第35話 僕と校長

文字数 1,114文字

 ヤマカガの毒を食らった後の一分間。
 記憶の中で、一つだけ引っ掛かることがあった。
 確かに、その瞬間までは、完璧に『依頼者』だった。だが『猿』から攻撃を受ける瞬間に、依頼者が、依頼者ではなくなったのだ。
 目の動き、呼吸、体の動き。
 僕は、ヤマカガと闘いながら、さらに記憶を辿る。
 覚えがあった。
 『教頭』だ。
 ただ、教頭と依頼者の身長や体格は、明らかに異なる。
 つまり、教頭の能力で変化したと考えられるのだが…、何故だ?
 何故、依頼者に姿を変える?何故、依頼者を守る?
 考えられるのは二つ。
 一つ目は、依頼者が教頭に護衛の依頼をした。
 そして二つ目は…。
 と、そのとき、強い足応えを感じた。
 ヤマカガにライダーキックが決まり、そして次の瞬間には、僕は地面を転がり、地面に何度も頭をぶつけていたのだ。
 意識が途切れるな、これ。
 頭も働かなくなったし。
 ま、いいか。
 さっき本人見つけたし。
 直接、訊こう。
 何せ僕は『諮問s』だから。
 訊くのは、得意だから。

 依頼者が戸惑っていたのは、最初だけだった。
「えぇ、私が『校長』よ」
 依頼者が、そう言った。
 これには、その場にいた僕以外の全員が驚いていた。
「じゃあ、校長選手権って」
 僕が思っていたことを、理科が代弁してくれた。
「校長先生」
 すると突然、校長の背後から、低い声が聞こえてきた。
「教頭先生、お疲れ様。やっぱ痛かった?」
 目の前に校長が二人。だが、後ろにいた校長の額には、血に染まったガーゼが当てられていた。
「そろそろです」
 後ろにいた校長がそう言うと、体がみるみる膨らんでいき、そして、見覚えのある『教頭』へと姿を変えた。
「しもん」
 校長が、僕を呼ぶ。
「あなたに、最後の依頼をしたいの」
 校長の言葉が、そこで止まる。
 きっと、僕の返事を待っているのだろう。
 でもね、僕の答えは一つしかない。
 依頼者が誰であれ、依頼は基本的に断らない。
 それが『諮問s』だから。
「何なりと」
 あまり敬語は詳しくないが、これが僕の最大の敬意、のつもり。
「宗校長を倒して」
「かしこまりました」
 僕は間髪入れずに答えた。
「では、準備を整えてから…」
 僕は言葉を止めた。
 校長の手の平が、そうさせたからだ。
「いや、もう近くにいる」



「その通り」



 僕は、空を見上げる。
 その声は、空から聞こえてきたからだ。
 でもそこに、僕の知っている青空は一つもなかった。
「山?」
 一瞬、鮮やかな緑が見えるも、強い衝撃が僕の感覚全てをかっさらい、視界が一気に、暗闇に染まった。

 まさか、もう倒さなきゃいけないの?
 あーあ、僕、ちゃんと闘えるのかな。
 もうちょっと、休みたかったけど。
 お先真っ暗。
 なんつってね。



 はぁ。
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