第17話 土俵

文字数 3,838文字

 うずくまったままのジュウキ。
 未だに横たわり、猫のように手を舐め、リラックスしているコネコ。
 歓声がより沸いた。
「早く。俺を立ち上がらせてみなよ」
 コネコの形をしているのに、声が低めなのが少し残念な部分ではあるが、そんなことよりもだ。
「社会、ジュウキの体重が三トンもあって、あんなに動けるってことは、攻撃を一度でも当たれば、大ダメージになるってことだよな」
 社会は、後ろで手を組み、僕の問いに静かに答えた。
「如何にも。じゃが、先程のジュウキの踏みつけ、何とも言えなかったじゃろ?」
 確かにそうだ。ジュウキがコネコにした踏みつけ。そもそも踏みつけに大した攻撃力は無いし、踏みつけを行うときは、とどめを刺すときぐらいだ。なのにジュウキは、コネコがまだ万全な状態にも関わらず、踏みつけを行った。
 ジュウキ自身が選択した攻撃手段、なのだが、選択した要因に大きく関わっているのが、コネコの寝転がりなのだ。
「ジュウキは戦闘経験が少なく、コネコの誘導もあった。初手で踏みつけを行ってしまったのは、わりと自然なことだと思う。が、踏みつけをするにしても、あの動きでは…」
 ジュウキの動きは、運動が全く出来ない人の動きだったのだ。
 手や足を不必要に振り上げたり、跳んだときの落下の力を利用せず、着地してから踏みつけたりなど、とにかく無駄な動きが多かった。
「ジュウキの運動神経の数値を百で表すとしたら、一にも満たないくらいじゃろうのぅ。それくらい、運動神経が無い」
 手を舐め終わったコネコが動き出した。
 コネコに背を向けうずくまっているジュウキの元へ四足歩行で素早く滑り込み、ジュウキのうなじを両手で掴み、足の爪で背中を、目にも止まらぬ速さでひっかいた。
 たまらず叫ぶジュウキ。
「社会、なんで攻撃が効くんだ?あれだけの体重があれば」
 気付けば、ジュウキの背中は血だらけになっていた。
「ジュウキが産まれたとき、ジュウキの体重は百キログラム程あったのじゃ」
「百!?赤子に動かせるのか、そんな重さ」
「わしらから見れば、その規格外の体重は不自然に思えるかもしれんが、しもんは自分の体重を自覚して日々の生活を送っているかの?」
「あ、そういえば…」
「そうじゃ、成長途中で急激に体重が増えれば、多少は重さを感じるじゃろうが、それでも恐らく多少感じる程度。スタートの体重が違うだけで、体重増加の加速度は、しもんもジュウキも同じ、どちらにとっても自然なことと言える」
「つまり…僕にとっての五十四キロとジュウキにとっての三トンは同じ感覚ってことか?」
「如何にも」
 会話が十秒ほど止まった。
「…つまり?」
「ジュウキは、ごく普通の人間なのじゃ」

 僕は腕を組んで考えた。
 体重が三トンもあるジュウキが普通。少し無理があるのでは…。
 すると、社会が弱々しく笑いながら、うずくまっているジュウキを、細長い人差し指で指した。
「ほっほっほ。それでも、三トンを日々動かしているんじゃ。力はあるぞぃ」
 社会がそう言うと、うずくまっているジュウキの下からさらに亀裂が走った。そして、ジュウキが寝返りを打つとその右手には、大きな茶色い塊が握られていた。
 僕は、足元の校庭の感触を足で踏み確かめた。
「この固い地面を掘り起こしたのか」
『ジュウキ』と呼ばれる所以か。
 ジュウキはそのまま、流れるように塊を、近くにいたコネコに向かって、投げおろした。
 コネコは大岩を見上げ、慌てて移動した。
 移動したコネコは、しっぽの毛をふわふわにして息を切らしていた。そして、どことなく悔しそうな面をしていた。
 コネコは、二足歩行で立っていたのだ。
「ちっ」
「ほっほっほ、落ちこぼれに立たされてやんの」
 軽快に笑う社会を、コネコが睨む。
 コネコは、身長百センチ程だろうか。百七十センチ程のジュウキと並ぶと、より小さく見える。
 コネコは、視線をジュウキに戻した。
 気付けばジュウキも、立ってコネコを睨んでいた。
「そんな怖い目で見るなよ」
 コネコはそう言って嘲笑いながら、逆立ったしっぽの毛を整えていた。
「ジュウキ、良い能力だな」
「え、え?」
 ジュウキは、急にぎこちなく身構え、辺りをきょろきょろし始めた。
「何も見えないだろ?それが、俺が授かった『ヤマ』の呪いだ」
 『ヤマ』の呪い。
 社会がその言葉を聞いた瞬間、肩をピクりと動かした。
「噂を語る、その恥は承知の上じゃ。『ヤマ』の呪い。さっきも言ったが、この町に君臨する任侠集団『ハイウェイズ』のボスが『ヤマ』じゃ」
「噂でも構わない、その『ハイウェイズ』とやらは、この町に悪さをするのか?」
 社会は、静かに首を横に振った。
「どんな活動をしているのかも、分からん。ある奴はこの町を見守っている、と言い。ある奴は、大量の子分を向かわせてこの町を破壊している、と言う。じゃが、儂がいくら探しても『ヤマ』が見当たらんのじゃ」
 あの社会でも見つけられないということは、自ずと『ヤマ』という奴は相当な実力を持っていると考えられる。
 是非、会ってみたい。
 もし、コネコが本当に『ヤマ』から呪いを授かっているとしたら、戦いの中で何かヒントがあるかもしれない。
「ジュウキ、どう見えない!?
 気付けば僕は、大声を出していた。
 そして気付けば僕は、かなりわくわくしていた。
「本当に真っ暗なんだ。いつも目を瞑ったときは、カラフルな靄が見えているのに、それすらも見えない」
 僕は、コネコに視線を移した。
 コネコは、瞳孔を開き、瞬きをせずに、ジュウキを睨んでいた。そして、ジュウキに背を向けたかと思うと、そのままジュウキに向かって跳び、強烈な跳び後ろ蹴りをジュウキの腹に掠らせた。
 ジュウキの腹から血が噴き出す。
 コネコが爪で切り裂いたのだ。
「コネコは、戦い方を心得ている」
 金次郎は腕を組み、感心するように言った。
「ちょっと、ジュウキ君には何か無いわけ?」
 マムさんが、すかさず金次郎に突っ込んだ。
「ターゲットを絞らせないとな。コネコは、三トンもあるジュウキには、投げや殴打が有効では無いと即座に判断し、皮膚にターゲットを絞り、傷付けることを選択した。一方ジュウキは、まだコネコしか見えていない。いや、今は何も見えていないのか」
 そう言ってケラケラ笑いだす金次郎。
 マムさんは息を吐き、呆れていた。
「最適な戦い方は、コネコと向かいあっているジュウキにしか見つけることが出来ない」
 金次郎とマムさんの視線を感じた。
「だが、戦い方を見つけるまでのアプローチは沢山ある筈だ。それに関しては、しもんが得意分野だ」
 得意分野?
 僕は金次郎の、その単語を聞いた瞬間、すぐにマムさんを見た。
「マムさん!ジュウキは何ができる?」
 マムさんは、僕の急な問いに、少し驚いた様子だったが、
「ジュウキ君は、器用よ。ミチクサの道路作り、建設にも多く関わっている」
「建設!」
 僕はそう言って指をパチンと鳴らし、そして、ジュウキに向かって叫んだ。
「ジュウキ!目を瞑っても出来ることを探してみてくれ!何がある!?
 ジュウキは、辺りを見回すことを辞め、下を向いた。戦闘中にも関わらず。
「どんな形のものでも、積み上げることができる…。目を瞑っても、バランスとか重心とかを探れるんだ」
「うん!なら、今からそれをしなさい!」と僕は、大きな声を出した。
 当然、困惑するジュウキ。
「ものがない」
 ジュウキは辛うじて、僕の方を見ていた。
「足元に沢山あるだろうぅ!」
 再び困惑するだろう、と思っていたが、ジュウキの行動は速かった。コネコが入り込む余地が無いほどに。

 さて、ステージが整った。
 今、校庭には、土の塊数個で作られたタワーが何十個も建てられていた。
「だから何だ?」
 コネコは、タワーが建つ前から一歩も動かず、ジュウキを眺めていた。
「すまない、待たせた。さぁ、かかってこいよ」
 ジュウキの焦点が合っていなかったが、作業後だからか、心なしかジュウキの体が温まっている気がした。そして、毛だらけのコネコの顔から、心なしか、血管が浮き出てきている気がした。
「なめやがって」
 そう言って一気に、ジュウキに向かって跳んでいった。
 タワーをものともせず、ジュウキに向かった。
 決着か?
 僕がそう思ったとき、コネコが急に顔を伏せ、目を閉じた。それと同時にジュウキは、コネコを捉え、コネコに向かって走り出した。
 やはり、ジュウキの走りは美しくなかった。だけどその目には、確かに、希望の光が映し出されていた。
 コネコは目を開け、ジュウキを確認すると、近くのタワーに身を隠した。
 コネコの姿を見失ったジュウキだが、喜びの声をあげていた。
「しもんさん!すごい!コネコの能力の正体は、目だったんですね!だから遮蔽物を作らせた!」
 戦闘中にも関わらず、ガッツポーズを何度も決め、
「視界が晴れた!しもんさん、戦場に立っていないのに気付くなんてすごいです!」
 それを聞いて、ガラクタやカメラが、マムさんまでもが僕に尊敬の眼差しを向けてきた。
 何とまぁ、都合の良い解釈。だが、間違いなく、ジュウキが最適な戦い方を見つけた。
 僕は心の中で感心していると、金次郎が耳打ちしてきた。
「考えなしにただ、得意なことをやらせただけだろ?」
 さすが相棒だな。
 僕は、瞳だけを動かし、金次郎にそれとなく「イエス」のサインを送った。
 ただ、間違いなくジュウキの土俵が出来た。
 発展途上ではあるが、戦況は、大きく変わってくれたのだ。
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