第6話 僕と道徳

文字数 3,604文字

 この仕事において、単独行動というのは、職務放棄と何ら変わりは無い。
 逆に、専門家がいれば、この仕事が成立するわけなのだが、その専門家が例えば、殺しの専門家でも、諮問sにとっては重宝すべき人材となるのだ。
「よ、しもんちゃん」
 殺しの専門家『道徳』だ。
 道徳曰く、センスがある奴は戦いにおいて、常に相手を殺すつもりで戦略を立てているらしい。
 現に道徳がそれなのだが、殺すつもりの作戦は、もし失敗しても、大ダメージが期待できる。だから基本的に戦闘の依頼が来ると、まず道徳に諮問し、作戦を立ててもらう。
 勿論、金次郎もいるのだが、金次郎は戦闘のプロだ。
 人を殺すようなヘマは絶対にしない。
 問題は、僕だ。
 僕が戦場に立たなくてはならなくなったとき、加減を忘れて、うっかり人を殺してしまうかもしれない。
 そういうことがないように、道徳から作戦をもらい、そして作戦の失敗をできる限りいくつも想定し、それを僕が実行する。
 失敗が、僕にとっては成功になるから、プレッシャーがあまりなく、実に仕事がしやすい。
「深夜の学校に招待された。何かを企んでいることは間違いない」
「今回は遊び?戦い?」
 そう言って道徳は、プリペイド式携帯電話を取り出した。
 殺し屋が言うと、遊びは不穏に聞こえるが、道徳の場合だと本当にそのままの意味になる。
 道徳が『図工』と『音楽』と呼ばれている仲間と一緒に、ただただ対象と遊ぶだけだから、誰も死なないのだ。
「戦いだ」
「おっけー」
 プリペイド式携帯のボタンの音が、カチカチと心地良く鳴り響く。
「諮問sで初めて、道徳に殺しの依頼をするかも」
「まじか」
 道徳の、携帯のボタンを押す手が止まる。
「ま、僕、殺し屋だから。問題はないよ」
「すまない」

 およそ六時間前。
 僕は、単独行動という愚を犯してしまった。
 一人で、宗校長がいる学校に乗り込んでしまったことだ。
「ではまず、こちらに今日の日付とお名前をご記入ください」
 事務員の女性が、僕にそう促した。
 僕は言うとおりにして、一通り手続きを終わらせた。
「ご用件は?」
「宗校長に会いたいのですが」
 すると、事務員の女性の顔つきが急に明るくなった。
「もしかして、諮問s様でしょうか?」
「は、はい。そうですが」
 僕がそう言うと、事務員の女性が黒のバインダーを取り出し、
「こちらにお名前だけをご記入ください。諮問s様には、深夜に会うと、校長先生が仰っておりました」と言った。
「深夜?」
 僕は、再び名前を書き、黒のバインダーを事務員の女性に渡した。
「えぇ、ですからまた深夜に、この学校へとお越しください」
 事務員の女性はそう言って微笑み、そしてパソコンに向き直り、キーボードを叩き始めた。
 僕はこの状況を飲み込むのに少し時間がかかったが、飲み込むしか選択肢がないと気付くと、そこからはあっという間だった。
 僕は走って、学校の敷地から出た。
 何という幸運。何故僕は、一人で敵地へと出向いたのか。自分の行動に恐怖を覚えた。
 同じ轍は踏まないと決意しただけだ。それだけで、自分の単独行動を許してしまう。
 僕は、携帯を取り出し、電話帳に載っていない番号を等間隔のリズムで打ち込んだ。
 僕にとって、特別な番号だから、番号を暗記していた。
 相手は、一度もコール音を鳴らすことなく、電話に出た。
「道徳、今から会えないか?」
 何も返事がなかった。
「深夜の学校で待ち合わせだ」
 僕がそう言うと、
「面白そうだ」と、道徳は言って、電話を切った。

 そして現在に至る。
 僕と道徳は、鍵がかかった校門をよじ登り、小学校の敷地内に入った。
「しもんちゃん、本当にアポは取っているのかい?」
「事務の女の子が確かに言ったんだ。僕もてっきり歓迎してくれるものだと思っていたのだが」
「これじゃ侵入だ」
 そう言って道徳は、けらけらと笑った。
 これでいい。緊張感は無くとも、これが諮問sなのだ。
 しかし、鍵がかかっていたのは、校門だけで、むしろ正面玄関は開けっ放しだった。
 これには道徳も、
「何か安心した」と、安堵の息を吐いていた。
 道徳が『道徳』と呼ばれる所以。それは殺す対象が提示したルールを絶対に守ること。
「じゃあ、相手が殺さないでくれって言ったら、どうなるんだ?」
 ある日の酒場で僕がした質問。だが、道徳は親切に答えてくれた。
「殺さないよ」
「じゃあ、任務は失敗になるのか?」
 二回目の「じゃあ」。これにも道徳は答えてくれた。
「いや、それがね、何故か死ぬんだ。それを言った人は全員」
 そこからは、酒が大いに進んだ。何故、その言葉を発しただけで、死んでしまうのか、を深夜の全てを使って話し込んだ。
 勿論、酒が入っているから、話の九割はおふざけだった。
「殺さないでくれ」という言葉に、道徳の体が反応し、頭皮から毒の粉を撒き散らすとか。
 全ての人が、道徳の前では「殺さないでくれ」アレルギーになり、その言葉を発すれば、たちまちアナフィラキシーで、とか。
 道徳の特殊なオーラが「殺さないでくれ」という言葉を実体化させ、その言葉を発すれば、声帯から実体化された言葉が飛び出し、喉を詰まらせて、とかとか。とにかくふざけた九割だった。
 では、残りの一割で、何を話したのか。
 実は道徳にだけ起きるこの現象は、道徳の「能力」という言葉であっけなく片付いたのだ。根拠はまるで無いが、そのときはお互いが納得したから、一割で終わることができた。
「つまりな、道徳と対象者が向き合い、対象者が殺されない為のルールを提示したら道徳の能力が発動するわけだが、ルールの内容はあくまでも『殺されない』為のもの、『殺せない』ルールは違反になるってことだ。ただ、この能力。もし、この能力が、僕の言った通りの内容なら、一つ厄介な点がある」
 すると道徳が腕を組み始め、
「無言の奴には通じない?」と言った。
 おそらく当時の僕は、英語で「その通り」と言ってはしゃいでいたと思う。あまり覚えていないが。
「そして、いつだって強い奴ほど、あまり喋らないからな~。そう、この能力は無言でいれば発動しない、というのが僕の予想」
「なるほど」と、道徳は納得している様子でもあったが、どこか府に落ちない様子でもあった。当然である。
「でも能力って、漫画の世界じゃないんだから」
 そう言って道徳は、笑ってしまった。
「仕方ない」
 僕は、その酒場に理科を呼び出し、僕の能力を道徳に見せてみた。
 そこからだ。たまたま酒場で出会った僕と道徳が、互いに惚れ込み、共に仕事をするようになったのは。
 それが四年前くらいか。
 殺しの専門家なんて、諮問sに入れるつもりは毛頭無かったが、殺し一つ取っても、様々な技術が関わっている。むしろ何かを極めた人が目の前にいるのなら、迷わず大事にしなければならない。
 道徳は、僕にそう思わせてくれた、貴重な人間なのだ。
 そんな道徳と、今回は行動を共にするのだ。

 正直、宗校長は怖い。だが、そう思ったときは決まって道徳を頼ってしまうのだ。
「びびってるね、しもんちゃん」
 道徳は、下駄箱で靴を脱ぎ、学校に置いてあるスリッパを履いた。
「あぁ」
「ふっ、全く」
 そう言って道徳が、鼻で笑ったそのとき、校内放送が流れ始めた。

(諮問sのしもん君、とそのお連れさん。えぇ、至急、校長室へ)

 明らかに宗校長の声だ。
 不思議なもので、いくつになっても、呼び出しをくらうとヒヤリとしてしまう。
「一緒に怒られようぜ」
 道徳は不敵に笑い、僕の背中に手を置いてくれた。
 細長い掌なのに、金次郎と同じくらい心強かった。
「安心する」
「ノンノン」
 道徳は、人差し指を左右に振った。
「しもんちゃん」
「金次郎の手の方が安心するかな」
 すると今度は、親指を上に向けて、
「グッドだ。口を減らすなよ、しもんちゃん」
 そう言って道徳は、目の前にある校長室の扉を二回叩いた。
「失礼致します」
 道徳がいて良かった。本当に。

 ただ、道徳がいても、やはり宗校長は恐怖の存在だった。
 何を言い出したと思う?
 校内で鬼ごっこをしよう、だって。
 だけど、何よりも恐ろしかったのは、
「校内は走ってはいけない」
「当然でしょ?学校なんだから」
「あ、でも、私は走るけどね」
 と言って校長は、近くにいた教頭兼『体育』に何かを命じると、体育は、僕と道徳の両手首と両足首に、驚くような速さで、白い輪っかのようなものを装着させた。
「君たちが鬼、走れば、それ、爆発。お分かり?」
 気付けば体育がいなくなっていたが、それに気付いたのは恐らく僕だけ。
「あ、安心してよ。死体に傷は残らないようにするから」
「え?」
 僕はふと、道徳を見たのだが、道徳は天井を見上げ、何かブツブツ言っていた。そして、何かに納得したのだろうか。小さく、本当に小さく笑みを浮かべたあと、表情を一気に消し、視線を宗校長に戻し、ただただ真っ直ぐ、宗校長の目を見続けていた。
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