第12話 私と

文字数 1,488文字

 この記憶は一体何だろう。
 そもそも私は、いつまで生きていたんだっけ。
 でも、この記憶は、好き。
 懐かしいな。



 私は人の嘘が分かる、と、はっきり自覚したのは、私が高校二年生の頃だ。
 それまでは、ただの違和感で終わらせていたが、違和感のまま引き摺るのが嫌になり、違和感を言った人を全て調べてしまった。
 結果、自分の能力に気付くことができたのだが、私の周りには、奇跡的に嘘つきしかいなかった。
 この世に正直者は、ほんの一握りしかいないという事実は、当時の私には分かる筈もなかった。
 嘘ばかりの学校生活が嫌になり、気付けば私は、立ち入り禁止の屋上に立っていた。
 ゆっくりと歩き始める私。
 私を終わらせるため。世界を新しくするため。
 もう足場が無くなった。
 次の一歩で。
「おいおい、もしかして死ぬ気か?」
 私の背後から、声がした。
 きっと、最後に神様が手を差し伸べてくれたのだろう。でも、
「神様にも、あなたにも申し訳ないけど、もう嫌になったの」
「神様?なんじゃそれ」
 私の飛び降りを止めるにしては、妙に覇気の無い声。
 私は少しだけ、声の主の顔を見たくなったが、見てしまうと、もしかしたらそれは、声の主の罠で、あえて止める素振りを見せず私を油断させて、って、
「私は何を考えているの」
 すると背後から、
「ま、何にせよ。飛び降りるなら、僕が飯を食べ終わってからにしてくれね」という、気だるそうな声が聞こえてきた。
 私は不覚にも、振り向いてしまった。

 嘘を吐いていなかったのだ。
 本当に、彼が飯を食べたら飛び降りて良いみたい。
「あなたは、いつもここでご飯を食べているの?」
「うん」
 そう言いながらその人は、次々と食べ物を口に運んでいた。
「本当に、あなたが食べ終わったら、飛び降りるよ?」
「いいよ」
 その人は、私の目を一切見なかった。
「あなたは、人が死んでも、そんなに気にしない人?」
 私は純粋に、思ったことを彼にぶつけてみた。
 するとその人は、やっと手を止め、やっと私の目を見てくれた。
「食事中に、僕の目の前で人が死んだら、次の食事でそれを思い出してしまうだろう?」
「トラウマね」
「あぁ…」
 その人は、気の無い声を出し、そそくさとお弁当箱を片付け始めた。
「お腹いっぱいになったから、明日食べることにする」
「え?」
「だから、あんたも死ぬのは明日ね」
「えー…ずるい」
「人生最後の約束だろ?守ってから死ねよな」
 私が、反論しようとしたそのとき、午後の授業開始のチャイムが鳴り響いた。
 その人は、何故か動く気配がない。
「どうせ明日死ぬんだ。今日は授業全部さぼって、僕の話し相手になってよ」
「良いけど。お弁当、明日食べるは嘘よね?」
 その人は、目をキラキラと輝かせ、ゲラゲラと笑い始めた。
「それは明日にならんとわからんでしょ」
「あ、」
「一緒に磨こうよ、その才能」
 その人は続けた。
「僕はしもん。よろしくね」
 そう言って、学生証を私に渡してきた。
「それあげる」
「え、要らない」
「え⁉」
 しもんは、本当に驚いていた。本当に、受け取ってもらえると思っていたみたい。
 私は不覚にも笑ってしまった。笑ったところで、視界が真っ暗になった。

 私は今、何をしているのだろう。

 わからないよ。

 怖いよ。



「あの、お弁当な。昨日とうとうカビが生えて、もう一生食べれなくなった」
「しもん、私、もう飛び降りないよ」
 そうか、と言って安心した様子でどこかへ行くしもん。
 優しいしもん。
 こんな感じのやり取りを毎日続けていた。



 そうだ、私、あのとき死ななかったんだ。

 でも、今は真っ暗。

 怖いよ。

 ここはどこ?



「会いたいよ、しもん」
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