忘れられない君の夢

文字数 1,333文字

僕の名はフェスト。夢の中を旅しながら、みんなの吉夢を悪夢に変えて、みんなの不幸を楽しむアクマ。眠っている君は僕のことに気づけない。だから君の幸せを全部さらけ出してもらうよ。今日はどんな美味しい夢を観られるのかな、今から楽しみだよ。

今宵の夢路、きっと夢心地。




おや、あそこに嬉しそうなひとがいる。おめでとう、君は僕に出逢えたんだ。今日は君の幸せを食べてあげる。さあ、君の全てを魅せてごらんよ。


***




俺の隣に貴方はいない。貴方はもう過去のひと。なのにどうして今もこうして微笑むのだろう。忘れたいのに、ふとした瞬間に訪れる架空の再会。

楽しかったあの時間は思い出。今ではない。心地いい抱き心地はもう忘れた。今ではない。小さなサボテンに名前を付けて育てていたことも、初めて一緒に観て一緒に笑った映画のタイトルも、朝が苦手なことも、あの泣き顔も、今の俺には関係ない。

なのに、貴方はまだここにいる。悲しみはもう、充分だから、忘れさせてほしい。俺は、どうしたらいい。


***


なるほど、君は思い出ととっても仲良しなんだね。目の前のひとを見つめる瞳、なんて美しいのだろう。うん、わかった。君はそのひとと永遠を掴みたいんだね。だけど残念、もうそれはできない。僕がここにいるからね。よおし、悪夢の世界へ迎えてあげる。


***




俺の隣に貴方はいない。貴方はもう過去のひと。なのにどうして今もこうして微笑むのだろう。ふとした瞬間に訪れる架空の再会。

今夜は、なにか違う。その瞳に今の俺が映っている。これまでは、ふたりだった頃の俺だったのに。

そうか。なんとなく、貴方が伝えようとしていることがわかった気がする。

貴方の隣にいたとき。永遠を信じたあのとき。スターマインを一緒に見上げた夏の夜。美味しいドーナツを半分こしたいつかの日曜。寒さを言い訳に手を繋いだあの日々を、全て忘れなくてもいいんだな。

時間は戻せない。時間は消せない。時間が残した思い出はいつもそばにある感情。思い出は過去に戻る入り口。まさに今いるここだ。貴方はこちらを見ながら歩き出し、向こうにある記憶の入り口に立とうとしている。

記憶は図録。図録の中には感動、幸福、過ち、喪失、願い、希望、他にもたくさん。それらのそこかしこに残る貴方の筆致。ふたりで描いて、抱えきれないほどの作品を残した。習作もあった、仕上がらないものもあった。それはそれで作品としての価値があった。図録は閉じたら中が見えない。けれど確かにある。記憶の本棚の中に、永遠にある。思い出美術館も好きだったけれど、もうそろそろ閉館の時間。これからはこの俺だけの、貴方と俺だけの図録を大切にするから。

ありがとう。これからも、俺の胸の中で、自由に遊んでて。永遠に、美しくいて。


***


おおぉ、握手して「またね」って言ってる。大切なひととの時間を抱きしめ記憶に落とし込んだんだね。思い出は君の隣で君の前進を引き止めるけど、記憶は君の後ろで君を支えるものだもんね。そのひとのそばにいられず寂しいでしょう。記憶は悲しみをくれないでしょう。応援と感謝ばかりくれるよね。立派な悪夢だ、とっても美味しい。


さあて。次は誰の夢を観ようかなあ。
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