第34話 しもん

文字数 2,759文字

 しもんの体が白く染まり、そして彼の手には、何やら茶色の球みたいなものが握られていた。
 全身に牙を生やしていた『ヤマカガ』は、ひどく困惑していた。
「何故、白くなる!?
 しもんの横にいた『理科』も、強く頷いていた。
「何で何で!?
 しもんは面倒くさそうに、白い手で後頭部をポリポリ掻いていた。
「日焼けしたら僕、白くなるんだ。でも、強い日差しを相当長い時間かけて浴びないと、こうはならないんだけど、何故か、コツが勝手に掴めてね…」
「ヤマカガの毒が、大いに関係している可能性が高いわね」
「かも、毒を食らってから、頭が異様に冴える」
 そして理科は、嬉しそうにしもんを眺め始め、
「あとで、実験ね!!!」と、とびきりの目配せをしながら言った。
「それは絶対に無理だ」
 しもんはそう言うが、理科の耳には、まるで届いていない様子だ。
「そうだ、二人とも今ここで、毒で死ぬんだからな」
 そう言って全身牙だらけのヤマカガが、戦闘態勢に入った。
「その前にヤマカガ」
「ん?」
 しもんは、右手で茶色の球を何度も軽く上に投げていた。
「その牙は、呪いか?」
「あぁ、そうだ。さぁ、どう出る?しも…」
 ヤマカガの言葉は、しもんの強烈な蹴りによって遮られた。
 しもんの右足は、ヤマカガの顎に直撃したのだ。
 私はすぐさま、しもんの右足を確認したが、傷一つ付いていなかった。
 では何故、と思い、今度はヤマカガに視線を移すと、ヤマカガの顎に答えがくっ付いていた。
 それは、先程見た茶色の球だ。
「しもんしもん!それは!?
 たまらず、理科が質問する。
「僕は『メラニンボール』って呼んでる」
 それに対し、淡々と答えるしもん。
「絶対に実験だね」と、理科はそう呟き、小さくガッツポーズを決めていた。
 だけどしもんは、そんな理科には反応せず、ゆっくりと起き上がるヤマカガだけを見ていた。
 完全に立ち上がったヤマカガは、不気味に笑い、顎に付いていたメラニンボールをゆっくり取り外した。
 まるでゴムボールのように跳ねるメラニンボール。
「このボールがクッションになっている。だから、あんま痛くないぞ?」
 そう言ってヤマカガは、しもんに向かっていくが、しもんは、顔色一つ変えていない。
「問題ない」
 しもんはそう言い放ち、今度は、大量のメラニンボールをヤマカガ目掛けて投げ始めた。
 ヤマカガの体中の牙に、メラニンボールが刺さっていく、だが、ヤマカガは全く気にしていない様子だ。
 ヤマカガの間合いに入ったしもん。
 ヤマカガは、メラニンボールが二個付いた右足で、前蹴りを繰り出した。
 たった二個、メラニンボールが付いているとはいえ、ヤマカガの右足は牙だらけだ。
 しもんは、右に体をずらし、左手で素早く、ヤマカガの右足の脛に付いていたメラニンボールを叩いた。
 ヤマカガの想定より早く、自身の右足は地に落ちたが、すぐに踏み込みに切り替え、牙だらけの右パンチをしもんの顔面目掛けて放った。
 しかし、しもんはその右手も、ちゃんと捉えていた。
 今度は、上半身を左に少しずらしてそれを躱し、そのまま、ヤマカガの右手、右腕に付いていた二個のメラニンボールを素早く叩き、さらに、空いていた右脇腹に、メラニンボールを三個付け、また叩いた。
 ダメージは少ないにしろ、不覚を取られたことには変わりは無い。
 ヤマカガは、大きく後退し、しもんと距離を取った。
「成程、狙いは牙を折ることだったのか」
 ヤマカガのメラニンボール越しに叩かれた箇所から、透明の液体が流れ出ており、しもんの周囲には無数のメラニンボールが落ちていた。
「ただ、僅かな残り時間で、牙を全て折れるかな」
 それに対し、しもんは何も言わなかった。それどころか、ヤマカガに向かって走り出したのだ。
 すぐに助走は満ちたのだろう。
 しもんは高く跳んだ。
 そしてしもんは、空中でメラニンボールの粒を大量に作り出し、それを右足の裏に、乱雑にくっつけ、右足を真っ直ぐ伸ばした。
 折りたたまれた左足。
 昔、見たことあるな。
 所謂、ライダーキック。
 しもんが描く放物線は、間違いなくヤマカガの胸部にぶつかる。
 ヤマカガは、両腕を十字に組み、胸部を守る姿勢を取った。
 左腕を下に、右腕を上にした、十字の盾。
 その盾に、しもんの右足の裏が衝突した。
 四方八方に弾け飛ぶ、メラニンボールの粒。
 ヤマカガとしもんが、同時に、同じ方向に転がる。
「時間切れのようだ」
 何事もなく立ち上がるヤマカガ。
「大技の割には、全然折られてないな」
 そう言ってヤマカガは、右腕の、折られた牙の断面を眺めていた。
 一方のしもんは…、まだ起き上がらない。
「ま、無理もないか」
 理科がそう言いながら、しもんとヤマカガの間に移動した。
「そうだな、次はお前の番だったな」
 ヤマカガは、見下すような視線を理科に向けた。
「その前に一つ」
「ん?」
「あんたのその毒。あんたには効くの?」
 するとヤマカガが、ふふふと笑い出した。
「効く。他の毒は、かなり耐性はあるがな、この牙から出る毒は授かった強力なものだから」
「『ヤマ』の呪い?」
「そうだ。宗校長から頂いた特別な力だ」
「ふーん」
 つまらなそうにする理科。
「素直になれ、興味あるん…」
 突然、ヤマカガの言葉が止まった。
 そして、直立姿勢のまま、倒れ込むヤマカガ。
「体が」
「でしょうね」
 理科が、ヤマカガに近づいた。
「しもんは、全部の牙を折ろうとしたんじゃない。折った牙の断面から、このメラニンボールの粒を入れようとしたの」
 理科は、メラニンボールの粒を一つ拾い、さらに続けた。
「牙から毒が出るということは、毒の管と繋がってるわけだから、しもんはこの粒で、その管を塞ごうとしたのよ」
 そう言って理科は、メラニンボールの粒を自身の口の中に放り込んだ。
「破裂が目的。でも、もし牙の毒が効かなかったら、どうしたのかしらね」
 そう言うと理科は、注射器を一つ取り出し、針をヤマカガの首に沈め、透明な液体を注入した。
「はい、生け捕り完了」
 すると、その声に反応したのか、しもんが目を覚ました。
「あら、しもん。おはよう。次は、国語ちゃんのとこね?」
 理科の問いに、しもんは額を右手で押さえながら答えた。
「それも、そうだが…」
 しもんはそう言って、辺りを見渡し始めた。
 そして、しばらく見渡して、私と目が合うと、満面の笑みを浮かべた。
「あんた、依頼者だな?生きてて良かった」
 え?
「校長選手権は無事に終わりました」
「え、えぇ」
 あまりのことに、声が上ずる私。
「先程、猿に叩かれていた依頼者は『教頭』ですよね?」
 うそ。
 私は何も言わず、しばらくしもんと見つめ合っていた。
 それしか、できなかったのだ。
 そして、とうとうしもんが口を開く。

「あなたが、この町の長ですね?『校長先生』」
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