10. 俺のひとりごと。エンジンをかけて、いざ

文字数 1,293文字

師走、年の瀬。白い息を溢しながら赤信号で足を止める間、なんとなしに耳を澄ます。心なしか街をゆく人々は早足で、各々の目的地へ向けて焦っているように見える。人を待たせているのか、納期に追われているのか、それとも、人生に追われているのか。温いカップコーヒーに口をつけると、目の前を運送業者のトラックが横切っていった。贈り物を届けるのに忙しいだろうけど、頑張って。青空に呼ばれた気がして見上げた寒空。そこでふと、思ったことがある。


俺自身をモノで例えるなら、安全性重視の軽自動車。きっとみんな乗ってる人気車種。常識というサイドミラー、反省というバックミラー、経験という衝突回避装置、決意というナビを搭載し、命という燃料で走る車。どの機能も日々アップデートを怠らない最新型なのに、いまだに死角ばかりで困ったもんだ。実際問題、本当に車だったら故障続きで廃車寸前のぽんこつ。よくここまで持ったもんだ。偉いぞ、俺(……偉いよな……?)。

いつだって全速力を出す覚悟はある。なのに坂道や迂回路が邪魔だてをする。あちらに行けば工事中、こちらに行けば行き止まり。たまに出くわす看板に従えば長くて暗いトンネル。最短距離で、安全で完全に舗装された道を進みたいのだが。その予定だったのだが。

ナビ、お前いい加減にしろ。明るく平坦でなだらかな道を選んでくれ。こんなに面倒臭い道を進むのはもうやめろ、いくら俺でも怒るぞ。こらっ。……なんてな。



あるとき俺は悟った。いや、ホントのところ言い聞かせたに近いが、俺が進んでいる道はアスレチックロード。修行道ではなく、適度な楽しみをちりばめた道。

迂回路で見えた景色、坂道で覚えた踏ん張り、事故って得た学び、トンネルで聞こえた己の本心。きっと全て、必要だった。当時は溜息ばかりついていたし、心底悪路を恨んだが、そのまま乗り続けてよかったと、今ならそう思える。いまだに悪路は怖いけど、青空と温かいコーヒーの美しいコンビネーションを味わえるのは、諦めなかったおかげ。

それに、夜道を走ってわかった。運転手は俺ひとりだが、助手席で一緒に夜明けを待ってくれた友達、家族、大切な人たち。隣で微笑むその姿は、馬力強化の魔法をかけた。乗客の数は多くなく両手に収まる程度だが、この小さなぽんこつを前進させるには充分。

そうやって走り続けるうちに、砂利道や軽いぬかるみならへっちゃらになり、でこぼこ道も回避しやすくなったし、迂回路もまあまあ楽しめるようになってきた。気づけば軽自動車ではなく、馬力ガンガンのスポーツカーに仕上がっていたらしい。いつの間にか、パワーアップ。マジかよ、意外とやるな、俺。



きっと、あなたもそう。小さな車では、もう物足りない。あなたにぴったりのサイズ、カラー、馬力、そして期待というナビを載せた真価(あなた)が見つかるとき。小さく収まらなくていい。目立つのを変に恐れなくていい。この先の道を走るのは、他の誰でもなく、あなた自身。他の誰かの看板は消え、信号はいま、全て青。


あとは、自由にアクセルを踏むだけ。


さあ、走りだそう。



(ひとりが好きじゃなければ、俺を助手席に呼んでくれ。喜んで飛び乗るから)

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