3.私のひとりごと。息苦しさを感じるなら、飛び立つときだよ新人くん

文字数 1,040文字

週初めの朝。始業時間を三十分ほど過ぎたところで、今日も元気なリーダーの声が響いてくる。

「だから前にも注意したでしょう、それじゃダメだって。なんでここのやり方でできないかな」

あえて溜息を隠さないリーダーの目の前にいる新人くんは完全に萎縮した様子で「すみません」と囁いた。

大丈夫さ、案ずることはないぞ新人くん。ダメだと思っているのはリーダーだけだ。自分の意見がここの規則であると勘違いしているリーダーだけだ。気づいて欲しい新人くん。ここのやり方は、ここでしか通用しないものだと。

この場所にはこの場所独自のやり方がある。行動指針がある。判断基準がある。優先順位がある。ヒエラルキーがある。私も大人として、それはわきまえている。

それらがより良質な結果を確実に得るための作法であるなら喜んで取り入れよう。けれどその場の統制をとるための一方的で利己的な事柄は謹んでお断りしよう。

これまでそうであったから、これからもそうして欲しい。この場で最も在籍期間が長い自分の言うことだから従って欲しい。あの人の機嫌を損ねないために守って欲しい。それはそういうものだから受け入れて欲しい。

暗黙の了解という名の絆、波風を立てないための知恵の中身はきっとそういうことだろう。

それはそういうものだからと受け入れてもらえるのは、その場に居合わせた人々の間だけだろう。ここのやり方は、ここという場所を知り、ここに属して、今後もここに属する意思のある者の間でしか通用しない。電車でたまたま隣に座った人やすれ違った街の人には、通用しない。過度に縛りを効かせる規則、幅を利かせる古参、化石化した価値観に、気遣いの仮面を被った強制忖度。それらが生み出せるのは空っぽで無色透明の絆。

息苦しさを感じるなら、飛び立つときだよ新人くん。ここは世界の一部であり世界の全部では決してない。君にはここではないどこかへ飛び立つ自由がある。辛さよりも楽しさを見出せる世界を探して出逢える可能性に包まれているんだよ。

その世界では、君自身が欠点と自覚していたことが活かされ特技に生まれ変わるかもしれない。君にとっての「いつもの仕事ぶり」が「優秀」と正しく受け止めてもらえるかもしれない。世界には君を貶し責めるだけの人だけが存在するのでなく、褒めて認めてくれる人もいるのだと、学べるかもしれない。世界の見え方が変わるかもしれない。

君が「そこにいたい」と言える世界に出逢い、そしてそこに広がる絆の色が君色に馴染みますように。私はその背中を見ているよ。

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