15. 俺のひとりごと。目標の代わりに応援歌を味方につけて。

文字数 1,665文字

今日も朝から仕事が立て込み、時間があっという間に過ぎて行く。腕時計を確認すると、昼休憩まであと五分。途端に集中力が途切れた。こうなったら最後、資料を精査するふりをしながら日替わりランチを大盛りにするか否か食欲と相談する時間に充てることにした。こうして昼休憩に片足突っ込む俺の横には、キーボードを忙しなく叩く同僚 冴水(さえみ)の姿。真面目だな、と心の中で褒め、彼の切りがついたところで共に食堂へと向かった。

彼はラーメン定食を美味しそうに頬張り、完食してこう言った。

「今年こそと思ってさ。昨日ジムに入会してきた」

「そういえば体型が気になるとか言ってたな」

「ああ。俺決めたんだ、半年で健康的に引き締まった体を手に入れる。こう、夏ごろにはさ、Tシャツから覗く二の腕が逞しく男らしい俺っていうか。彼女も絶対惚れ直すと思うんだけど。どう?」

「いや俺に聞かれても困るけど。というかそれ豚骨スープ飲み干したやつが言うセリフか?」

「これで最後だから許せっ!」

食堂を出て「遠回りしてカロリー消費する」と鼻息を荒くする彼と別れ、俺は最短距離でデスクを目指すことにする。



静かな廊下に、ひとり、歩きながら思う。目標、それは今後の在り方を定めるための呪文。理想の姿への道筋を与え、不安に揺れる心を激励し、道に迷えば“こっちへ来い”と手招いてくれるのだから、きっと、大多数にとって味方だろう。しかし未達に終われば“罪悪感”という報酬をくれる点においては甚だ疑問である。

より良い自分になるために、目標を掲げることは有益だと思う。絶対的な判断基準があるおかげで迷いは軽減され、何より筋の通った生き方は格好いい。さらに言えば、努力を重ねる過程で味わう“前進する感覚”は例えようのない快感だ。

だが、今の俺に目標はない。いかんせん、俺とこいつは昔から相性が悪い。



かけっこで一等賞取れたらあのおもちゃ買ってもらうんだ。

あのおもちゃ欲しかったな。



算数のテストで七十点取れたらゲーム買ってもらうんだ。

あのゲーム評判良かったのにな。



部活に励んでスタメンとして活躍するんだ。

今でもベンチ仲間とは仲がいい。



志望校に合格して理想のキャンパスライフを満喫しよう。

まあ第二志望でもそこそこ楽しかったけど。



あの企業に就職して安泰な大人ライフを。

まあ夢は夢だな。



成績を上げて会社、そして社会の両方に貢献するんだ。

仕事に追われ社内に埋れ社会に届きそうもない。



何はともあれ大人として恥ずかしくない生き方をしよう。

さあ?どうだろうな。今のところ、自信はない。




必然的に、目標と縁を切った。この先に綺麗な旗印がなくともいい。漠然としてはいるが行きたい方向は思い浮かぶから、それで充分よかった。

けれど流れに身を任せきりでは心許ない。先が見通せない不安を少しでも軽減したい。だから俺は目標に近しいものを探した。この先の道を程よく照らしてくれるのは何だろう。


努力目標。思い出した、俺は努力とも相性が悪い。

人生の指針。いや、硬すぎる。

抱負。……何か違う。

夢。却下、眩しすぎる。



思いついた。応援歌はどうだろう。行き先を示すだけでなく、明るく背中を支えてくれるような軽い感じがいいかんじ。誰だって、支えが必要なとき、あると思う。俺と対極にいる“有能な人”だって、ひとりで頑張るには限界があるはずだから。

指針ほど拘束力はなく、抱負よりわかりやすくて、夢より近い距離感。陽気なメロディは努力を強要せず、結果が伴わなくとも責めたりしない。

応援歌の作詞作曲はもちろん俺。そこに決まりも型もない。「頑張れ」「もっと先へ」「全速力」「輝く明日を夢見て」などという熱すぎる言葉は門前払い。テンポはきっとアンダンテ。コンポーザーの調子に合わせて、雰囲気や曲調だって変幻自在。だから“今の俺”に合わせて調律を楽しむんだ。



そんなことを考えながらようやくデスクに到着。タッチの差で冴水もピットインしてきた。「午後もよろしく」と微笑む彼に、一言伝えておこう。




俺だけの応援歌。それはきっと、こんな音色。



「冴水、応援してるから。陰ながら、いつも(ここ)で」

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