第21話 繰り返し

文字数 5,460文字

 毎日の繰り返し、それが強さの秘密。
 何を繰り返すか?それは、自分で見つけるんだ。
 てか、自分にしか分からんぞ。



(これはぁぁぁ!勝負有りかぁぁぁ!?!?!?
 解説者が派手に吠えているが、僕は、金次郎が以前言っていたことを思い出していた。
 きっと、カメラもイノシシも、強くなるための訓練を何度も何度も繰り返し行い、強くなっているんだ。
 それも、一つの技だけじゃない。
 多くの技を、時間をかけて何度も何度も繰り返す。それが段々と、強さに変わっていくのだ。
 校庭の端で、血を流し倒れるカメラ。
 砂粒を投げる前、カメラはイノシシの鼻辺りを見上げていた。
 多分鼻の穴を狙っていたのだろう。だから、拡大のタイミングが遅れていたのだ。
 もし、砂粒が鼻の穴に入って拡大すれば、イノシシは大怪我を追っていただろう。
 しかしイノシシは、豪快な鼻息で、まだ拡大していない小さな砂粒を吹き飛ばし、すかさずカメラに突進した。
 両者とも、技を何度も繰り返した強者に違いない。
 おそらくカメラは、物体を何度も投げ、力加減によって変わる物体が飛ぶ距離や時間を覚え、さらには、能力である拡大・縮小を投げた物体に織り交ぜていき、感覚を磨いていたんだろう。
 力加減を考えながら何度も投げ、あらゆる場所で何度も拡大・縮小を施す。
 だが、イノシシだってそうだ。
 何度も突進をし、肺活量を大きくする為の鍛錬を何度も繰り返す。もしかしたら、嗅覚を極める為の特訓もしているかもしれない。
 僕からしたら、どちらが勝ってもおかしくない程、両者が強く見えた。
 カメラがゆっくりと立ち上がる。
「立つか」
 イノシシは、少し嬉しそうだった。
 そうだ、まだ終わっちゃいない。
「強者同士の闘いは、とにかく何が起こるかわからねぇ」
 金次郎も嬉しそうだった。
 ゆっくりと歩を進め、イノシシに近づいていくカメラ。
「俺もお前も、鍛錬を積んでいる。見れば分かるものだ」
 イノシシが話すも、歩みを止めないカメラ。
 イノシシは続ける。
「先鋒のジュウキという奴、奴は戦闘向きではない。だが、闘いにおいてではない強さを、嗅ぎ取れた」
 ゆっくりと、ゆっくりと歩みを進めるカメラ。
「うちのコネコもそうだ。奴は、呪いを授かり、浮かれ、鍛錬を怠った。己の呪いを知ろうともしなかった。だからコネコのまま。俺も呪いを授かったときは、ウリボーだったんだぜ?」
 歩きながら、少しだけ姿勢が良くなってきたカメラ。そして、その場で立ち止まって、イノシシをじっと見ていた。
「呪いを授かってすぐに、足の速さを実感した。そして、この力の代償や弱点を、様々な形の走りを繰り返しながら見つけたのだ。あとは補填。呪いの力に頼らず、補うようにして他の技も」
 意気揚々と話すイノシシが突然消えた。
 イノシシは、校庭の端に吹き飛ばされていたのだ。
 訳が分からず、すぐに立ち上がるイノシシ。
 イノシシの後頭部から、血が流れていた。
「驚いた。何も見えなかった」
 イノシシは、目を真ん丸と開き、カメラを見ていた。しかし、カメラも目を丸くして、イノシシを見ていた。
 ただ、カメラの丸い目は驚きによるものではなかった。
 カメラの瞳は、赤く染まっていたのだ。
「金次郎、今のカメラの動き、見えたか?」
「いや、全く」
 金次郎は、間髪入れず答えてくれた。
 僕はすぐに金次郎を見た。
「瞬間移動じゃね?」
 笑ってはいるが、引きつっている金次郎を見て、僕は笑いそうになった。
「まじでか」
 僕は、闘いに視線を戻す。
 カメラは、イノシシの体勢が整うのを待っていた。
「攻撃しないのか!できないのか!」
 イノシシの怒号で会場が静まる。
「しない、だな。お前を待っているんだ」
 中年男の迫力に、イノシシは少し怯んだ。
「もう戦える!かかってこい!」
 それを聞いたカメラが、安心したように微笑んだ。そして、手に持っていたインスタントカメラをイノシシに投げ渡した。
 イノシシがそれを受け取ったが、何かが想定外だったのか、インスタントカメラを手の甲で叩き、その音に耳を澄ませていた。
「持って分かるだろうが、そのインスタントカメラは空っぽだ。『図工』って人に、フラッシュだけ焚けるよう改造してもらったんだ」
 イノシシはそれを聞くと、すぐにインスタントカメラを右手で握り壊した。
「何のつもり」
 イノシシの言葉が止まる。
 いつの間にかカメラの左手が、イノシシの右握り拳を包んでいた。
「また、瞬間移動だ」
 金次郎がそう呟いたとき、カメラの左手に力が入る。
 そして、イノシシの右握り拳から、血が流れ落ちていく。
 カメラが口を開いた。
「努力が報われるのは、僕に勝ったときだけだ」
 イノシシは、カメラの赤い瞳だけを見ていたが、握られていたカメラの左手が少し緩むと、すぐに後ろに跳び、カメラから距離を取った。
「騙してすまなかった。能力は隠すものだが、もう君に明かしても大丈夫そうだ」
「何だと?」
 カメラの言葉を聞き、イノシシの眉間の皺がより一層深くなる。
「僕の能力だが、レンズはこの目になる」
 そう言ってカメラは、自身の赤い瞳を指さした。
「いつもはそのインスタントカメラと、カラーコンタクトで能力を隠しているから、能力名なんてものは勿論ない。が、つい最近、ミチクサの若い者に(能力名はあったほうが良い)と指摘されてね。年を感じたよ全く」
「おい、さっきから何の話を」
「改めて、この能力名は『REC』。僕が名付けた」
 イノシシは何も言わず、カメラを睨んだ。
 カメラは少し口角を上げ、話を続けた。
「能力を説明する前に、世の中のある仕組みについて話さないといけない」
 そう言うとカメラは、右手の人差し指を上げて、左右に揺らした。
「この右手が動いているように見えるのは、莫大な数の静止画がパラパラ漫画のように組み合わさっているから」
 イノシシは構えながらだが、話を聞いていた。
「僕の能力『REC』は、そのパラパラ漫画を操作することができるんだ。まぁ、操作と言っても、主に削除作業なんだが」
 そう言ってカメラは、握り拳を作り、それをイノシシに向けた。
「実演してみよう」
 カメラの動きが、その場でピタリと止まった。そして、
「このようになる」
 カメラは一瞬で、イノシシの前に移動し、さらに、イノシシの大きな鼻のすぐ前には、拳が握られていた。
 イノシシは、咄嗟に後退し、再びカメラと距離を取った。
「例えば、今いる場所から、イノシシのいる場所まで移動するとき、五枚の静止画で構成してあるとしよう。一枚目で能力『REC』を発動すれば、二枚目以降の静止画を自由に操作できる。削除をすれば二枚目も三枚目も自動削除され、僕の動きを完全に隠すことができる。そして四枚目で『REC』自体を解除すれば、五枚目で僕が出現する。まず、これが瞬間移動の仕組みだな。そして」
 カメラは再び、人差し指を上げた。
「先程、僕が見せた物体の拡大だが、それも『REC』によるもの。動く物体も同じく、何枚もの静止画が組み合わさっているから、その静止画一枚を拡大しただけ」
「成程…すると、さっきの、お前が止まって見えていたのは『REC』の削除を発動した一枚目ってことでいいんだな?」
 イノシシの言葉を聞いたカメラが目を開き、嬉しそうな顔をした。
「その通り。この能力の弱点でもあるんだが、必ず実体を一つ残さないといけないみたいなんだ。だから、どう頑張っても一枚目を消すことはできなかった」
「つまり、一枚目に攻撃したら効くってことか」
 カメラは、指を鳴らし、またも嬉しそうな顔をした。
「そう!さらに、一枚目の僕の中身は空っぽだ。意識は、削除された静止画と同時進行している」
 イノシシは顎に手を置き、考える素振りを見せた。
 そしてすぐに、何か閃くイノシシ。
「必ず実体を一つ残す。だから、五枚目でお前が出現すれば、一枚目の実体は消える。だが、一枚目の実体に傷が付けば、五枚目に出現した実体にも同じ傷が付く」
「うんうん」と、嬉しそうに大きく頷くカメラ。
「止まっている一枚目に、死ぬような傷を与えれば、カメラを殺すことができる。だが」
「だが?」とカメラが訊く。
「帰ってくるのは、傷だけか?」
 イノシシの言葉を聞き、ふふ、と笑うカメラ。
「イノシシはどう思う?」
「削除された二枚目、三枚目、四枚目。三人分のお前が消えている。一枚目の傷が、五枚目に帰ってくるなら、二、三、四枚目の消えたお前も帰ってくる」
「つまり?」
「パワーアップ」
 カメラは笑みを浮かべ、力強くゆっくりと頷いた。
「イノシシ、能力に対する思考の深さが素晴らしい。それを、如何にして戦闘中に見つけるか、が鍵だな」
 カメラは、一つ息を吐き、話を続けた。
「容量はパワーと考えてもらって良い。イノシシの言った通り、削除され、空いた容量が出現した実体に帰ってくる。だが、削除しすぎると容量オーバーで体が壊れてしまう。最初は、瞬きで静止画の分割数を決めていたのだが、能力が目で操作しているのがばれてしまうのと、コントロールが難しいのもあって、目を開けたままのオートマにシフトチェンジしたんだ。分割数は少なくなったし、体力が減ると、分割数がさらに減ってしまうこともあるが、逆に、体力のことを考えなくて済む。いやぁ、時代はやはりオートマですなぁ」
 そう言ってカメラは、照れくさそうに後頭部を右手でさすった。
「何のつもりだ」
 イノシシの眉間に皺が寄る。
「ん?」
「何のつもりで、俺に能力を明かした」
「これから、勝負は一瞬で決まる。そして、僕が勝つ」
 この、カメラの一言で、戦闘が再開された。
 カメラが止まったことに気付いたイノシシが、すぐさまカメラに突進した。
 しかし、止まっていたカメラは、イノシシの牙が当たる寸前に消え、イノシシの左手側に出現したかと思うと、右足を小さく伸ばし、走っているイノシシの足に引っ掛けた。
 イノシシの体が前に傾いていくが、カメラはすかさず、イノシシの後頭部を右手で掴み、両足を浮かせ、全体重をかけ、イノシシの頭を地面に叩きつけようとしていた。
「なめるな!!!」
 イノシシがそう叫んで、豪快な鼻息を出す。
 カメラが能力でパワーアップしたことによって、イノシシの鼻息と押し合う形となった。
 だが、パワーアップしたのは、カメラだけじゃなかった。
 イノシシの鼻息の量が増えたのだ。
 粘り気のある、鼻水が出る程に。
 結果、カメラの右手がイノシシの後頭部に押し負け、さらに、カメラの両足が浮いていた為、カメラは回転しながら、校庭の端に飛んでいってしまった。
 だが、飛ばされた筈のカメラが不敵に笑い、攻撃を見事に防いだ筈のイノシシが、怒りに震え、牙を剥いていた。
「手を抜いたな!!!」
 イノシシがそう吠えるが、カメラは右手の平を広げ、イノシシに向けた。
「やはり、僕が勝つ。イノシシ、戦闘において大事なことは、相手が何をしようとしているのかをいくつか想定しておかなければならないことだ。そこが、君に大きく足りないところだ」
 そう言ってカメラは、そのまましゃがみ、手の平を地面に付け、砂粒を一つ拾った。そして思い切り上に投げ上げたのだが、よく目を凝らして見ると、その砂粒はカメラの横で止まっていた。
「僕は、これを繰り返した。何度も何度も、色々なものを投げた」
「何故、上に投げる!俺はここだぞ!」
 イノシシが走り出そうと、腰を屈めたそのとき。
 イノシシの足元から、白濁した半透明の塊が大きく膨らみ、イノシシの全身をがっちりと捉えたのだ。
「能力を説明した。だからもしかしたら、相手はこういう作戦を展開してくるだろう、を素早く、そしてたくさん想定しなければな、イノシシ君」
 塊から抜け出そうと、必死に手足を動かすイノシシだが、取れる気配がまるでない。
「君から鼻水を吹き出させる為に、鼻息の量を増やしてもらう為に手の力を調節したんだよ。そのまま地面に顔面を叩きつけることもできたのだが、それじゃ倒せない気がしてね」
「鼻水…」
 イノシシのやる気が一気に落ちていくのが見えた。
 カメラが、一つ手を叩く。
「さぁ、答え合わせだ。鼻水の粘り気もあるが、見たことないか?蟻が水滴に捕まっているのを。あれは表面張力によるものだが、君のもそれと同じ原理。鼻水を拡大させ、水滴に捕まる蟻と同じ状況にした。ま、鼻水の粘り気もあるんだが」
 イノシシは、一応手足を動かしているが、力を感じなかった。
「さて、次に、先程投げた砂粒」
 そう言ってカメラは、空中で止まっている小さな砂粒を眺め始めた。
「これだけの小ささだ。人体のパラパラ漫画より負担はずっと少ない。だから、分割数はかなり増え、そして、パワーをたくさん溜めることができる。あとは、その岩が出現したところで拡大をすれば…」
 カメラの瞳が赤く光ると、イノシシの真上に、大きな岩が現れた。
「勝負ありだ」
 大岩はそのまま落下し、何かが砕けたような音と鼻水の弾け飛ぶ音が、静かな会場内に鳴り響いた。
 しかし、カメラの瞳は赤いまま。
「ジュウキ」
 気付けば、ジュウキは大岩の横に立ち、両手を地面に突っ込んでいた。
「よっこらせ」
 ジュウキは軽々と、地面ごと大岩を持ち上げた。
「そのまま、医者のとこまで行ってくれ」
「うん」
 ジュウキは満面の笑みを浮かべ、小走りで校庭を退場していった。
 そして、ジュウキの姿が見えなくなると、カメラは静かに目を閉じ、能力『REC』を解除した。



 カメラvsイノシシ

 勝者 カメラ
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