第13話 校長選手権 一回戦

文字数 2,424文字

 かれこれ十二時間程か。単純計算で十二人。残り何人だ?あぁ、あと四人だ。ちくしょう、退屈で仕方がない。
「して、あるからして…」
 じじいどもめ、同じ話を何度も話しやがって。一体僕は、何を審査すれば良いのだ。



   十二時間半前
 僕は依頼者と一緒に、この町で一番大きい体育館へ向かった。
 体育館の正面玄関には、四十代くらいの女性が立っていて、僕を見るなり、
「諮問s しもん様ですね?お待ちしておりました」
 ん?潜入じゃなかったか?
 僕は依頼者を見た。
「この人は、私のママ友。協力者だから安心して」
「成程、このママ友と次期校長を審査するわけですね」
 すると、依頼者とママ友が互いの目を見て、吹き出すように笑った。
「違う。審査員はあなた一人よ」
「え…」
 僕、校長というものをよく知らないのですが。
「では、出場者の皆様が待っております」
 ママ友が、僕に発言の暇を与えることなく、会場入りを促した。
「はい」と言わざるを得ない僕。
 このときの女の人の目って、大概怖い。だから僕は、問題をなるべく回避するため、そういうときは目を見ずに返事をすることにしている。
 だがやはり、人と話すときは、目を見た方が良い。
「こちらで審査してもらいます」
 ママ友はそう言って、僕を年季の入ったパイプ椅子に座らせた。
 パイプ部分はほぼ錆びており、座ると、当然のように少し傾く。座面がぐらつき、脚の部分も、四点中二点しか地面についていない。
 退屈になったら、この椅子でちょっとしたバランス遊びをすればいい。僕は、そんな悠長なことを考えていたのだ。
 まさか、およそ十四時間五分、人の話を聞く羽目になるとは。
 しかし実を言うと、十四時間程からの五分は、ちょっと楽しくなっていた自分がそこにいた。
 退屈な十四時間を帳消しにしてしまうほどの、かけがえのない五分だったのだ。

   現在
 途中で逃げ出そうと、何度も考えた。だが、僕はその度に、立って校長の話を聞いているママ友が目に入ってきた。
 帰るに帰れない。
「ありがとうございます。では、十五番の校長先生、宜しくお願い致します」
 僕は、目を疑った。
「今日は、このような機会を設けて頂き、誠にありがとう!校長番号十五番、私の名前は『猿』です」
 背広と手袋と革靴を身に着けた猿が、僕の目の前に現れた。
 いや、体はほぼ人間だ。顔だけが猿だった。
「頭のは、被り物ですか?」
 初めての心からの質問。
 しかし猿は慣れた様子で、
「いえ、被り物ではない」
 と言って、胸のボタンを少し開け、びっしり詰まった金色の胸毛を見せてくれた。
「すごい」
 だが感動とともに、僕はある専門家の存在が脳に浮かんだ。そして結論を急いでしまった。
「あなたは、人体実験で人間から猿に…」
「あ、いえ」
 猿は何か言いたげだったが、
「大丈夫です。犯人は大体分かっています。僕だって被害者ですから、く…、やはり神様は僕を見守ってくれている。一見意味のないようなことに出会っても、どこかで役に立つんだ。ふふ、決まりだ。あなたが校長で良い。共に、理科をぶっ倒しましょう」
 僕はようやく、錆びた椅子から立ち上がり、固い握手を交わそうと、猿に近づいた。
「リカ、とは?」
「ちょっと待ったぁ!!!」
 少しだけ、聞き覚えのある声が、体育館のスピーカーから流れてきた。
 その声は続けた。
「まだ私がいるでしょうが」
 コツコツとヒールの音を響かせ遣って来たのは、雰囲気が大きく変わった依頼者である。
 痛んでいた髪の毛が、艶のある綺麗な茶色に染まり、更に、緩やかな波を描いていた。
「しもん。私が校長になったら何をしたいのか、という質問がまだ来てないが」
 猿は、依頼者を物色するように眺めた後、僕の目を真っ直ぐ見つめて言ってきた。
 僕は一つ、咳払いをし、
「では、あなたが校長になったら、何をしたいですか?」と質問した。
 すると猿は、間髪入れずに、
「人類を滅ぼす」と言った。
「おぉ…」
 僕は差し伸べていた手を、そっと下ろした。
「私からは以上だ」
 そう言って猿は、静かに十五番の席に戻り、腰を下ろした。
 選手権参加者の何人かは、青褪めた顔で下を向いていた。
 あっという間に感じたのは気のせいか、と僕は、徐に時計を確認する。
 猿の演説は、二分。最も、理想的な好タイムだと思うが…、人類を滅ぼす、か…。
 どうせならどうやって滅ぼすかを聞けば良かった。
「はいはーい、じゃあ次、私ね!」
 依頼者が元気よく、僕の目の前に遣って来て、演説をした、のだが、僕は全く聞いていなかったらしい。
「もう終わったよ」
 片方の頬を膨らませ、拗ねていた依頼者が僕にそう告げた。
「演説しました?」
 依頼者は、もういい、とそっぽを向き、
「次でアピールするもん」と言って、僕の手を掴んできた。
「えっと、この手は?」
「お腹すいたから、何か食べようよ」
 確かに。
 思えば、十四時間五分、何も食べていない。
 僕と依頼者は、近くのコンビニに寄り、パンやらおにぎりやらお菓子やらをたくさん買った。
 そして、近くの公園のベンチに座り、手を合わせ、黙々と食べた。
「え、次があるの?」
「うん」
 僕は、夜空を見上げ、口の中に食べ物が入ったまま、大きく息を吐く。
 よし、すっぽかそう。
「校長選手権二回戦は明後日、ガチンコバトル」
「ぶはっ」
 少しだけ、口の中の食べ物が飛び散った。
 何だいそれは。
「殴り合い蹴飛ばしあい、とにかく倒したものが勝者」
 校長たちのバトル、それなら見たい。金次郎も誘ってみようか。
 やる気が、湧いてきた。
 楽しみができ、僕は安堵の息を吐く。
「明後日も頑張るとするか」
 そして二人で暫く、残りの食料を食べ進めた。
「ちなみに、あなたの戦闘スタイルはどんなものなのですか?」
 僕が依頼者にそう訊くと、依頼者は得意気な表情で、
「私はね、ふふふ。色仕掛け…っさ!」と言って、ふわっ、と髪を揺らしてきた。

 僕はそこから一切喋らず、残りの食料を平らげ、帰路についた。
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