第25話 ノライヌサイド
文字数 2,312文字
でこぴん。
あれだろ?
中指の先を、親指の腹に引っ掛けて、弾く。
力を溜めれば溜める程痛い、あの。
まさか、でこぴんで僕を倒そうなんて。
不可能か?
いや、中指と親指が、あれだけでかいんだ。
やられてしまう。
僕の前には、ナカユビと、その背後にオヤユビがいた。
斧を右手に持つ、細長いナカユビと、全身が、異常に膨らんだ筋肉に包まれているオヤユビ。
ナカユビが動き出した。
そして、それに合わせてオヤユビも動き出す。
ナカユビが僕の間合いに入る手前で、斧の柄を両手で握り締め、大きく振りかぶった。
斧を武器にする以上、振りかぶらないと決定的な攻撃を与えられない。攻撃が当たれば決定打になるが、大きく振りかぶる分、隙が生まれる。
その隙を、オヤユビが補うというわけか。
隙を突けば、オヤユビに防御されるが、かといって、その隙を突かなければ、オヤユビも攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
どっちにしろ隙を突くのは危険だ。
斧が振り下ろされた。
僕は、意識の八割程を、オヤユビに向けた。
オヤユビは、何も仕掛けてこなかった。
「ならば…」
ナカユビの斧を避けても、その先にオヤユビがいる。
オヤユビと闘っている間に、ナカユビが次の武器を持って、攻撃を仕掛けてくる可能性がある。
ならば。
斧を受け止め、ナカユビを一瞬盾にする。
その一瞬でオヤユビを一気に折る。
僕は、来たる斧の刃を掴もうと、斧に全ての意識を向けた。
「な…」
だが、斧はまだ、ナカユビの頭の上にあった。
オヤユビが、斧頭を掴んでいたのだ。
僕は瞬時に『でこぴん』の意味を理解し、脚に力を込めた。
強烈な一撃が、地面を深く抉った。
土埃が舞う。
掠ったか。
鋭い痛みが、右のふくらはぎに走った。
小さな傷だったが、斧とは思えない程、切り口はとても綺麗で、ぱっくりと開いていた。
オヤユビが、斧頭を掴み、力を溜めて一気に弾く。そしてナカユビが、その力の大きさを瞬時に把握し、斧の最適な引き切り方を瞬時に導き出すことによって、斧の切れ味を最大限に鋭くしている。
「成程、確かに『でこぴん』だ」
ナカユビが地面に深く刺さった斧の柄を掴み、腰を落とし引っ張っているが、中々抜けない。
それを見かねたオヤユビが、斧頭を摘み、上に引っ張ると簡単に斧が抜けた。
「いかに、相手の想定を上回れるか。だな」
オヤユビとナカユビの背後にいるガラクタが口を開いた。
ガラクタはさらに続けた。
「そしていかに、自分の想定を広げられるか」
オヤユビが持っていた斧の柄をナカユビが掴んだ。
隙があるが『でこぴん』をまともに食らえば、一回で骨まで切られそうだ。
だが、隙を突こうとしても、オヤユビが斧頭を掴まずに、ナカユビがそのまま斧を振り下ろしてきたら、避けるのが遅れる上に手の空いたオヤユビが傍にいる。
「いや」
目で追うのは、もうやめよう。
「ほう、目を閉じるか…」
僕は、鼻で大きく息を吸い込んだ。
ガラクタの声が、そして、周囲の音が次第に遠くなっていく。
もう、僕に攻撃は当たらない。
僕の、異常嗅覚によって。
ヒトの呪いを授かったとはいえ、もとは『イヌ』だ。
だから、嗅覚は鋭いほうだ。
だが、ヒトの呪いのお陰で、僕の嗅覚に変化が起こった。
それは、鼻息を吸っている間、僕の半径十メートルの空間を把握できるようになったことだ。
目で見る世界には死角が存在するが、僕のこの嗅覚は、半径十メートル以内なら死角が存在しない。
だから、ナカユビの後ろに隠れているオヤユビの動きも手に取るようにわかる。
「だから、オヤユビは斧を掴む」
「なに!?」
ナカユビが振り上げた斧の斧頭を掴むオヤユビ。
隙が生まれた。
即行動だ。
僕は、ナカユビの頭部を掴み、首の骨をへし折り、そして頭部を掴んだまま足を振り上げ、オヤユビの首を折るつもりで思い切り蹴り上げた。
しかし、オヤユビの首は折れなかった。
「さすがオヤユビ、硬い」
「目を瞑ったままか」
ガラクタが手を叩きながら、感心していた。
僕は目を開け、息を大きく吐いた。
「イヌだから嗅覚か?だが、嗅覚の発達で、相手の動きがわかるものなのか?」
「少しでも動けば、匂いはその場に残る。その匂いから判断するだけ。例えば、オヤユビの斧頭を掴む行為。オヤユビは全身で斧頭を掴もうと準備する。呼吸、筋肉の動き、目玉の動き。仮に、フェイントを仕掛けようとも、無意識に体は準備をし、匂いを残している。その匂いを嗅いでいるだけ」
「なるほどな」
僕は、仰向けに倒れていたナカユビを見た。
ナカユビは、無表情で空を見ていた。
「骨を折られちゃ、もうナカユビは動けないな」
ガラクタが笑いながらそう言って、近くにいたクスリユビの頭を撫でていた。
「ただ、オヤユビを折るのは、骨が折れる…ふっ」
ガラクタは、一人で笑っていた。
「お前を殺せば、オヤユビもクスリユビも消えるよな」
すると、ガラクタは一瞬、笑うのを止めた。
「試してみてもいいが、そんなことを言うと…」
そう言ってガラクタが、クスリユビに視線を移す。
僕もそれにつられ、クスリユビを見ると、クスリユビはナイフで自身の両アキレス腱に切り込みを入れていた。
「な…」
僕は思わず、声が漏れた。
自身でアキレス腱に切り込みを入れたことじゃない、アキレス腱に切り込みを入れた後のクスリユビの体の変化だ。
少女から女に。
「クスリユビはこえーぞ」
僕は急いで目を瞑り、大きく鼻息を吸い込んだ。
「百六十センチ。八十七、六十三、八十九。ふむ…」
中々だ。
「だが、脅威なのか?」
ガラクタはそれを聞き、不適に口角を上げた。
「馬鹿。いつだって、女は恐ろしいんだよ」
あれだろ?
中指の先を、親指の腹に引っ掛けて、弾く。
力を溜めれば溜める程痛い、あの。
まさか、でこぴんで僕を倒そうなんて。
不可能か?
いや、中指と親指が、あれだけでかいんだ。
やられてしまう。
僕の前には、ナカユビと、その背後にオヤユビがいた。
斧を右手に持つ、細長いナカユビと、全身が、異常に膨らんだ筋肉に包まれているオヤユビ。
ナカユビが動き出した。
そして、それに合わせてオヤユビも動き出す。
ナカユビが僕の間合いに入る手前で、斧の柄を両手で握り締め、大きく振りかぶった。
斧を武器にする以上、振りかぶらないと決定的な攻撃を与えられない。攻撃が当たれば決定打になるが、大きく振りかぶる分、隙が生まれる。
その隙を、オヤユビが補うというわけか。
隙を突けば、オヤユビに防御されるが、かといって、その隙を突かなければ、オヤユビも攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
どっちにしろ隙を突くのは危険だ。
斧が振り下ろされた。
僕は、意識の八割程を、オヤユビに向けた。
オヤユビは、何も仕掛けてこなかった。
「ならば…」
ナカユビの斧を避けても、その先にオヤユビがいる。
オヤユビと闘っている間に、ナカユビが次の武器を持って、攻撃を仕掛けてくる可能性がある。
ならば。
斧を受け止め、ナカユビを一瞬盾にする。
その一瞬でオヤユビを一気に折る。
僕は、来たる斧の刃を掴もうと、斧に全ての意識を向けた。
「な…」
だが、斧はまだ、ナカユビの頭の上にあった。
オヤユビが、斧頭を掴んでいたのだ。
僕は瞬時に『でこぴん』の意味を理解し、脚に力を込めた。
強烈な一撃が、地面を深く抉った。
土埃が舞う。
掠ったか。
鋭い痛みが、右のふくらはぎに走った。
小さな傷だったが、斧とは思えない程、切り口はとても綺麗で、ぱっくりと開いていた。
オヤユビが、斧頭を掴み、力を溜めて一気に弾く。そしてナカユビが、その力の大きさを瞬時に把握し、斧の最適な引き切り方を瞬時に導き出すことによって、斧の切れ味を最大限に鋭くしている。
「成程、確かに『でこぴん』だ」
ナカユビが地面に深く刺さった斧の柄を掴み、腰を落とし引っ張っているが、中々抜けない。
それを見かねたオヤユビが、斧頭を摘み、上に引っ張ると簡単に斧が抜けた。
「いかに、相手の想定を上回れるか。だな」
オヤユビとナカユビの背後にいるガラクタが口を開いた。
ガラクタはさらに続けた。
「そしていかに、自分の想定を広げられるか」
オヤユビが持っていた斧の柄をナカユビが掴んだ。
隙があるが『でこぴん』をまともに食らえば、一回で骨まで切られそうだ。
だが、隙を突こうとしても、オヤユビが斧頭を掴まずに、ナカユビがそのまま斧を振り下ろしてきたら、避けるのが遅れる上に手の空いたオヤユビが傍にいる。
「いや」
目で追うのは、もうやめよう。
「ほう、目を閉じるか…」
僕は、鼻で大きく息を吸い込んだ。
ガラクタの声が、そして、周囲の音が次第に遠くなっていく。
もう、僕に攻撃は当たらない。
僕の、異常嗅覚によって。
ヒトの呪いを授かったとはいえ、もとは『イヌ』だ。
だから、嗅覚は鋭いほうだ。
だが、ヒトの呪いのお陰で、僕の嗅覚に変化が起こった。
それは、鼻息を吸っている間、僕の半径十メートルの空間を把握できるようになったことだ。
目で見る世界には死角が存在するが、僕のこの嗅覚は、半径十メートル以内なら死角が存在しない。
だから、ナカユビの後ろに隠れているオヤユビの動きも手に取るようにわかる。
「だから、オヤユビは斧を掴む」
「なに!?」
ナカユビが振り上げた斧の斧頭を掴むオヤユビ。
隙が生まれた。
即行動だ。
僕は、ナカユビの頭部を掴み、首の骨をへし折り、そして頭部を掴んだまま足を振り上げ、オヤユビの首を折るつもりで思い切り蹴り上げた。
しかし、オヤユビの首は折れなかった。
「さすがオヤユビ、硬い」
「目を瞑ったままか」
ガラクタが手を叩きながら、感心していた。
僕は目を開け、息を大きく吐いた。
「イヌだから嗅覚か?だが、嗅覚の発達で、相手の動きがわかるものなのか?」
「少しでも動けば、匂いはその場に残る。その匂いから判断するだけ。例えば、オヤユビの斧頭を掴む行為。オヤユビは全身で斧頭を掴もうと準備する。呼吸、筋肉の動き、目玉の動き。仮に、フェイントを仕掛けようとも、無意識に体は準備をし、匂いを残している。その匂いを嗅いでいるだけ」
「なるほどな」
僕は、仰向けに倒れていたナカユビを見た。
ナカユビは、無表情で空を見ていた。
「骨を折られちゃ、もうナカユビは動けないな」
ガラクタが笑いながらそう言って、近くにいたクスリユビの頭を撫でていた。
「ただ、オヤユビを折るのは、骨が折れる…ふっ」
ガラクタは、一人で笑っていた。
「お前を殺せば、オヤユビもクスリユビも消えるよな」
すると、ガラクタは一瞬、笑うのを止めた。
「試してみてもいいが、そんなことを言うと…」
そう言ってガラクタが、クスリユビに視線を移す。
僕もそれにつられ、クスリユビを見ると、クスリユビはナイフで自身の両アキレス腱に切り込みを入れていた。
「な…」
僕は思わず、声が漏れた。
自身でアキレス腱に切り込みを入れたことじゃない、アキレス腱に切り込みを入れた後のクスリユビの体の変化だ。
少女から女に。
「クスリユビはこえーぞ」
僕は急いで目を瞑り、大きく鼻息を吸い込んだ。
「百六十センチ。八十七、六十三、八十九。ふむ…」
中々だ。
「だが、脅威なのか?」
ガラクタはそれを聞き、不適に口角を上げた。
「馬鹿。いつだって、女は恐ろしいんだよ」