第42話 保健

文字数 3,334文字

 宗校長は、僕にトンネルの中を見られたからか、体中にあった全てのトンネルを土や草や木で塞ぎ始めた。
「国語は蔓のようなもので縛られていた、他のトンネルもそうかもしれない」
 僕の声に『ナカユビ』は黙って頷いた。
 ナカユビの両手には小太刀が一本ずつ握られていたが、一歩も動かず、何かを待っている様子だった。
 他の『オヤユビ』『クスリユビ』も同様だ。
 何かを待っている様子だった。
 三人の目にはきっと『ヒトサシ』の姿が映っているのだろう。
 だが、そんな視線を他所に『ヒトサシ』は、宗校長の胸元に飛び込んでいった。
 それに合わせ、他のユビたちも慌てて一斉に動き出す。
 宗校長は、理科の『母乳薬』によって強化された金次郎の猛攻を受けていた。
 それでもヒトサシの姿は捉えていたのか、手の平を大きく広げ、ヒトサシに向けて突き出した。
 それが、宗校長の精一杯の抵抗だったのだろう。
 当然、ヒトサシは難なくそれを躱し、やがて、一つのトンネルの元へと辿り着いた。
 着地してすぐにヒトサシは、塞がれたトンネルの入り口を何度も殴り始めた。
 小石のような小さな拳で何度も何度も。
 トンネルの蓋に開いた穴はとても小さなものだったが、それが何個も集まると、蓋の強度は一気に落ちる。
 オヤユビがトンネルの中に手を突っ込んだだけで壊れるくらいだ。
 あとはオヤユビが中にいる生贄を引っ張り出すだけなのだが、やはり生贄は蔓のようなもので縛られていた。
 そこでようやく、ナカユビが動き出した。
 二本の小太刀で手早く蔓を切り離す。
 切り離された生贄は、オヤユビによって遠くに投げ飛ばされたのだが、クスリユビの無数の腱が、柔らかくそれを受け止めた。
 ユビたちがその一連の流れを繰り返し、宗校長のトンネルから生贄たちを矢継ぎ早に救出していった。
「しもん」
 一人目の生贄を診ていた理科が僕を呼んだ。
「手遅れよ、完全に吸い取られている」
 僕は目を疑った。
「ミイラじゃないか。国語のときとまるで姿が違う」
 僕と理科は急いで、クスリユビが受け取った生贄たちを確認していった。
 二十二体の生贄がいたのだが、全てミイラ化していた。
「国語の姿がない」
 僕はすぐに宗校長へと視線を移した。
 ヒトサシが一つのトンネルを何度も攻撃していたのだが、穴一つ開いていなかったのだ。
 すると、宗校長が急に大きな声を出し、腕や足を滅茶苦茶に振り始めた。
 金次郎とヒトサシが吹き飛ばされる。
 宗校長はそれを見て、口を開いた。
「国語とやらは中々心が折れないからな、だが必ず心をへし折る。強い女の栄養価は非常に高いからなぁ。絶対に誰にも渡さない」
 気付けば、国語が入っているであろう最後のトンネルの壁が大岩のように分厚くなっていた。
「ちょうど抜け殻を吐き出したかったんだ。自分では取れなくてね、助かったよ。ま、軽いミイラだから吐き出してもそんなに変わらないけど」
 そう言って宗校長は高らかに笑い始めた。
 その笑い声に、一番に反応していたのはこの町の長である『校長』だった。
 彼女は、怒りに震えていた。
「校長先生~、お怒りのようで。それもそうだ。あなたが産みだした町民を生贄にしたんだからねぇ」
 そう言って不敵に笑う宗校長。
「校長先生、どういうことです?」
 僕はすかさず訊いた。
 校長は大きく息を吸い、そして吐き出した。
「この町の人は全員、私の子よ」

 僕は母親との記憶を辿った。
「つまり、あなたが本当のお母さん?」
「しもん、あなたはこの町の産まれじゃないでしょ?」
 良かった、記憶の中にいた母が僕のお母さんで。
 校長は話を続けた。
「この町はね、私の子宮の力と引き換えに与えられたの」
 そう言って校長は、自身の下腹辺りを手で押さえた。
「誰に?」
 僕は、あまりに唐突で、あまりに大きな話に胸を高鳴らせていた。
「『ハイウェイズ』の『ヤマ』さんに」
「あいつに?」
 僕はそう言って宗校長を指すと、校長は横に手を振り笑った。
「あんなのと一緒にしないで欲しいわ。本物の『ヤマ』さんはね、すごいのよ」
「ふん!!!」
 校長の発言に対し、鼻の息を強く吐き出す宗校長。
 そんな宗校長を他所に、校長は熱い視線を僕に向けてきた。
「ね!金次郎と一緒に大きな血液パックを運んだのを覚えてるかしら?」
「忘れる筈がない」
「あの中にはね、私の子がいたの」
「え?」
「でもね、私が直接産んだわけではないの。私の能力で作られた全く別の命」
「別の命?」
「そう。血は繋がっていないの。でも、私の能力で産まれた正真正銘、私の子」
「何とも、単純なようで複雑なようで」
 すると校長が、ふふと小さく笑いだした。
「私もそう思っているの。以前、しもんに言った『愛する我が子』という言葉」
「あぁ、国語噓発見器に引っ掛かったやつな」
「うん。私の能力は命を産み出すんだけど、命には寿命がある。当然、死と向き合わなければならない」
「ああ」
「この町を作った以上、命の管理が私の仕事。一度の死でいちいち悲しんでいられないのよ」
 僕は校長の目を真っ直ぐ見て、
「仕事って難しいよな」と言った。
 校長は僕の目を見ながら口を開けていた。
「ありがとうしもん。何だか嬉しいわ」
 そう言って校長は微笑んだ。
「それはどうも」
 僕は校長から宗校長へと視線を移した。
「命の管理をしているのに、あれだけ勝手に命を消されちゃ許せないよな」
「いいえ。もっと許せないことがあるの」
 この言葉に、僕は再び校長に視線を戻した。
「宗はね、命を大量に産み出しているの」
「うへへぇ」
 不気味に笑いだす宗校長。
「この町のバランスを保つための命の管理なのに、宗校長のお陰でバランスが大きく崩れてしまった」
「『ヤマ』の呪いの解釈を間違えていたんだ。最初は死体を二十三集めようとしていたんだ。でも管理が行き届いていたから、死体なんてそう簡単に手に入らなかった。私は考えた。そういえば『ヤマ』の呪いを授かったあと、私の体から謎の黄色い粉が出始めたな。あれ?もしかして『ヤマ』の呪いだから、この黄色い粉は花粉ってことになるのだろうか」
「授かったんじゃない、盗んだんでしょ」
 校長がそう言って遮るが、宗校長は構わず話を続けた。
「この町の女たちに粉をかけまくったさ。するとくしゃみと同時に種が飛び出したのさ。私は大量の種を育てた。そしてその種から出た芽が人の形へと変化した。私は死体欲しさに待ちきれず、でも自分の手で殺したくなかったから、入学式で熱中症という方法を思い付いたんだ」
「でも、呪いに必要だったのは生贄だったんだろ?」
 僕は徐に訊いた。
「道徳に倒されたあとにね、山に逃げ込んだんだ。そこで出会った登山者をね…。体が勝手に動いてさ…。気付けば取り込むことができていたのさ!!!」
 そう言って両手を横に広げた宗校長。
 その声は喜びに満ち溢れていたのだが、一台の大型トラックが来たことによって、すぐにかき消された。
「何だあのトラックは」
 宗校長は訝しげにトラックを見ていた。
「この町に、命の管理者は二人も要らない。それにあなたにはその資格が無い」
 校長がそう静かに声を発した。
 大型トラックが、バック音を鳴らしながら校長に近づいている。
「しかし、校長先生!今の私なら、質の良い命が作れます」
 大型トラックのバック音が鳴り止んだ。
 校長の背後には、荷台の観音扉。
 すると運転席からドアが二つ開く音がしたかと思うと、荷台の左右から『音楽』と『図工』が走って現れたのだ。
 二人は急いで観音扉の取っ手に手をかけ、勢いよく開けた。
 荷台の中には、見たことがある大きな血液パックが詰められていた。。
「そういうとこよ。産まれた命を大切にしなきゃ、ね」
 そう言って校長が手を合わせると、血液パックの中に入っていた血液が荷台の奥の方へと飲み込まれていった。
 そして荷台の奥で赤く光ったかと思うと、今度は湿った足音が聞こえてきた。
 次第に近くなる足音。
 僕は息を呑んだ。
 そこに現れたのが、全身濃い灰色と棘に覆われていて、さらには、それが人の形をしていたからだ。
「しもんのお陰よ」
 そう言って校長が僕を見て、目配せをしたあと、荷台にいた棘人間に視線を移した。
「さぁ、しっかり生きなさい『保健』」
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