9. 鏡のひとりごと。僕に見える君は最高

文字数 1,125文字

やあ、おかえり。君は今日もたくさん頑張ったんだね。少し乱れた髪が、そう教えてくれてるよ。毎日本当にお疲れさま。

え?どうしたの?「どんなに最善を尽くしても認められなくて悔しい」って?なるほど、そう感じるのも当然だよ。君を半人前としか見れないなんて、その審美眼には度の強い眼鏡が必要だね。

え?適当なこと言うなって?信じられないかもしれないけど、それでもいいのだけど、少しだけ君のこと知ってるつもりだよ。例えば、ほら、手を抜くって言葉、あまり好きじゃないでしょう。

僕には、君がよく見えるよ。可愛い寝癖も、出勤前の凛々しい背中も、帰宅後の眠そうな目元も、おやすみの日のおめかしも、お風呂上がりのありのままの君も、よく見てるよ。

だけどね。どんな夢を見ていたのかはわからない。会社で何に集中しているかはわからない。何が君を疲れさせたのかはわからない。誰を想い、どんな明日を描いているのか、わからないんだ。

だからね。たくさん君を見て、見つめて、想って、君が幸せになりますようにと願ってきたよ。僕に近づいた日の光を君に反射(とど)けて応援してみたよ。

だけどね。きっと、君の全てを理解することは難しいと思う。僕には君がよく見える。けれどそれは目に見える君。これまでの経験とそこで生まれた感情と知性、人との出逢いとそこで触れた共感や敵意、守った夢とそこで感じた希望と幻滅。これら君色を奏でる絵の具が、こんなに大事なものが、僕には見えないんだ。察することしか、できないんだよ。

きっとそれは他の人も同じ、たぶんね。そして相手が君を見る時、その人の絵の具で君を()いて彩色するから、完全なる君色には見えないんだ。だから、君を半人前と勘違いすることも、土足で苦労を踏みにじることも、不意に痛いところを突くことも、長所や才能を見逃すことも、あるのかもしれない。たぶんね。

だけどね。君には見えるでしょう。君にはわかるでしょう。どんなに苦い経験も、どれほど痛い感情も、思い返したくない時間も、とっておきの思い出も、大好きな感覚も、忘れられない体験も、全て含めて大切な君自身であること、君は感じているでしょう。

だからね。たくさん君を見て、見つめて、想って、君は幸せになるのだと信じてあげてね。君を、大切にしてあげてね。君を笑顔にする方法を一番よく知っているのは、君自身。これできっと、自由に描いた明日に近づけるよ。たぶんね。

僕には今の君しか見えないから、明後日や来週の君も笑顔なのかは予報できないけど、きっとそうでありますようにと祈っているよ。あ、そうだ、予報のいらない永久確実な気持ちをこっそり伝えておこうかな。どれほど見えない君がいても、僕は君が大好きだよ。また日の光を集めて、君を照らすね。
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