第40話 俺としもんと宗校長

文字数 3,011文字

 当然、巨人と闘ったことなんて一度も無かった。
 さっきの巨人のあの一撃。
 あの一撃で俺は、久々の敗北を味わってしまった。
 敗北を味わって、生き残ってしまった。
「あぁ」
 まだまだ俺は強くなれる。
 これからまた、無我夢中に鍛錬する日々を送れるんだ。
 だとしたら、なんて美味なんだ、敗北は。
「ま」
 その日々を送るためには、まず、目の前にいる巨人を倒さないとなんだけどね。

 今この場で、無条件で『宗校長』と闘えるのは俺しかいない。
 しもんは『ヤマカガ』との闘いでダメージを負っているし、ヤマカガの毒のような、しもんが強くなれる条件を巨人と化した宗が持っているとは、到底思えない。
 シンプルな肉弾戦。
 だが、相手の身長は十メートル程で、全身、草や木で覆われていた。
 ただ、人と同じ姿かたちをしているから、狙うべき場所は自ずと見えてくる。
 俺は、ふくらはぎに力を込め、一気に宗との距離を詰めた。
 体がでかい分、動きは遅い。
 俺は、宗の巨大な脛に跳び蹴りを食らわせた。
「え?」
「ん?」
 俺はすぐさま、宗の間合いの外に出た。
「そんな蹴りでは、私は崩せないよ金次郎君」
 そう言って宗は、蹴りを食らった方の足を二、三回揺らした。
 舞い散る枝や葉と、そして土と。
 あれだけの巨体を動かすんだ、必ず芯となる骨がある筈だ。
 俺が蹴りを入れたときにそれは確認できたのだが、奴が身に纏っている草や木や土が、緩衝材の役割を果たし、俺の攻撃を骨身に響かせてくれなかった。
 相当、強い力が要る。
 ただそれは、打撃においてのみ。
 次は、関節を狙う。
 再び俺は、宗の間合いに入り、全速力で宗の体を駆け登った。
 草や木が生い茂っている分、登りやすく、容易に宗の左肩まで到達することができた。
 すると、宗の巨大な右手の平が、俺を掴もうと迫ってきた。
 俺は思い切り宗の左肩を蹴って、迫りくる右手の平に、肩から突っ込んでいった。
 そして押された右手の平は、宗の右肩を中心に回転し始め、半回転した辺りで、俺は宗の右親指を掴み、右手首を、俺から見て時計回りに力いっぱい捻った。
 狙いはハンマーロックだが、取り押さえるのが目的じゃない。
 宗の右手の甲が背中に到達した瞬間、俺は宗の右手を下から蹴り上げた。
「ぐわっ!!!」
 宗の悲鳴と共に、骨が外れたような音が俺の耳に届く。
「さすが金次郎、だが」
 宗の右肩から、さっきと似たような音が鳴った。
「私、再生しまーす」
 そう言って宗は、得意気に右肩を回し始めた。
「『ヤマ』の呪いだよー?どれだけ傷つけられようが燃やされようが、何度でも復活できる不死身の呪い!!!これを得るのにどれだけ…」
 宗の顔面も草や木に覆われているが、きっと癇に障る笑みを浮かべているのだろうな。
「き、きん」
 宗が話している途中でしもんが、ようやく口を開いてくれた。
「よう、しもん。気分はどうだ?」
 生唾を飲んだのか、しもんの喉仏が上下に動く。
「最高だよ、最高過ぎて言葉が見つからなかった」
 再び、しもんの喉仏が動いた。
「いつか考えていたことがあって、目の前にあるこのどでかい山が動き出したら、どれだけ怖いんだろうかって…でも」
「でも?」
「でかいって、やっぱすげぇなぁ」
 こんなときでも、しもんの目は輝いていた。
「分かるよ、体の奥底から震えるこの感じ」
「あぁ」
 しもんは口を開け、宗校長を見上げ眺めていた。
「しもん、依頼を忘れたか?」
「あ!」
 そう言うとしもんは、慌てて口を閉じた。
「金次郎、どうやって倒す?」
「とりあえず、色々な方法で攻撃してみる。何せ、あいつ不死身らしいから、殺すつもりで仕掛けてみるよ」
 するとしもんは、笑いだして、
「そうだな、じゃあ僕は、宗を倒す方法を色々考えてみるよ」と言って、右手の平を俺に向けてきた。
 俺はそれを軽く叩き、宗へと向き直った。
 宗はまだ話を続けていた。
「金次郎」
 しもんが俺を呼んだ。
「何だ?もう倒す方法思い付いたのか?」
 俺がそう訊くとしもんは、
「うん」と言って、宗を見上げた。
「二人で草むしりだ」

 俺としもんは、しもんがトラックの運転席から取ってきた軍手をつけて、宗校長と向き合っていた。
「胸元あたりの木々の隙間から妙な穴が見えた」
 しもんがそう囁いてきた。
「よく見えるな」
「その穴を確かめる度に、邪魔なものをむしるぞ」
「おっけい」
 俺はしもんのTシャツの襟もとを掴み、宗校長の胸元目掛けて思い切りしもんを投げつけた。
 しもんは、宗の胸元の草木に頭から突っ込み、すぐに体を沈めていった。
 そして俺も、全速力で宗校長の胸元に飛び込み、無心で目の前の草をむしっていった。
 千切るのではなく、根ごと抜き取るイメージで。
 宗が悲鳴をあげているが、お構いなしだ。
「あ」
 ある程度むしったときだった。
 トンネルを小さくしたような穴がいくつも見つかった。
 すると次の瞬間、俺の体に押し潰されたような衝撃が何回も襲ってきた。
 そして、その辺の草木ごと俺は宗に強く握られ、投げ飛ばされた。
 全身に、鈍い痛みと鋭い痛みが走る。
「あいつが転げ回ったから、吹き飛ばされたよ」
 全身傷だらけのしもんが、右腕を抑えて立っていた。
「大丈夫か?」
「あぁ…多分な、右腕の感覚がないけど、それよりあれ」
 そう言ってしもんは、宗を指した。
 宗の胸元の草木は禿げ上がり、茶色い土と先程見た無数の小さなトンネルがむき出しになっていた。
「あの穴に攻撃を仕掛けるか?」
 しかししもんは、少しだけ怯えている様子だった。
「きん、あの穴の中見たか?」
「いや、見てない」
 泥だらけのしもんの頬に、汗が一筋伝う。
「どうした、しもん」
 しもんは深く息を吸い、そして大きく息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「国語がいた」

 あまりに急だったが、俺はすぐに飲み込んだ。
「確かか?」
「あぁ、間違いなく国語だった」
「…安否は」
「分からない。国語は目を瞑っていただけだから。脈とか呼吸とかは」
「そうか」
 しもんはそのまま黙り込んでしまったが、しもんの目は何も諦めてはいなかった。
「ほいでどうするよ、しもん」
 するとしもんは、間髪入れずに答えてくれた。
「あのトンネルを全て引っこ抜く、そのあと、宗をぶっ倒す」
「よし」
 俺は、自分の頬を叩き、しもんの前に立った。
 全身痛むが、今なら何だってできそうだ。
「しもん、俺に任せろ」
 何だか視界に靄がかかってきたが、問題ないだろう。
「いや、金次郎。血の量すげーけど、大丈夫か?」
「え?」
 しもんを見ようと後ろを振り返ったときだ。
 大量の足音と同時に、視界の隅で何人かの人影を捉えた。
 ますます視界の靄が濃くなっていたが、そんな中でも『理科』と『社会』の姿を辛うじて捉えることができた。
 しかし、そのあとすぐに、俺の視界が真っ黒に染まってしまったのだ。
 ただ、全てが途切れたわけではなかった。
 途中、俺の口回りが物凄く柔らかい何かに包まれ、そして舌先で感じる何とも言えない弾力と少々の甘み。
「きんじろう、あなたの本当の力、引き出してあげる」
 この声は、理科か?
「あのときを思い出して。飲むのよ」
 そんなこと言わずとも、勝手に喉へと落ちていっている。
 甘みが全身を駆け巡る。
 体の力が段々と抜けていく。
 深い眠りを保証してくれる、あの幸福感だ。
 だが俺は、眠らなかった。
 心も体も。
 むしろ、起き上がっていたのだ。

 漲る力、溢れる筋肉。
 最高の気分だ。
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