第43話 ラッシングベルトショック
文字数 3,032文字
痛みというのは実に自由で。
勝手気ままに、命あるものを襲ってしまう。
しかし、もし痛みが口を利けたのなら、きっとこう言うのかもしれない。
「悪いのは僕じゃない。悪いのは…」
こんな風に、痛みが口を利いてくれたらどれだけありがたいか。
ただ、現実はそうもいかない。
例え、痛みが命を持ったとしても。
濃い灰色と硬く尖った無数の棘を全身に纏っていた『保健』。
「さぁ、しっかり生きなさい。保健」
校長がそう言うが、保健は何も言わなかった。
そして何も言わないまま、宗校長の元へと歩いていった。
十メートルの巨体を有していた宗校長でも、不気味な見た目の保健が黙って近づいてくることには動揺を隠せていなかった。
宗校長は、握り締めた拳をすかさず保健にぶつける。
保健は避ける素振りも、受ける素振りも見せない。
棘を纏っているから?
だが、あの大きくて固く握りしめられた拳に通用するとは思えない。
「痛みは自由なの」
校長は僕の肩を叩き、そしてこう続けた。
「体の中を自由に駆け回れる」
そう言って校長は、宗校長を指さした。
既に宗校長の拳は地面に到達していたが、周囲を見渡しても、保健の姿はどこにもなかった。
潰された、そう思ったときだ。
宗校長が大きな声で叫び、のたうち回り出した。
僕はふと、先程の校長の言葉を思い出した。
「さっき、僕のお陰と言ってたけど…」
僕がそう切り出すと、校長はふっと笑みを浮かべた。
「そう。しもんが神社でお参りしてくれたお陰」
「お参り?」
僕は急いで記憶を掘り返したが、特に変わったものは見つからなかった。
「特別なことは何もしていない気が」
「神様はね、人々が手を合わせることで強く大きくなると思っているの」
「…それをこの町に反映させた?」
「そう!!!この町の神社で手を合わせると、その人の力を少しだけもらえるようにしたの!」
校長の言葉には熱がこもっていた。
「でもね、人々はそんなに普段から神社でお参りしないみたい。何か特別な願いが無い限りは。でもね!そんな中、現れたのがあなた!!!」
「は、はぁ…」
あまりの校長の圧に、僕は無意識に校長から半歩遠ざかっていた。
「あなたが手を合わせることで、あなたの『天邪鬼』が私に流れ込んでくるんだけど、何故か毎月、私の生理の日と見事に被ってくれてね、毎月穏やかに過ごせたの」
「へぇ」
「だから保健を産むことができたの」
「え?」
「蓄積された生理の際の痛みを全て、保健に注いだ。するとどうなったか…」
校長の視線が、僕から宗校長へ移る。
それにつられて僕も宗校長を見る。
すると、宗校長の腕に見覚えのある濃い灰色が現れた。
しかしその灰色はすぐに引っ込んだかと思えば、今度は胸から現れたり腹から現れたりと、転々としていた。
「体の中に入り込んでいるのか!?」
「保健は痛みを能力にした。痛みは体の中で起きること、だからああして宗校長の中を駆け回れるの」
痛みに悶え苦しむ宗校長。
そして気付けば、金次郎とヒトサシもそれに乗じて、残り一つのトンネルを破壊しようと攻撃を加えていた。
ほんの少しだが、トンネルは脆くなっていた。
トンネルを破壊して国語を救出、そこから宗校長を倒す予定だったが、違うな。
「保健!!!」
僕は急いで保健を呼んだ。
保健が宗校長から飛び出してきて、僕の近くで止まった。
心なしか保健の棘が少しだけ短くなっていた気がした。
「保健、痛みの量はその棘の分だけか?痛みを使い切ったら、その棘が無くなるのか?」
保健は黙って頷いた。
「作戦がある、少し待ってくれ」
僕は血液パックが入っていた荷台にあがり、荷物を固定するときに使うラチェット式ラッシングベルトを一本手に取った。
「カメラ、このベルトを拡大できるか?」
僕はカメラを見て言った。
「可能だ」
カメラがそう言うと、すぐにラッシングベルトが拡大された。
拡大倍率はどれくらいだろうか。
とにかくでかかった。
「最適だ、ありがとう」
僕は大きく息を吸った。
「金次郎!ヒトサシ!先に宗校長から倒す!対象をトンネルから宗校長へ!そのあとで、脆くなったトンネルを壊す!」
僕はそう叫び、荷台から飛び降りて、ジュウキと保健を呼んだ。
そして、ジュウキにはラッシングベルトの端の金具を一つ渡し、もう片方の端の金具とベルトを締めるための金具であるバックルを保健に渡した。
「ジュウキはそれを持って踏ん張っていてくれ。そして保健は、それを持って宗校長の腹から中へ入り、背骨の近くにバックルを置いたあと、端の金具を持って宗校長の背中から出てくれ」
ジュウキと保健は頷き、ジュウキはその場で腰を落とし、保健は宗校長の元へと走り出した。
「ガラクタさん」
「ん?」
「宗校長の背中から保健が出てきたら、端の金具をどこかに固定して欲しいです」
「お安い御用だ」
ガラクタもすぐに動き出した。
オヤユビ、ナカユビ、クスリユビを呼んで、宗校長の背後へと向かっていった。
「校長先生、この作戦が上手くいけば、とんでもなくでかい一撃が放てる筈。だけど失敗したら…いや、消極的は良くないか。この一撃に全てをかけます」
「うん!」
校長が力強く応えてくれた。
僕には皆がついている。
「国語、すぐに助け出す」
保健は容易に、宗校長の腹から中へと入り、バックルを体の中に置いて背中から出てきた。
そして、持っていた端の金具をオヤユビに渡し、ナカユビと共にベルトを握ったあと、クスリユビの腱が二人と近くにあった何本かの木に巻き付いた。
重量のあるジュウキとユビたちによる連携で、無事に両端の金具を固定することに成功した。
あとは中心の、宗校長の中にあるバックルを締めるだけ。
僕はつま先で地面を蹴り、宗校長の元へと全力で走った。
金次郎が宗校長の気を引いてくれていたから、ラッシングベルトの存在に気付いていなかった。
「ヒトサシ!!!腹を叩きまくれ!!!」
ヒトサシは言われるがまま、宗校長の腹を何度も殴った。
無数の穴が、腹にあった土を柔らかくしてくれた。
僕はそこから左腕を突っ込み、中にあるバックルのハンドルを握り、何度も前後に往復させた。
ベルトがバックルに巻き取られていく。
バックルのハンドルが段々固くなっていくが、僕は力を振り絞り、最後の最後までハンドルを往復させた。
ベルトが限界まで張った。
僕は往復させていたバックルを完全に折り畳み、今度はハンドルに付いているトリガーに親指をかけた。
「保健!!!全部の痛みを宗校長に流し込んでくれ!!!」
保健の姿は確認できなかったのだが、宗校長が段違いに大きな声を上げて叫び出したから、安心した。
金次郎もヒトサシも、宗校長に攻撃を加えていた。
いける。崩せる。
僕はトリガーにかけた親指に力を込める。
このトリガーを引きながらハンドルを引けば、ベルトの締めが解除される。
力が一気に解放されるのだ。
普通のラッシングベルトでも、固く締められた状態から締めを解除するとき、耳鳴りがするくらいだ。
その衝撃にかける。
僕は思い切りトリガーを親指で引き、ハンドルを引いた。
あとの出来事はあまり覚えていない。
甲高い耳鳴りとぼやけた視界。
すぐに何かに引っ張られ、宗校長から離れた感じはしたのだが、すぐに僕の視界が闇に覆われた。
そしてそのあと視界が大きく揺れ、僕の体から色々な音が聞こえてきた。
砕ける音、潰れる音。
あれ?僕、失敗したかも。
僕、死ぬのかも。
勝手気ままに、命あるものを襲ってしまう。
しかし、もし痛みが口を利けたのなら、きっとこう言うのかもしれない。
「悪いのは僕じゃない。悪いのは…」
こんな風に、痛みが口を利いてくれたらどれだけありがたいか。
ただ、現実はそうもいかない。
例え、痛みが命を持ったとしても。
濃い灰色と硬く尖った無数の棘を全身に纏っていた『保健』。
「さぁ、しっかり生きなさい。保健」
校長がそう言うが、保健は何も言わなかった。
そして何も言わないまま、宗校長の元へと歩いていった。
十メートルの巨体を有していた宗校長でも、不気味な見た目の保健が黙って近づいてくることには動揺を隠せていなかった。
宗校長は、握り締めた拳をすかさず保健にぶつける。
保健は避ける素振りも、受ける素振りも見せない。
棘を纏っているから?
だが、あの大きくて固く握りしめられた拳に通用するとは思えない。
「痛みは自由なの」
校長は僕の肩を叩き、そしてこう続けた。
「体の中を自由に駆け回れる」
そう言って校長は、宗校長を指さした。
既に宗校長の拳は地面に到達していたが、周囲を見渡しても、保健の姿はどこにもなかった。
潰された、そう思ったときだ。
宗校長が大きな声で叫び、のたうち回り出した。
僕はふと、先程の校長の言葉を思い出した。
「さっき、僕のお陰と言ってたけど…」
僕がそう切り出すと、校長はふっと笑みを浮かべた。
「そう。しもんが神社でお参りしてくれたお陰」
「お参り?」
僕は急いで記憶を掘り返したが、特に変わったものは見つからなかった。
「特別なことは何もしていない気が」
「神様はね、人々が手を合わせることで強く大きくなると思っているの」
「…それをこの町に反映させた?」
「そう!!!この町の神社で手を合わせると、その人の力を少しだけもらえるようにしたの!」
校長の言葉には熱がこもっていた。
「でもね、人々はそんなに普段から神社でお参りしないみたい。何か特別な願いが無い限りは。でもね!そんな中、現れたのがあなた!!!」
「は、はぁ…」
あまりの校長の圧に、僕は無意識に校長から半歩遠ざかっていた。
「あなたが手を合わせることで、あなたの『天邪鬼』が私に流れ込んでくるんだけど、何故か毎月、私の生理の日と見事に被ってくれてね、毎月穏やかに過ごせたの」
「へぇ」
「だから保健を産むことができたの」
「え?」
「蓄積された生理の際の痛みを全て、保健に注いだ。するとどうなったか…」
校長の視線が、僕から宗校長へ移る。
それにつられて僕も宗校長を見る。
すると、宗校長の腕に見覚えのある濃い灰色が現れた。
しかしその灰色はすぐに引っ込んだかと思えば、今度は胸から現れたり腹から現れたりと、転々としていた。
「体の中に入り込んでいるのか!?」
「保健は痛みを能力にした。痛みは体の中で起きること、だからああして宗校長の中を駆け回れるの」
痛みに悶え苦しむ宗校長。
そして気付けば、金次郎とヒトサシもそれに乗じて、残り一つのトンネルを破壊しようと攻撃を加えていた。
ほんの少しだが、トンネルは脆くなっていた。
トンネルを破壊して国語を救出、そこから宗校長を倒す予定だったが、違うな。
「保健!!!」
僕は急いで保健を呼んだ。
保健が宗校長から飛び出してきて、僕の近くで止まった。
心なしか保健の棘が少しだけ短くなっていた気がした。
「保健、痛みの量はその棘の分だけか?痛みを使い切ったら、その棘が無くなるのか?」
保健は黙って頷いた。
「作戦がある、少し待ってくれ」
僕は血液パックが入っていた荷台にあがり、荷物を固定するときに使うラチェット式ラッシングベルトを一本手に取った。
「カメラ、このベルトを拡大できるか?」
僕はカメラを見て言った。
「可能だ」
カメラがそう言うと、すぐにラッシングベルトが拡大された。
拡大倍率はどれくらいだろうか。
とにかくでかかった。
「最適だ、ありがとう」
僕は大きく息を吸った。
「金次郎!ヒトサシ!先に宗校長から倒す!対象をトンネルから宗校長へ!そのあとで、脆くなったトンネルを壊す!」
僕はそう叫び、荷台から飛び降りて、ジュウキと保健を呼んだ。
そして、ジュウキにはラッシングベルトの端の金具を一つ渡し、もう片方の端の金具とベルトを締めるための金具であるバックルを保健に渡した。
「ジュウキはそれを持って踏ん張っていてくれ。そして保健は、それを持って宗校長の腹から中へ入り、背骨の近くにバックルを置いたあと、端の金具を持って宗校長の背中から出てくれ」
ジュウキと保健は頷き、ジュウキはその場で腰を落とし、保健は宗校長の元へと走り出した。
「ガラクタさん」
「ん?」
「宗校長の背中から保健が出てきたら、端の金具をどこかに固定して欲しいです」
「お安い御用だ」
ガラクタもすぐに動き出した。
オヤユビ、ナカユビ、クスリユビを呼んで、宗校長の背後へと向かっていった。
「校長先生、この作戦が上手くいけば、とんでもなくでかい一撃が放てる筈。だけど失敗したら…いや、消極的は良くないか。この一撃に全てをかけます」
「うん!」
校長が力強く応えてくれた。
僕には皆がついている。
「国語、すぐに助け出す」
保健は容易に、宗校長の腹から中へと入り、バックルを体の中に置いて背中から出てきた。
そして、持っていた端の金具をオヤユビに渡し、ナカユビと共にベルトを握ったあと、クスリユビの腱が二人と近くにあった何本かの木に巻き付いた。
重量のあるジュウキとユビたちによる連携で、無事に両端の金具を固定することに成功した。
あとは中心の、宗校長の中にあるバックルを締めるだけ。
僕はつま先で地面を蹴り、宗校長の元へと全力で走った。
金次郎が宗校長の気を引いてくれていたから、ラッシングベルトの存在に気付いていなかった。
「ヒトサシ!!!腹を叩きまくれ!!!」
ヒトサシは言われるがまま、宗校長の腹を何度も殴った。
無数の穴が、腹にあった土を柔らかくしてくれた。
僕はそこから左腕を突っ込み、中にあるバックルのハンドルを握り、何度も前後に往復させた。
ベルトがバックルに巻き取られていく。
バックルのハンドルが段々固くなっていくが、僕は力を振り絞り、最後の最後までハンドルを往復させた。
ベルトが限界まで張った。
僕は往復させていたバックルを完全に折り畳み、今度はハンドルに付いているトリガーに親指をかけた。
「保健!!!全部の痛みを宗校長に流し込んでくれ!!!」
保健の姿は確認できなかったのだが、宗校長が段違いに大きな声を上げて叫び出したから、安心した。
金次郎もヒトサシも、宗校長に攻撃を加えていた。
いける。崩せる。
僕はトリガーにかけた親指に力を込める。
このトリガーを引きながらハンドルを引けば、ベルトの締めが解除される。
力が一気に解放されるのだ。
普通のラッシングベルトでも、固く締められた状態から締めを解除するとき、耳鳴りがするくらいだ。
その衝撃にかける。
僕は思い切りトリガーを親指で引き、ハンドルを引いた。
あとの出来事はあまり覚えていない。
甲高い耳鳴りとぼやけた視界。
すぐに何かに引っ張られ、宗校長から離れた感じはしたのだが、すぐに僕の視界が闇に覆われた。
そしてそのあと視界が大きく揺れ、僕の体から色々な音が聞こえてきた。
砕ける音、潰れる音。
あれ?僕、失敗したかも。
僕、死ぬのかも。