第14話 校長選手権 二回戦 前日

文字数 3,848文字

 僕は月に一度、神社巡りをするのだが、ここ三か月は、怪我の治療で行けていなかった。
 明日は二回目の校長選手権だが、何故か今日、依頼者が事務所でくつろいでいたのだ。
「今日は、予定が入っているのだが」
「ん、気にしないで」
 依頼者は、ベージュのタンクトップとショートパンツを身に着け、ソファで寝転がり、携帯を操作していた。
「ちなみに、どこへ行くの?」
「んー」
 僕はこめかみ辺りを人差し指でぽりぽり掻いた。
 知ってどうする。言ってどうなる。が、正直な僕なのだが、あくまでも相手は依頼者だ。
「専門家のとこと神社かな」
 すると依頼者は、がばっと飛び起き、
「え!?神社!?私も行きたい!!!」
 と言い出した。
「神社に行くのは、願掛けとかじゃないからな。僕は毎月通っているんだ」
 依頼者は首を傾げ、キュルッとした目でこちらを見てきた。
「何で?」
 当然の反応だ。だが、
「理由は僕にもわからない。ただ、神様には感謝している。それだけかな」
 これ以上の言葉も以下の言葉もない。
 依頼者は、優しく微笑み、徐にタンクトップを脱ぎ始めた。
 柔らかそうな二つの膨らみが露わとなる。
「あら、目を逸らすとかしないの?」
 しまった。よく脱ぐ理科のおかげで、基本的な男子の振る舞いを忘れていた。
「職業柄、色々な経験が身につくのさ」
 国語がいたら、すぐにばれていただろう。
「あらそう、じゃあ遠慮なく」
 そう言って依頼者は、ショートパンツを脱ぎながら、さらに話を続けた。
「私も連れてってよ。少し、あなたに興味が湧いてしまった」
「構いませんよ。依頼者の頼みですから」
 依頼者は「ありがと」と言いながらブラジャーを手に取り、僕に背中を向け、左右それぞれの輪っかに腕を通し、あっという間にホックをかけ終えた。
 理科で何度も見た。するってーと、その後はあれだな。あれをするに違いない。
 ほらやっぱり。
 依頼者は、訝しげに僕を見ながらも、慣れた手つきで胸だけを持ち上げ、ブラジャーに馴染ませていた。
「すけべ」
 顔色一つ変えず、真っ直ぐ僕を見る。しかし依頼者は口元に笑みを浮かべ、まんざらでもない様子だった。
「ふぅ…」
 何かこう、恥じらいを持った普通の女の子に出会いたいものだ。
 理科や依頼者といい全く。
「うむ…」
 国語はしっかりと恥じらうことができるのだが、嘘を見抜かれるのはちょっと。
「ふ…」
 関係の無いことを考えてしまった。
「ちょっと、何をぶつぶつ言っているの?」
 いつの間にか着替え終わっていた依頼者が、僕の顔を覗き込んできた。
 黒のTシャツに紺色のジーンズ、一見地味に見えるが、どうしてか、お洒落だと思ってしまう。僕には一生理解できない領域だ。お洒落専門家もいつか雇ってみようかね。
「しもん君って、考え事に夢中になりすぎて周りが見えなくなる人でしょ」
「そんなことは断じて…」
 あるか。国語にもよく言われていたな。
 国語、最近何しているんだろうか。結局、あれから電話にも出ないし。
「そんなことより、早く行こうよ」
 僕は、ふっと我に返る。
「そうだな。行こう」
 用事を済ませたら、電話してみるとするか。
 依頼者は既に玄関でスニーカーを履いていた為、僕も急いで靴を履き、事務所を後にした。

 一つ目の神社でお参りを済ませ、二つ目の神社へ向かう道中、依頼者が下腹辺りをさすり始めた。
「大丈夫か?」
「平気よ、むしろ少し良くなった、かな」
「あぁ、あれか」
「そう、でもね、痛み始めたのは三か月くらい前からなの、それまでは全く痛みがなかったのに。そして今日、痛みが少し和らいだ。何でだと思う?」
「僕には分からないよ。でも人体に詳しい専門家を知っているから、今度紹介するよ」
「ありがとう、そんなことよりさ」
 依頼者は、僕の前に立ち止まり、僕の目を見てきた。
「昨日、神様は見守ってくれている、みたいなことを言ってたけど、しもんは神様を信じている?」
 急な質問に、僕はふっ、と笑ってしまった。
「急に何だよ」
「いいから、答えて欲しいな」
 僕は依頼者を「珍しい人だ」と思いつつ、神様の存在について考えてみた。
 いつから神社に通うようになったのか。正直、あまり覚えていないが、ある日、ふと僕の人生は常に最適で恵まれていたんだな、と考え、そして、ふと母と父の言葉が脳裏をよぎった。
(守り神がきっといるから)
(信心することが大切だ)
 そこからだろう。
 神社に行き、手を合わせるようになったのは。
 それ以降は、元から知っている神社は勿論、新たな神社を見つけると、必ず中へ入り、お賽銭を投げ、手を合わせ、神様に感謝を伝えたのだ。
 さて、依頼者には何て説明しよう。
 記憶が曖昧だし、大概の人は、神様の話を真剣にされたら、少し引いてしまうと思う。まぁ、人に話したことは一度も無いが。
「信じているよ」
 物は試しだ。正直に話すことにした。
「ふーん」
 一通り僕の話を聞いた依頼者は、何だか嬉しそうだった。
 依頼者は続ける。
「さっき手を合わせた神社、今から手を合わせる神社。どんな神様がいるか、ちゃんと分かってる?」
 何と、依頼者の方から話を広げてきたではないか。
 少し嬉しくなる僕。
「いや、知らない。でもね、そこは人間と同じだと思っててね、全ての神様が、何らかの形で僕に関わってくれていると思っているんだ。だから正直、どんな神様だろうと僕には関係ない。全ての神様に感謝しているんだ」
「神様には、何て言っているの?」
 またしても嬉しくなってしまう僕。
「心の中でね、口にはしないけど、神様が見守って下さったお陰で、今日まで無事に生きてこられました、ありがとうございます」
「ぶはっ」
 依頼者は吹き出したが、嫌な感じは全くしなかった。
「そして引き続き、僕と僕の家族を見守ってくださいって言って、終わり」
「へぇ」
 そう言って優しく微笑む依頼者。
「しもんって、変だね」
 そう思われても仕方がないが、何故か僕は、嫌な気がしなかった。
「はやく行こう?信心することは大切だよ」
 嬉しそうに歩き始めた依頼者。
 どうして依頼者がこんなにご機嫌なのか。
 僕には全く分からないが、かく言う僕も、自分のことが少し話せて、ご機嫌だったのだ。
 不思議な感覚。
 こんなことを話せる依頼者が、僕の目の前に現れたのも、神様のお陰かもしれない。
 僕は、常に持ち歩いている白い封筒に一万円札を入れ、残り二つの神社の賽銭箱にそれぞれ落とし入れた。そして目を閉じ、手を合わせ、神様に「素敵な出会いをありがとうございます」と伝えた。
 僕と依頼者は、長く目を閉じ、開けたときに見えるあの青い視界を二人で分かち合い、次の金次郎の元へと向かったのだった。

 僕と依頼者は、金次郎が待ち合わせに指定した大型トラックの前にいた。
「金次郎君、いないね」
「だな、だが、ぼーっとする暇はない」
 僕は助手席のドアを開け、椅子の下にあった『点検ハンマー』を取り出し、前輪のボルトを順番に叩いていった。
 すると、
「しもん、来てたのか」
 と言って、金次郎が助手席のドアを開けて、顔を覗かせてきた。
「なるほど、上で寝てたのか」
「上?」
 依頼者は、そう言ってトラックの上辺りに視線を向けた。
「運転席の上にな、寝床があるんだ」
「へぇ」
「遅かったから、寝てた」
「すまない。久しぶりの神社で舞い上がって」
「そうだったのか」
 金次郎は頭をぼりぼり掻きながら、助手席から降りてきた。身長が百九十センチ程あるから、楽々に乗り降りしていた。
「それで、その人は?」
 金次郎は、依頼者を見た。
「依頼者。それより金次郎。今日来たのはな…」
 話の途中だったが、金次郎は徐に歩き出し、荷台の扉の方へと向かった。
「今日も明日も仕事。明後日は未定」
 そう言って、荷台の扉を開けた。
「え…」
 依頼者の目が、真ん丸と開く。
 しかし僕は、見慣れた景色。
「月一回のあれか」
「うん」
 金次郎が運ぶものは、たった一つ。たった一つなのだが、大型トラックの荷台にぴったりと入るくらいの大きさなのだ。
「これ何?もしかして、血?」
「そう、血液パック」
 大型トラックの荷台にぴったり入るほどの、たった一つの血液パック。
 依頼者は、その血液パックをただただ見つめていた。
「無理もない」
「だな」
 僕はそう言って、金次郎に缶コーヒーを投げた。
「金次郎、手伝うぜ」
「サンキュー」
「私も手伝いたい」
 気付けば、依頼者は僕たちを見ていた。
「思い切り引っ張るんだ。引き摺っても破れない」
 金次郎は淡々と説明した。
「わかった」
 金次郎は、依頼者の真剣な目を見て小さく笑い、助手席に乗るよう親指で促した。
「明日の戦いに備えた、良いトレーニングだな」
 僕がそう言うと、依頼者は、
「必要ないわ。言ったでしょ?私は色仕掛けだって」
 と言って、髪を両手でさっと揺らした。

 僕と金次郎は、そこから一切喋らず、現場に着いても、黙々と血液パックを引っ張り出し、無事に、届け先の倉庫に収めた。
 僕たちは再び、トラックに乗り込み、金次郎のアジトへと向かう。勿論、その道中も無言だ。
 アジトに着き、僕と金次郎はすぐにトラックを降り、二人向かい合った。
「頑張れよ」と言わんばかりに金次郎は、笑みと硬い拳を差し出してきた。
「あぁ」と言わんばかりに僕は、小さく笑い、二回りほど小さい僕の拳を金次郎の拳に当てた。
 そして僕は、何も言わず金次郎に背を向け、帰路についた。



   ○依頼者
「いや、何か言えや」
 私の独り言が、よく聞こえるくらい、運転席はとても静かだった。
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