずなのに、どうしてここまで来たの……私に何をするの……?」
 直々に殺す命令が下った、なんて事もあり得る。でもデネヴがそんな事をするなんて考えたくない。監視の命を受けている時も、友好的に話す必要は無かったはずだから。今までの行動や言動の中には、デネヴの性格も現れていると思いたいから。
「何かな、予想してみるかい? 今から俺は何をするでしょうか」
 さらに一歩近づき、ゆっくり両手を伸ばすデネヴ。怖くなって目を瞑る。いや、開けた方が怖くないかもしれない。でも開けたらまた近くに男の人の顔があると思うともう開けられない。足は動くから蹴ってもいいけど、不自由な今では後が怖い。
「それじゃ、ちょっと失礼して」
「ぃ、いやっ……」
 手に触れられた。大きな、硬い手だ。そういえば人間の男性に触れられた事、無かったかもしれない。
 震えそうになりながら十数秒。再び声が聞こえる。
「怖がらせて悪かったな。抱きしめられたくなかったら、目を開いて下を向いてくれるかな」
「は、はいぃっ!」
 すぐに地面を見ると、手首の痛みが和らぎ、急に体が落下した。
「きゃあ!」
 つま先が湿った床を突く。足元は見えていたので、よろめきながらもバランスをとって着地に成功。そうしてふらついている最中に、視界の端ではデネヴが数歩下がっていた。
 思わず両手を左右に広げ、気付く。拘束が解けている。
 首を上げると、立たせていた杖を手に取ったデネヴが頭を掻いていた。
「そこまで本気で嫌われてるってのは、お兄さんショックだぞー?」
「え、えっ、あの……」
 さっきまで手の周りをいじくりまわしてたのは、鎖の複雑な絡まりを外していたからだったようだ。困惑が続いて何から聞いたらいいか分からない。
 私の沈黙――みたいな状態を察したのか、勇ましく表情を変えたデネヴから口が開かれる。
「今からここの地下牢獄を脱出し、裏切りの逆転を始める。協力してくれ、蒼竜騎士レクシア」


 ガイの支配する地下牢の通路には、雷の球体が巡回している。その光に照らされると即座に落雷が発生し、脱走がバレてしまうそう。規則的な動きをしているので、安全に抜けるルートがあるというデネヴに従い、後ろから隠密行動でついていく。水滴も垂れてくるし、ジメジメしているし、暗いし、使用されている牢から光る目が睨みつけてきたりするしで、私一人ではやはり怖くて進めないだろう。情けない事だが。
 通路を進むと、牢でもない明るい部屋がたまにあったりする。そのうちの一つにデネヴが入ったので、私もそれに続いた。
「ここは牢にぶち込まれた奴らの武器やら貴重品が管理されている場所だ。お嬢さんの忘れ物があったりしたら、今のうちに回収しておいてくれ」
「……その、お嬢さんっていうのも、いいけど。ちょっと怖いから、名前で呼んでくれないかな」
「あら、そう。分かった。じゃあレクシアちゃん、これからもよろしくな」
 愛用の杖と、その近くで浮いていた羽があったので手に取って抱き締める。羽すら取られていたのは衝撃で、私としては今まで気が気でならなかった。無事で本当に良かった。
 私の武器は回収できたが、もう少し捜索。アルンの竜鱗の剣を見つけたのでこちらも回収した。やはりアルンもこの牢にいるんだ。
 ――当然だ。目の前の彼が私達を連れて来たんだから。
「もう大丈夫、回収できたよ。――ねえ、デネヴ。そろそろ教えて? あなたが一体何のために、何をしてきて、今後何をするのか」
 デネヴはすぐに頷き、話し始めた。
「俺はダチのプリンスの仇――ガイを倒す。その後はなりゆきでいいんだが……国に平和をもたらし、そこを拠点に楽しく暮らすって所さ」
 ――プリンスさんを殺したのは実はガイだった。ガイが地下牢に入るのをプリンスさんが禁止した事と関係があるかもしれないという。
「プリンスはいつかの時期からやる事が強引になってきてな。国も占拠するべきじゃなかった。ダチの俺がいい加減止めてやらねぇとって思ったが、言葉は届かない、刃を向けるしかない。国が混乱にならないようにタイミングを伺ったり、覚悟を決めたりする前に、先を越されちまった。悪党と化したプリンスを止めてくれたのはいいが、それでもダチの仇である事に変わりはないからな。今がその時だ」
 途中からは歩きながら話す事になった。
 ――何らかの理由で戦が始まれば、混乱に乗じて誤魔化しながらガイと戦う事が出来ると踏んで、その時を待って、準備を進めていたのだそう。その最中に受けていた任務が、私達竜騎士の監視。
「こういった後継者騒動の後に、各地で色々やってる流浪騎士の噂が飛び込めば、ガイが気になるのも当然だろうな。俺としても、女の子二人だって聞いたら気になったからちょうどいい任務だったさ。――ああそんな可愛い顔で睨むなって。俺の趣味はもう少し大人の美女だからなっ」
 そこでウインクされても反応に困る。
「もっと怖い顔で睨みつけたい」
「心から頑張って放った睨みがそのジト目なら、レクシアちゃんは多分永久に可愛いままだな、諦めようぜ。――で、そうして危険人物じゃないか調べるために続けてきた監視だったわけだが――」
 デネヴはいつの間にか私達と関わりすぎて、守るべき対象になってしまったらしい。
 ローランさんが戦を始める事は知っていたが、私達の処分命令を下されたタイミングで、もう状況がどうだろうとガイへの裏切りを始めるつもりだったらしい。ちょうど戦が始まってしまったのは偶然で、デネヴとしては奇跡のタイミングだったろう。
「さて、このあたりにアルンちゃんがいるはずだ」
「本当⁉ アルン、聞こえるー⁉ 私だよ、レクシアだよーっ!」
「待て待て、もう少し声量下げてな、な?」
 デネヴが手を下げるジェスチャーをしてくる。
「あぁん⁉」
 すぐ隣の牢で寝ていた男の人が柵に飛びついてくる。その姿はまるで狂犬だ。
「きゃあっ! ごめんなさいごめんなさい!」
 飛び退いてデネヴに飛びつこうとして、でもやっぱりデネヴには飛びつけなくて杖を抱きながら激しく頭を下げる。
「声量下げような、な?」
 再びデネヴがジェスチャーした。こんなの冷静になんてなれないよ!
「何事だ……騒がしい……」
 少し遠くから声が聞こえた。雷の位置を確認してから駆け寄る。
「アルン!」
 私と同じように鎖で吊るされていた。私は足踏みしてデネヴを急かして、木の扉を開けてもらう。
「今助けるから、待ってて……」
「私をこうした張本人と一緒とは、一体どういう事だ? レクシア」
 私が鎖を解くのに手間取る間、巡回の雷対策で牢に入ったデネヴがここまでの説明をした。
「――と、まあこんな所だ。二人を捕まえたのにも訳があってな、ガイは今地下牢にいるからついでに叩きに行こうというのがひとつ。もうひとつは、ノルキンガムは開戦によって閉鎖される流れにあったから、元国主プリンスとガイ卿の軍師である俺の任務という扱いで連れて行かないと戦場にすらいけない可能性があった。その通行の手助けってわけさ」
 鎖は外れ、アルンは綺麗に着地して腕を回した。私から剣を受け取って、嬉しそうに素振りする。コード・イプシロンのブロックは奪われていなかった。小さいし、魔力も感じないので分からなかったのだろう。
 私はデネヴに振り返る。裏切りの魔術師は杖の輝きを維持したまま私達を見た。
「ガイは何かを企んでいる。戦争の安定した終結のためには、奴を止める事は必要になってくるだろう。だから俺と協力して、奴と戦わないか? 無敗の殺し屋とタイマン張って勝てるなんて思うほど、自惚れちゃいないのさ」
 アルンが彼に歩み寄り、肩に手を置いた。
「私達の目的と一致させて、さらに進行方向にガイを置けば戦わざるを得ないって魂胆だったか? でもそんな事しなくても、私は楽しく戦いが出来ればそれでいい。それにどうせ――」
 そう言いながら顔を私に向けて、歯を覗かせて笑った。
「こっちのお人好しだって、お前が助けを求めたなら、いつでも引き受けてただろうさ」
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登場人物紹介

レクシア 

物語の主人公、語り手。神の事象顕現、竜の異能の双方の力を持った魔法を扱う蒼竜騎士。特殊な境遇から自分の種族が簡単に説明出来ないため、混血種族の代表たる人間として、異種族交流問題に積極的に関わっていく。

アルン

レクシアと共に旅をする、もう一人の主人公。自身の竜鱗を使った剣から炎を出して戦う赤竜騎士。実際は竜族だが、外見を竜人に変え、興味のある人間達に竜の文化で交流していく。

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