第11話 僕と依頼者

文字数 3,413文字

 理科は全裸で、椅子に腰掛け、足を組んでおり、右手にはボールペン、左にはバインダーを持っていた。
「何故だ」
 すると理科は、色気のある笑みを浮かべ、
「カルテ。闇でも一応は医者なのよ」と言って、わざとらしく足を組み替えた。
「違う。何故、全裸なんだ」
 僕は、国語が足を組み替える瞬間に見える黒い影を、視野の端っこで見た。
「血行が良くなるでしょ?」
 僕はさりげなく、確認してみたが、これといって変化は見られなかった。
「ん?」
 そういえば…生えている?
「あれ、僕って、なんでここで寝てるんだ?」
 理科はようやく立ち上がり、僕の元へ遣って来て、僕の両手首と両足首を触り始めた。そして、僕の耳元に顔を寄せ、
「もうすぐ国語が来る。それまで、その、血行が良くなった体を動かして、私と一汗掻こうよ」と、吐息交じりの声を僕の耳の中に入れてきた。
 僕の体が、一気に温まるのを感じた。
「僕は、」
 僕が何かを言おうとしたとき、病室の扉が勢いよく開いた。
「理科!っぎゃああああああああああ!」
 国語がものすごい形相で、僕と理科の間に割り込んできた。
「ちょっと!なんで!?
「私は医者よ。しもんが目覚めるタイミングは、大体見当が付いてたのよ。それにしても国語?あなた、偉く早いご出勤だこと、二時間前集合?社会人の鏡ね」
「私、人の嘘が分かるって知ってるでしょ!?理科のことだから、しもんに何かするんだと思ってたけど!!!」
 僕は、二人の喧嘩を眺めていたが、その間に、色々なことを思い出すことができた。
「そんなことより国語」
「そんなことって何よ!!!」
「そんなことって何よー」
 国語と理科の声が揃うが、国語の表情は硬く、理科の表情は柔らかかった。
「あ、いや、ごめん。まだ完全に思い出せてないみたいだ。…うん、これは、時間がかかりそうだから、お二人、どうぞ続けて?」
 本当は、完全に思い出し、色々気になっていることが何個かあったが、今は、国語が落ち着くまで待つ他ないようだ。
 ていうか…国語、落ち着くのか?これ。
 国語は、顔を真っ赤にし、Tシャツを脱ごうとしていたのだ。
 それを理科が笑いながら、止めている。
 なんだか、懐かしい気持ちを抱えながら、僕は横になり、枕に頭を乗せ、目を閉じてみる。
 うん、眠れる。
 目が覚めたら、社会に訊けばいい。
 だから今は…。

 そして次の瞬間に、僕は国語に優しく揺らされ、起こされたのであった。

 全く寝た感じはしない。だが、
「頃合いだと思って、起こした」と言う国語。
 そして国語は、僕に、調査内容を全て話してくれた。そして僕も、校長が話していたことを全て話した。

 しばらく考えた。
 しばらく考えたが、考えてもどうしようもないことに、しばらくしてから気が付いた。
 僕はとりあえず、お金が入った茶封筒を国語に渡した。
「国語、よく調べてくれた。ありがとう」
 しかし国語は、納得していない様子だった。
「何か分かった?」
「いや、全く」
 国語は僕の、嘘の無い言葉を聞いて、少し安心した顔を見せた。
「理科にも訊いたんだけど、自覚の無いお産とか言って、一人で盛り上がってた」
「理科らしい」
 僕はそう言って、適当に笑ってみせた。
 ちなみに、国語は僕のそういうところにも気付く人間だ。
「この町には、どんな人間がいても不思議じゃない。宗校長にも何か能力があるのだろう」
「また接触するの?」
 国語はそう言って、あからさまに寂しそうな眼差しを僕に向け、そして僕の手を優しく握ってきた。
「…宗校長は、生きているのか?」
「あ、」
 国語は口と目を丸く開け、
「そっか。あのね、社会が言っていたんだけど、道徳があの後、宗校長の首を切り離して、その首を山に捨てにいったらしいんだけど、翌日に宗校長がその山から胴体を付けて、出てきたんだって」
「は?」
 どんな人間がいても不思議じゃない、と言った矢先だが、僕は驚いてしまった。
「つまり、まだ終わってないのか」
 僕は、宗校長に受けた数々の痛みを思い出していた。
 すると国語は再び、あの寂しそうな眼差しを僕に向けてきた。
「本気で戦う。出し惜しみはしない。だから大丈夫」
 そう言ってみせたが、それでも国語が僕に向ける眼差しに変化は無かった。
「僕が知っている全専門家に頼るよ。勿論、国語も。いいかな?」
 国語はやっと、少しだけ顔を綻ばせ、優しい笑顔を僕に向けてくれた。
「よし、じゃあ国語は引き続き、社会と一緒に母親たちを調べてくれ。何か共通していることやものがあれば、すぐに教えて欲しい」
「分かった」
 国語は僕の手を強く握り、力強く頷いた。
「じゃあ早速、行ってくる」
 やる気に満ち溢れていた国語は、そう言って病室から出ていった。

 急に静かになった病室。
 さて、この静かさに僕は、どれくらい耐えれるのだろうか。
 全専門家に頼るとは言ったが、社会と国語が情報を持ってくるまでは何もできない。
 今はこの、静かな空間を満喫しよう。
「良い仲間がいるのね」
「ぅわぁっ!」
 僕は驚いて、声の主を急いで探した。
 そして、すぐに見つけることができた。
 依頼者だ。
「何故ここに?」
「白衣を着た女性に教えてもらったの。そんなことより」
 良かった理科、服を着たんだな。
 いやそんなことより、何か雰囲気が変わったな。こんな人だったっけ?
 依頼者は、話を続ける。
「宗校長をやっつけたのね」
「あ、はい。ですが、依頼は宗校長を止めて、とのことだったので、まだ調査は続けています」
「そう。まぁ痛い思いをすれば懲りるわよ。それよりあなた、怪我したの?」
「ま、まぁ、少し」
 僕は、へへと笑って、両手を振ってみせた。
 両手首、両足首がもげて、また生えた、なんて言っても信じてくれないだろう。
「優秀な医者がいるのね」
 依頼者は、僕の目を真っ直ぐ見て、静かに言った。
「あの、それはそうと。僕に何か用があるのですかね?」
「報酬は振り込んでる」
「やや、これはこれは、どうもありがとうございます」
 僕は一旦、依頼者から視線を外し、頭を下げた。そして再び頭を上げ、依頼者を見た。
「それをわざわざ伝えに?」
 すると依頼者は、結んでいた髪を、おもむろにほどき始めた。そして腕を組んで、近くの壁に寄り掛かった。
「んー。追加の依頼が、本当の目的」
 髪をほどき、女がより一層増した依頼者が、怪しく微笑んできた。
 勿論僕は、全て見逃さず、ちゃんと見惚れていた。
「それは構いませんが、一体どんな依頼で?」
 すると依頼者は、一枚の紙を取り出し、僕に渡してきた。
「…校長選手権?」
 紙に、そう書いてあった。
「そう。実は、この町では、もう既に、次期校長を決める話があがっているの」
「え、選手権で決めてるんですか?」
「当然。この町の長を決めるんだから」
「んー???」
 やべ、話についていけないな。
「えっと、つまり、宗校長は、この町の長だったってことですか?」
「そう!」
 依頼者は何故か、目を輝かせ、嬉しそうにしていた。
「この町の長は、『校長』と呼ばれているらしいの。面白いわよね、他にも『国語』とか『理科』とか『社会』とかもいるみたいよ」
 校長以外の通称は、確実に知っている訳だが、あえてそこには触れないことにしよう。
「はい、僕も噂では聞いたことがあるのですが、『校長』は初めて聞きました」
「宗校長の不祥事と、君が倒したお陰で、今、この町に長はいないんだ」
「宗校長は退いたんですか?素直に?」
「そこらへんの事情はよく知らないけど」
 当然か。ま、そこは、社会に訊いてみるとするか。
「それで、僕は何を?」
 すると依頼者は、僕の顔を力強く指さし、
「ずばり、潜入して、次期校長を見極めて欲しい」と言って、そのまま僕のおでこを、細くて白い人差し指で突っついてきた。
「安心して我が子を預けたいじゃない」
 愛していない我が子を?と、僕は心で唱え、
「わかりました。依頼をお引き受けします」と、再び依頼者から視線を外し、頭を下げた。
「よろしくね」
 僕は、頭を下げたまま、依頼者の言葉を聞き、病室を出ていく足音も聞いた。
 僕は、頭を上げ、周りに誰もいないことを、よく確認し、国語に電話をかけた。
 が、国語は電話に出なかった。

 その日から、何度も何度も、何日も国語に電話をかけたが、繋がることは、一切無かった。



(おかけになった電話は、電波の届かない場所にいるか、電源が…)



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