第44話 傷も

文字数 2,325文字

 迷いなどない。
 機や隙を伺うなどもない。
 ただひたすらに、僕に近づき自慢の鉄腕を振り回す。
 殺し屋ならば、一級品だ。
 さて、僕の手に負えるかどうか。

 今、僕の目の前には五体の『テッコツ』がいる。
 振り止まない攻撃に、僕の足も休む暇がない。
 ただ、あまり脅威ではなかった。
 攻撃をひたすらに放つから、良いコンビネーションが生まれていなかったのだ。
 テッコツたちの鉄腕が互いによくぶつかっていた。
 フットワークを活かせば、全員倒せそうだとも考えたが、何せ彼らの体は鉄でできている。ぶつかったぐらいじゃ大きな傷は付けられない。
(君の、もう一つの能力の話だよ)
 教頭の言葉が脳裏に浮かぶ。
 確かにその能力は、強力なんだけど…。
 そのあとが少し面倒なんだよな…。



 初めて人を殺したのが、僕が十歳の頃だ。
 図工と音楽と僕で、入念に罠を仕掛け、対象を追い詰めた。
 対象は殺されまいと、必死に条件を並べるのだが、その話があまりにも長かったから、僕は我慢できず、右手に持っていたナイフで対象の喉を軽く切りつけてやった。
 話せない程度に、と思っていたのだが、対象はその傷だけで即死してしまった。
 あまりの脆さに、僕は疑念を持ち、思考を巡らせた。
 そして、二人目の対象と向かい合った際に、試したいことをいくつか挙げた。
 だが、実際に二人目の対象と向かい合ったときだ、事件が起きた。
 何と、以前殺した筈の一人目の対象が、僕の背後に現れ、満面の笑みで握手を求めるかのように手を伸ばしていたのだ。
 二人目の対象も、殺されない為の条件を並べていたが、僕はそれどころではなかった。
 まるで、許しているかのような雰囲気を纏っていた一人目の対象。
 僕は思わず、その手に触れた。
 触れた瞬間だ、僕の喉に切り傷が走ったのだ。
 鮮血が止まらない上に、声が全く出せなかった。
 許してなど、いなかったのだ。
 当然だ、殺されているんだから。
 与えた傷は返ってくる、当然だ。
 それが世の理だ。
 僕は、ここで死ぬのだとそう思っていたのだが、いつまで経っても意識が途切れることはなかった。
 むしろ、力がこみ上げてくるような感覚に襲われていた。
 ナイフの落ちた音が、僕を我に返らせてくれたのだが、落ちたナイフに、僕はひどく驚いてしまった。
 そこには、ナイフの刀身だけがあったのだ。
 僕は、ナイフの持ち手を探そうと辺りを見回すが、ふと右手の違和感に気付き、ゆっくりと閉じていた右手を開いた。
 ぐしゃぐしゃにひしゃげたナイフの持ち手が、僕の右手の平の上に転がっていた。
 力を得られた快感に僕はすぐに溺れ、ひしゃげたナイフの持ち手を投げ捨て、思い切り握り締めた拳を二人目の対象の顔面にぶつけてやった。
 二人目の対象もひどく脆くなっていたから、即死だった。
 拳を思い切り握り締めなくとも、軽い衝撃で対象は死んでいただろう。
 ただ、僕は調子に乗っていた。
 調子に乗っていたから、三人目の対象と向かい合ったときに、手痛いしっぺ返しを食らってしまったのだ。
 三人目の対象が死なないための条件を述べている中、僕は力を求め、背後に現れた二人目の対象の手に触れた。
 そして強い衝撃を顔面に受け、意識が途切れてしまった。
 何とか一命をとりとめた僕はそこで、能力の仕組みを理解することができたのだ。



 つまり、背後にいる殺した対象の手に触れることによって、その対象が殺されたときの攻撃が、力も形も変わらずそのまま返ってくる。僕の意識が途切れなければ、僕は強化される仕組みだ。
 僕は後ろを振り返った。
 過去に殺してきた人々が、満面の笑みで僕に手を伸ばしていた。
 気を失って以来、この能力は使っていない。
 単純に痛いし、今までの対象は皆、殺されない為の条件を必死に並べてくれたから、軽い力で対象を殺すことができた。
 ただ、そんなことを言っては、いつまで経ってもこのテッコツたちを倒すことはできない。
 傷を受け入れるしかない。
 僕は一人ずつ、背後の人々の手に触れていった。
 触れる度に背後の人々は消え、そしてその度に、僕の首や顎に小さな傷や衝撃が伝わってくる。
 十人に触れたところで僕は振り返った。
 僕は、テッコツの攻撃を一回でも食らえば絶命してしまうほどの傷を負った。
 だが、力が滝のように溢れてくる。
 充分だ。
 テッコツの群れが走って僕に向かってくる。
 それに合わせて僕も、走ってテッコツの群れへと向かった。
 ぶつかる度に、散る火花。
 いつだって、美しいものは儚いのだ。
 気付けば、五つの丸まった鉄が僕の足元で完成されていた。

 僕は恐る恐る振り返った。
 きっと、殺されたテッコツたちが僕に手を伸ばしているに違いない。
「よくやった、道徳」
 テッコツ背後霊探しは、教頭の声によってすぐに終わってしまった。
「後ろに何かいるのか?」
 そう言って教頭は、僕の背後を覗き始めた。
「何でもないです。僕はどんな傷だって受け入れますよ」
 すると教頭は、足元の鉄の球を一つ拾い、それを僕の耳にあててきた。
「ウゴケナイ」
「え?生きてる?」
 テッコツたちは、まだ生きていたのだ。
 教頭は大きく口を開けて笑った。
「こいつらはただ動けないだけ、死んではいないよ」
 そう言って教頭は、鉄の球を放り投げ、僕の肩に手を置き、
「ま、これからもその覚悟を忘れずに」と言って、その場に座り込んだ。
 教頭は何故か、輸血パックを持っていた。
「あ」
 あっという間に、僕の視界が青黒く染まっていった。
 失う平衡感覚。
 ただ、倒れたときの衝撃は無く、代わりに、謎の弾力が僕の後頭部を包んでくれた。
 そしてかすれゆく意識の中、僕の真正面から優しい声が聞こえてきた。

「美しい花火だった」
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