第19話 私と

文字数 1,015文字

 私は今、何も無い真っ白な空間にいて、ある映像を見ていた。
 まだ…夢の中にいる。
 いや、夢、なのかな。
 だが、私が今見ているのは、確実に、私としもんに起こった、過去の映像である。

 私の自殺未遂以降、しもんと私は、週に一度、一緒に昼食をとるようになった。
 一緒に、とは言っても、私が勝手に二人分の弁当を持って屋上へ行き、勝手にしもんの横に座って食べているのだ。
 そして「弁当いる?」と言うとしもんは、嬉しそうに受け取り、恐ろしい速さで、弁当を平らげる。
 多分、今見ているこの映像は、きっとあのときのものだろう。
 私は、この出来事を覚えていることが嬉しくて、一人でにやけてしまっていた。
 はっ、と我に返るが、周りには誰もいない。
 だから私は、全力で、にやけたのだった。



   ○高校生の私
 私はまだ、弁当を半分も食べ終えていない。
「ごちそうさまでした!」
 なのに、私の横で、しもんが大きな声でそう発した。
「はやっ!」
 しもんは私に構わず、さっさと弁当箱を風呂敷に包み、私の近くにそっと置いた。
 私は箸を置き、しもんを睨んでいた。
「なに?」
「ちゃんと噛んで食べた?」
「ちゃんと噛んで食べたよ」
 しもんは、間髪入れずに答えた。
 ちなみに、嘘は吐いていない。
「ちゃんと三十回噛んでる?」
「噛んでるよ」
 嘘を吐いていない。
 当時の私は、困惑していただろう。なら何故、こんなに速く弁当を食べ終われるのか、と。
 気付け私、質問を絞るんだ。
 高校生の私は、人差し指と親指で顎を、考えている様子だった。
 そして、はっ、と何かに気付いた高校生の私。
「…一口で三十回噛んでる?」
 しもんが一瞬だけ固まり、すぐに、
「もちろん」と、嘘を吐いた。
 高校生の私は、しもんの首根っこを両手で掴み、前後に大きく揺らした。
「ちゃんと噛めぇぇぇ!え、一回の食事で合計三十回しか噛んでないの?あり得ないんだけど」
 しもんは、私の両手首を掴んで、揺らしを止め、
「大丈夫。僕、一口がでかいから」
 と、表情一つ変えず、私に言ってきた。
 今度は、私が固まった。だが、すぐに、
「そういう問題じゃないでしょぉうが!」と言って、より一層激しくしもんの頭を揺らした。



 映像がここで止まった。
 自分の口角がゆっくりと下がっていくのが、はっきりと感じ取れた。
「楽しそう」
 私は、何も無い空間でただ一人、そう呟いた。
 ここはどこだろう。
 一体いつ、ここから抜け出せるのかな。



「しもん、会いたいよ」
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