21.誰かのひとりごと。初めての海へ出港した船長さんへ。

文字数 1,117文字

暦は四月。春の日差し。桜の花びら。始まりを感じさせる時節。
新入学、新社会人、新任、心機一転。季節柄、新たなスタートを切った人が多いことでしょう。

スタート、それはすなわち初めての出逢いの連続。人生という短い旅路の中、時を重ねるにつれ「初めて」という言葉とは疎遠になりがちのようです。ですので、今、初めてを迎えているあなたさま、おめでとうございます。それはあなたの人生という画集に繊細な彩りを加えることでしょう。

見慣れぬ顔ぶれ、見知らぬ言葉、想像もしなかった風景、存在すら知らなかった常識。それらと共に築かれゆく新しい世界。希望の光と未知の不安を、静かに、そして確かに湧き出でる期待が調和して。

大丈夫です。あなたはもう、歩み出した。ゆくべき道へと進み出したのです。
その道に沿ってひたすら歩くことも、寄り道をすることも、途中で道を変えることも、休憩を挟むことも、道に色を塗ることも、あなたの自由です。そこに間違いや、失敗は、ありません。たとえそう見えたとしても、その本質は、視野の拡充です。

たとえば、こうです。
あなたは船頭。数多ある船の中から最良のものを選び取り、美しい海原へと航海を始めました。始まりの港で渡された宝の地図を広げ、道に迷いながらも空に浮かぶ願い星を頼りに、真っ直ぐに進むあなた。荒波も凪も耐えて乗り越え、ようやく掴んだ宝箱。その中身は、透明の地図。

あなたはそこで知るでしょう。
願い星は優しく見えて遠い存在であることを。

あなたはそこで想うでしょう。
努力の意味は、何なのか。

あなたはそこで感じるでしょう。
これまでの時間に価値はあるのか。

あなたはそこで疑うでしょう。
この世界に宝物なんてない。


けれど、思い出してください。
あなたは航海に出る決意を持った。
宝の地図を信じた。
困難に打ち勝った。
ここまで進んできた。
今ここに、その足で立っている。

そこであなたは気づくでしょう。
願い星は、ひとつじゃない。

そこであなたは想うでしょう。
努力は航海士としての腕を上げる燃料。

そこであなたは感じるでしょう。
これまでの時間はこれからのあなたを支える自信。

そこであなたは知るでしょう。
あなたに地図は、必要ないと。


望むなら、地図はそこにあります。
けれどあなたは自由です。そう、自由です。


どこをゴールにしようとも、何を願って進もうと、誰を船に乗せようと、航路も船速もあなたが決められるのです。遠くに見える豪奢な船は、所詮他人の船です。同じ海に浮かんでいても、航跡がどれほど美しくても、どうかあなたの進路を見失わないように。

もうお気づきでしょう。舵を握っているのは、その両手であることを。

さあ、参りましょう船長。

目の前に広がる、とびきり鮮やかな自由の海へ。
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