第10話 再生液
文字数 2,249文字
背徳が、僕の寝つきを良くするんだ。
???
そうなるよね。例えば、歯磨きをしないとか。
???
あー…。歯磨きしなきゃって思えば思うほど、眠くなってね、まぁ、最終的には歯磨きせずに眠ってしまうんだけど。
虫歯になっちゃうよ。
それがならないんだ。天邪鬼だから。
理科は骨壺程の大きさの、透明なガラスの容器に何やら、ピンク色のジェルを注入していた。
「しもんを元通りにする、実はこれ、作業内容はとてもイージーなの」
四つ。理科は、ジェル入りのガラス容器を用意していた。
「しもんの天邪鬼を利用する」
「どう利用するの?」
私の純粋な疑問。
「多分なんだけど、しもんの脳は手足を失ったことを認めていない」
そう言って理科は、ある方向を指さした。
私が今、最も目を逸らしたいもの。しかし、理科は私がそれを見るのを待っている。
私は、恐る恐る、それを見た。
「しもん…」
しもんはベッドに横たわっていて、さらに、両手首と両足首に巻かれている包帯を、真っ赤に染めていた。
「これを見て」
理科は、しもんの頭部の近くにあったパソコンの元へ行き、画面をこちらに向けてきた。
何十本ものチューブが、しもんとパソコンの周辺機器を繋いでいた。
「脳がね、手足を動かす信号を出し続けているの」
「幻肢痛とは違うの?」
「脳波に乱れは見られない。つまり、痛みは感じてないみたいなの」
場違いな目の輝きを放っていた理科。
ちょっとむかついたけど、多分あの台詞を待っているのだろう。
「だから何なの?」
「待ってました」と言わんばかりににやつく理科。
「むふ、そこでこの子たちのでっばーん(出番)」
理科は、赤いジェルが入ったガラス容器を指した。そして息を大きく吸い込み、理科は続けた。
「その名も………再生液!!!」
「と、言われましても…」
と、私は苦笑いするしかなかった。
「だよねだよね。でも、難しい説明は要らないんだ。先程も言ったように、作業自体はイージーなんだよ」
「私にもできる?」
「できる。このジェルに、しもんの切断面を突っ込むだけ」
そう言って理科は、しもんの右手首に巻いてあった包帯を解いていった。
目を逸らそう。では無かった。少しだけ、包帯の中身が気になってしまったのだ。
しかし、耐えられなかった。切断面を一瞬見て、無意識に目が違う方向へと向かい、無意識に両肘をさすっていた。
「私がやるよ。国語は外で」
「いやだ、いる」
どうしてもここにいたかった。
「別に、キスとかしないよ?」
「理科、するつもりだったのね!?」
決まった。しもんを守る。それが私の、今の仕事。
「フレンチよ、フレンチ」
「理科」
しもんの両手足首の切断面は今、無事に再生液に漬かった。
「うむ、後はしもん次第」
理科はそう言って一回、何かのボタンを押すと、椅子に腰掛け、コーヒーを一口啜った。
「まさか、このゼリーがしもんの手足に変わるの?」
「そんな面白味のないもの、私はつくらないよ」
理科は、コーヒーをまた一口啜り、
「このゼリーはね、脳の信号に反応して変化するの。見て」と言って、しもんの右手首側を指した。
理科に促されるまま、私はしもんの右手首側の再生液に視線を移した。
「あ…」
うっすらとだが、再生液の中で、手の影が浮かんでいた。他の再生液も同様だ。足なら足の影が、うっすら浮かんでいた。
「この影に沿って、骨やら血管やら神経やら筋肉やら皮膚やらが成長する。本当にしもんて興味深い。この再生液ね、元は失敗作だったの。でも、しもんの天邪鬼がこの子の使い道を広げてくれた」
私は何も返すことができなかったから、黙って理科を見つめた。
理科は続ける。
「文字通り、損傷した人体の再生を目的に再生液を作ったんだけど、しもん以外の人間は皆、元通りに再生しなかった。歪んだり、影すら浮かばなかったりした。でもそれが普通の反応。むしろ脳自体はとても賢いぐらい」
理科はへへ、と笑い、こう続けた。
「しもんってさ、バカよね」
「それは分かる」
ようやく反応できるテーマが来たと思った。
「失っても、それを認めず、むしろいつもと変わらぬ振る舞いをするしもんの脳。そのおバカに、私は救われた」
理科が、しもんの良さをちゃんと知っていることに少し嬉しさもあったが、ちょっとだけ嫉妬もした。
「でもね、しもんのことを深く深―く知っている私でも、脳というのはすごく難しい」
「ちょっと?」
「微弱な信号をこちらから送って、しもんの脳の補助をする。この微弱さが肝でね、少しでもこれより強くすると、しもんの脳は天邪鬼を発動してしまい、信号を拒否してしまう」
「長期戦になりそうね」
すると、理科は不適に微笑み、
「私だけね?あなたは、関係ないわよ?およそ、一か月間、私はしもんとずーっと一緒よ」と言って、私に目配せを寄越してきた。
「それは許さない」
「えー?どう許さないの?」
「それは…」
私は、理科から目線を逸らし、急いで考えた。が、
「ま、手伝って欲しいことが山ほどあるから、いて頂戴な」
不本意ながら、自分でも分かるくらいに私は、顔を明るくしてしまった。
まずは骨からだった。目が覚めるたびに、骨が伸びていて、やがて手の形に成っていった。
次は夥しい数の細い管が、植物のように伸びていた。何がどれとか、私には皆目見当が付かないが、理科によると、血管、神経、筋肉らしい。
それもやがて手の形に成った。
そして、皮膚が覆い被さるように伸びていき、
「今、元に、戻りました」
およそ三か月。
しもんの両手足首が、復活した。
???
そうなるよね。例えば、歯磨きをしないとか。
???
あー…。歯磨きしなきゃって思えば思うほど、眠くなってね、まぁ、最終的には歯磨きせずに眠ってしまうんだけど。
虫歯になっちゃうよ。
それがならないんだ。天邪鬼だから。
理科は骨壺程の大きさの、透明なガラスの容器に何やら、ピンク色のジェルを注入していた。
「しもんを元通りにする、実はこれ、作業内容はとてもイージーなの」
四つ。理科は、ジェル入りのガラス容器を用意していた。
「しもんの天邪鬼を利用する」
「どう利用するの?」
私の純粋な疑問。
「多分なんだけど、しもんの脳は手足を失ったことを認めていない」
そう言って理科は、ある方向を指さした。
私が今、最も目を逸らしたいもの。しかし、理科は私がそれを見るのを待っている。
私は、恐る恐る、それを見た。
「しもん…」
しもんはベッドに横たわっていて、さらに、両手首と両足首に巻かれている包帯を、真っ赤に染めていた。
「これを見て」
理科は、しもんの頭部の近くにあったパソコンの元へ行き、画面をこちらに向けてきた。
何十本ものチューブが、しもんとパソコンの周辺機器を繋いでいた。
「脳がね、手足を動かす信号を出し続けているの」
「幻肢痛とは違うの?」
「脳波に乱れは見られない。つまり、痛みは感じてないみたいなの」
場違いな目の輝きを放っていた理科。
ちょっとむかついたけど、多分あの台詞を待っているのだろう。
「だから何なの?」
「待ってました」と言わんばかりににやつく理科。
「むふ、そこでこの子たちのでっばーん(出番)」
理科は、赤いジェルが入ったガラス容器を指した。そして息を大きく吸い込み、理科は続けた。
「その名も………再生液!!!」
「と、言われましても…」
と、私は苦笑いするしかなかった。
「だよねだよね。でも、難しい説明は要らないんだ。先程も言ったように、作業自体はイージーなんだよ」
「私にもできる?」
「できる。このジェルに、しもんの切断面を突っ込むだけ」
そう言って理科は、しもんの右手首に巻いてあった包帯を解いていった。
目を逸らそう。では無かった。少しだけ、包帯の中身が気になってしまったのだ。
しかし、耐えられなかった。切断面を一瞬見て、無意識に目が違う方向へと向かい、無意識に両肘をさすっていた。
「私がやるよ。国語は外で」
「いやだ、いる」
どうしてもここにいたかった。
「別に、キスとかしないよ?」
「理科、するつもりだったのね!?」
決まった。しもんを守る。それが私の、今の仕事。
「フレンチよ、フレンチ」
「理科」
しもんの両手足首の切断面は今、無事に再生液に漬かった。
「うむ、後はしもん次第」
理科はそう言って一回、何かのボタンを押すと、椅子に腰掛け、コーヒーを一口啜った。
「まさか、このゼリーがしもんの手足に変わるの?」
「そんな面白味のないもの、私はつくらないよ」
理科は、コーヒーをまた一口啜り、
「このゼリーはね、脳の信号に反応して変化するの。見て」と言って、しもんの右手首側を指した。
理科に促されるまま、私はしもんの右手首側の再生液に視線を移した。
「あ…」
うっすらとだが、再生液の中で、手の影が浮かんでいた。他の再生液も同様だ。足なら足の影が、うっすら浮かんでいた。
「この影に沿って、骨やら血管やら神経やら筋肉やら皮膚やらが成長する。本当にしもんて興味深い。この再生液ね、元は失敗作だったの。でも、しもんの天邪鬼がこの子の使い道を広げてくれた」
私は何も返すことができなかったから、黙って理科を見つめた。
理科は続ける。
「文字通り、損傷した人体の再生を目的に再生液を作ったんだけど、しもん以外の人間は皆、元通りに再生しなかった。歪んだり、影すら浮かばなかったりした。でもそれが普通の反応。むしろ脳自体はとても賢いぐらい」
理科はへへ、と笑い、こう続けた。
「しもんってさ、バカよね」
「それは分かる」
ようやく反応できるテーマが来たと思った。
「失っても、それを認めず、むしろいつもと変わらぬ振る舞いをするしもんの脳。そのおバカに、私は救われた」
理科が、しもんの良さをちゃんと知っていることに少し嬉しさもあったが、ちょっとだけ嫉妬もした。
「でもね、しもんのことを深く深―く知っている私でも、脳というのはすごく難しい」
「ちょっと?」
「微弱な信号をこちらから送って、しもんの脳の補助をする。この微弱さが肝でね、少しでもこれより強くすると、しもんの脳は天邪鬼を発動してしまい、信号を拒否してしまう」
「長期戦になりそうね」
すると、理科は不適に微笑み、
「私だけね?あなたは、関係ないわよ?およそ、一か月間、私はしもんとずーっと一緒よ」と言って、私に目配せを寄越してきた。
「それは許さない」
「えー?どう許さないの?」
「それは…」
私は、理科から目線を逸らし、急いで考えた。が、
「ま、手伝って欲しいことが山ほどあるから、いて頂戴な」
不本意ながら、自分でも分かるくらいに私は、顔を明るくしてしまった。
まずは骨からだった。目が覚めるたびに、骨が伸びていて、やがて手の形に成っていった。
次は夥しい数の細い管が、植物のように伸びていた。何がどれとか、私には皆目見当が付かないが、理科によると、血管、神経、筋肉らしい。
それもやがて手の形に成った。
そして、皮膚が覆い被さるように伸びていき、
「今、元に、戻りました」
およそ三か月。
しもんの両手足首が、復活した。