第8話 私と社会と理科と金次郎

文字数 4,489文字

 暗闇に小さな閃光が走る。
 嫌な予感がした。
 だって、あの校長と接触しているんだもの。道徳も一緒にいると社会から聞いてはいるが、あの校長はまずい。

 私と社会は、しもんに頼まれ、被害児童やその保護者の周辺を調査していたのだが、まず、真っ先に気付いた共通点がある。それは、被害者の、どの家庭にも父親がいなかったことだ。
 父親がいないから、殺しやすいと踏んだのか。
 いや、そもそも何故子供を殺そうとしたのか。
「社会はどう思うの?」
 そう言って私は、視線を百三十歳の頬から少し濁った瞳へと動かした。
「んーむ、あの校長の周囲で起きる出来事全てが不可解でな」
「社会でも分からないことがあるんだね」
「うむ。被害にあった子供たちの母親なんだが、子を作る行為を一切しとらんのじゃ」
 そんなところまで分かるのか。
「校長は、時折この町の山に行くのだが、その山に入ると、何故か痕跡を一切残さず消えてしまうのじゃ」
「山だからじゃない?隠れられるところも沢山ありそうだし」
「それすらも把握しとる。山籠もりのときに友になった動物たちが逐一山の変化を教えてくれる。なのに、校長のことは分からんと言うのじゃ」
 社会の言葉に嘘が一つも無い、ということに私は驚きを隠せなかった。
「オールストーカーという言葉はの、儂への、最大の賛辞じゃ」
 そう言って社会は、ふぉっふぉと軽快に笑ったのであった。
「さて、国語ちゃん。仕事をしようぞ」

 この町で仕事をする際、最も重要になってくるのは、如何に自分達の持ち味を活かせるか、だ。
 社会の情報力と私の嘘が分かる力。この二つの持ち味を活かすには、どうすればいいか。
「こんにちは。聖書をお読みになったことは?」
 架空の宗教の布教活動。そう、こうすればいいのだ。
 教祖役の社会が直々に呼び鈴を鳴らし、布教する。しかし、最初は当然嫌な顔をされるのだが、ここで社会の異常な情報力を活かす。そうすれば人々は、神様を信じ始めてしまう。情報が深くなればなるほど、人々も深く、その架空の宗教にはまってしまう。そうなれば、人々は悩みを打ち明けるようになる。
 そこで私の持ち味の出番。
 私は別の場所で、社会が隠し持っているマイクから悩みを聞き、その真偽を確かめる。
 まずは、母親Aから。
「聖書?読まないけど」
「読めば、全ての悩みから解放されますよ」
「特にないですね」
 すると、社会は「ふーむ」という声を発し、
「大事な我が子を失っているのに?」と言って、本題に触れ始めた。
「はあ?」
 当然の反応だ。
「入学式でお子さんをなくされた、とか」
「あぁ、あれ」
 そう言って母親Aは、腕を組んで近くの壁に寄っかかった。
「私に子供はいないよ」
「社会、嘘を吐いていない」
 私は、イヤホンマイクに向かって言った。
 社会とは、電話で繋がっている。
「しかし、あなたは入学式へ子供を連れていってますよね?」
 社会がそう訊くと母親Aは、
「実はあれ、頼まれてしたことなの。エキストラ?みたいな?」
「嘘を吐いていない」
「誰に頼まれた、とかは教えてもらえるかの?」
「んー、確か。宗…さん、だったかしらね」
 嘘を吐いていない。
「でもまさか、あんなことになるとはね」
 その日、私と社会は母親AからZまで、同じように宗教勧誘で、話を聞いていったのだが、皆言うことは同じだった。

 私と社会は、病院に来ていた。
「宗校長は、シングルマザーを狙っていたわけではなく、独身女性をエキストラとして雇った、でも…」
「でも…、何じゃ?」
 社会は、病院の待合室にある絵本を開き、にやにやしていた。
「社会はどこまで知っているの?さっき、母親たちは、子作りを一切してなかったって言ってて、でも母親AからZはエキストラだった。正直、社会なら、この母親たちがエキストラってことぐらい知っていたんじゃないの?」
「無論、知っておった」
「なら、さっきは何故、母親って言ったの?その母親って言葉に嘘は無かった。でも今の、知っておった、にも嘘は無かった。仮に親と子、血が繋がってなくとも、母と子の関係を築けるケースはあるけど、今回の場合はエキストラで、当の母親たちが、子はいない、と言っている。それなのに何故、社会は彼女たちを母親と呼んだの?」
 すると社会は、絵本を閉じ、私の目を見てきた。
「その為に、病院へ来た。ここには、入学式で生き残った子らが入院しておる」
 社会がそう言うと、一人の、白衣の男が現れた。
「社会さん、こちらへ」
 白衣の男が歩き始めたが、社会はまだ、私の目を真っ直ぐ見つめていた。
「校長という者が分からない。こんな経験は初めてじゃ」
 社会のこんな顔、初めて見た。すごく困った顔。
「頼りにしているぞ、若いの」
 社会はそう言って、小さな背中を私に向け、ある病室へ向かって歩き出した。

 病室には、酸素マスクを着けた子供が、静かに眠っていた。
 そして、白衣の男が一枚の紙を渡してきた。
「99.9%」
 紙に書いてあったある数値を読み上げ、その後私は、黙って社会を見た。
「これって」
 社会は静かに頷き、
「親子なんじゃよ」と、静かに言った。
「でも、母親たちは」
「そこが謎なんじゃよ国語ちゃんや」
 病室に静寂が流れた。
「とりあえず、しもんに伝える。しもんは今どこ?」
「小学校じゃ」
「え?」
 もしかして。
「宗校長がいる?」
「如何にも。しもんは道徳と一緒じゃ」
 腹の奥と背中が、一気に縮みあがった。
 嫌な予感しかしない。

 しもん。

 そして予感は的中したのだ。が、望んでいたものも見ることができた。
 私は、金次郎と一緒に軽トラで学校へ向かった。
 学校に着くと、校舎内から小さな閃光が見えた。だから私は、金次郎を置いて一目散に校内へと向かった。
 校内に入っても走り続けたのだが、床が濡れていたのか、私は派手に転倒してしまった。
「しもん………」
 私はすぐに立ち上がり、痛む右足を引きずって走った。
 恐らくここが閃光の元だろう。暗闇の中で、転げ回る人影と横たわる人影。私は持っていた懐中電灯を点け、そこを照らした。
 校長としもん、だったのだが、何故か二人は全裸だった。
 私は急いでしもんの元に駆け寄った。
「うそ…」
 しもんの両手首から先と両足首から先が、無くなっていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ腹がぁぁぁぁぁぁぁ!」
 一方の、廊下の床で転げまわる宗校長は、抑えていた腹から出血していた。
 二人の血によって、床が濡れていたのだ。
 無論、二人が闘うことは予想していた。
 私が望んでいたものは、宗校長が敗北している姿。
 確かに、宗校長は苦しんでいる。でも、しもんも…。
 すると宗校長の叫び声がピタリと止んだ。
 私は宗校長に視線を戻した。
 宗校長は、立ち上がっていて、息を荒くしながらも、こちらに歩み寄ってきたのだ。
 この状況を打破できない自分も憎かった。私は何を思ったのか、携帯を取り出し、カメラアプリを起動したのだ。しかし、
「その必要はないよ」
 と、宗校長の背後から優しい声が聞こえてきた。
「今夜、彼は死ぬんだ。痕跡を残しちゃダメ」
 その声の主は道徳だった。道徳は、何か白い物体を上に投げ、取る、を繰り返していた。
「消しゴムにはね、プラスチックを溶かす成分が入ってるんだ。その成分を抽出する機械を図工に作ってもらってね、それを液体にして、さらにスプリンクラーも改造してもらったんだ。んー、にしても、見事に服が溶けたね」
 気付けば、校長は道徳がいる方を向いていた。
「恥ずかしい、校長先生」
 道徳の挑発に、校長は拳を握り締め、震えていた。
「道徳、お前を知っているぞ。ターゲットが提示したルールを守るんだってな、ん?そして、殺さないで、はタブーだということもな」
「なら改めて、ルールを聞こう」
「馬鹿め。まず、これ以上の流血はなしだ。そして窒息もなし。道具を使うな。手足も使うな。走るな歩け。仲間を使うな。私とお前、サシで勝負だ。いいな?」
「勿論、じゃあいくよ、よーい」
 しかし校長は、それを無視して走り出し、道徳の横を通り過ぎていったのだが、校長が走り出した瞬間、何かが切れる音が聞こえてきた。
「あ、そっちは」
 道徳がそう言うが、手遅れだったみたいだ。
 宗校長は転倒し、何かの砕けた音が、廊下中に生々しく、大量に鳴り響いた。
「しもんの罠にかかったか」
 道徳が倒れた校長の元へ行き、
「あーあ」
 そう言って一人、外の光に薄く照らされた道徳の顔には、不気味な笑みが浮いていた。

 「しもん!!!」
 あー、どうしよ。私何も分からない。止血するにはどうするの?強く縛ればいいの?でも、正しい処置かどうかも分からない。どうしよう。
「こくご…」
 しもんが私の名前を呼んだ。
「なに!?
 するとしもんは、右腕を弱々しくあげ、
「計算通り…さ」
 しもんは嘘を吐いていた。
「もう馬鹿!こんなときに」
 電話しながらでも、私はそう思い、携帯を取り出して理科に電話をかけた。
 金次郎だろうか。背後から足音が聞こえてきたから、私は振り返り、金次郎に指示を出そうとしたそのとき、携帯を持っていた手に軽い衝撃が走った。
 携帯が手から消えていたのだ。
「宗校長の指令でね、しもんを確実に殺して欲しい、と」
 目の前の人影はそう言って、あげていた片足を下ろした。
 携帯だけを蹴ったのだ。素人目から見ても、こいつが強いことは明らか。それに嘘を吐いていない。しもんが、本当に死んじゃう。
 脳は諦めていた。とめどなく私の目から涙が零れた。でも、体はしもんを覆っていた。
「愛だな。でも安心して、君は傷付けない。また次の愛を探せばいい」
 何よ、それ。むかつく。
「覚悟が決まった。絶対守る」
 私はしもんの胸に顔を埋め、歯を食いしばって背中に力を入れた。
「やれやれ、それでもしもんだけを殺してみせるよ」
「駄目!」
 来る。そう思った次の瞬間。
「次は~教頭~、教頭~」
 間の抜けた校内放送が聞こえ、私は顔をあげた。
 廊下の蛍光灯が点いていたが、弱々しく灯っていた。
「金次郎ぉぉぅ~。理科ぁぁぁ」
 私は、泣き叫んでしまった。
 金次郎と、その背後に理科もいた。
 さっきの人影は、いつの間にか私としもんから大分離れていた場所で、立ち上がろうと頑張っている。
「電車と見紛うドロップキックだ、金次郎君」
 人影の正体は、しもんを蹴った奴。
「勝負の続きといこうぜ、教頭先生」
「国語!しもんを運ぶよ」
 理科は担架をしもんの横に置いて、しもんを診始めた。
「理科…」
「なに?」
 そう言いながら理科は、紐と何かの液体が入っていた注射を使って手際よく止血を済ませ、そして二人で息を合わせて、しもんを担架に乗せた。
「せーの、でいくよ。国語」
「うん」
 理科の掛け声で、担架を一気に持ち上げた。
「僕だって闘う…」
 しもんの弱々しい声が、聞こえてきた。
 私は理科の反応を伺った。
 しかし、理科は何と、優しく微笑んでいたのだ。
「なら、元通りにしてあげる。だから覚悟してよね」
 それを聞いたしもんは安心したのか、目を静かに閉じ、眉間の皺を均した。
 そして、私たちが持っていた担架を、少しだけ重くした。
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