第18話 太陽の女神(4)

文字数 2,307文字

「ホッホ、それと関係するかは分かりませぬが、このところランビエル殿の屋敷に頻繁に出入りしている者がおるようですぞ」
「ランビエルの屋敷に」
 ランビエルとは、フーマン国王の時代から続くテネアで一番の商人で、その圧倒的な経済力はローラル平原中に及ぶ。
「ホッホ、もしかすれば、悪霊の騎士の手の者が動き始めている可能性がありますな」
「うむ、ランビエルを取り込むことが出来れば、我々にとってかなり厄介なことになりますからな。だが、あの男が簡単になびくとは思えんが」
「ホッホ、それともう一つ、ランビエル殿から、アジェンスト人達から成る楽団を雇いたいとの申し出がございましたぞ」
「何じゃと」
「それも、楽団員は皆、変わった経歴の持ち主ということですな。ホッホ」
 経済力に優れた、所謂、大商人が他国の人間を雇い入れるのは珍しいことではない。寧ろ国々を股に掛けて渡り歩いていく商人や芸人達を、為政者達は地域経済活性化の為、重宝していることが多い。
 当然、彼らの中には諜報活動を行う者もいるが、それは織り込み済みである。国を跨ぐ場合、領主は関税と称する補償金を徴収するのだ。
 異人達は迷惑料を予め支払うのである。また、当然、怪しい動きをすれば守備兵に捕縛される恐れもある。
 逆に彼らを利用し偽の情報を敵国に流すということも出来る。
「珍しい経歴とは、一体どういう経歴なのじゃ」
「ホッホ、楽団員は皆、女とのこと。そして、アジェンスト帝国内で山賊紛いのことをしていたというのですな。ホッホ」
「何と」サルフルムは目を剥く。
「元山賊か。これは確かに変わった経歴の持ち主だわ。フフフ」
「笑い事ではありませんぞ。アジェンスト帝国の、しかも元山賊の女達など、テネアに災いをもたらすだけですぞ」
 ローノルドはニコニコしている。
「まさか、許したのではありますまいな」
「うん、許可したわ」
「何ですと」
 サルフルムは卒倒しそうになる。
「いくらなんでも、それは考えられませんぞ。ローノルド様、一体どういうことです」
 鼻息荒く食って掛かりそうな勢いだ。
「ホッホ、山賊というだけあって、アジェンスト帝国内の裏事情には詳しいとのこと。我々に情報を提供することを条件に付させてもらいましたな。ホッホ」
「じゃが、我らの情報も帝国に漏れる恐れがありますぞ。いや、寧ろその危険性の方が高い。無謀じゃ」
「ホッホ、確かにその通り」
「敢えてなのよ、サルフルム。ランビエルが何を考えているのか、明らかにする為に逢えて認めたのよ」「ホッホ、虎穴に入らずんば虎子を得ずということですな」
「いや、しかし、うーむ」
 果たしてランビエルが何を考えているのか、有り体に言えば、味方なのか、敵なのか、見極めるのが狙いだという。一理あるが、やはり危険ではないかと思う。しかし、
「分かりました。マークフレアー様がご判断されたことに、このサルフルム、何も異議はございませんぞ」
「ありがとう。でもランビエルが味方であることを願っているわ」
「ホッホ、そうですな」
「それはその通りですが、何故です」
「その楽団は女性達だけなのでしよう」
「それがなにか」
「だって、女性を斬りたくはないわ。それに怒らせると女は怖いのよ」
 マークフレアーは悪戯っぽく微笑む。
「ホッホ、今度、組合との交歓会がございます。その際に、少し突っ込んだお話をされても良いかも知れませぬな」
「分かったわ。交歓会は来月だったかしら」
「ホッホ、15の日でございますな」
 フウとマークフレアーは溜息をつく。
「ホッホ、ところでマークフレアー様宛にサティエス家から文が届いておりますぞ」
「アランドからね」
「ホッホ、恐らくそうでございましょう」
 サティエス家とは、ピネリー王国の首都エメラルドの名門貴族である。アランドは、その三男でマークフレアーより2つ年上の25歳で、子爵の称号を持つ人物だ。
 金髪碧眼で背が高く、明るく社交的であるため令嬢達に良くモテる。
「あの女たらしめが、どうせまた、お嬢様に会いにテネアに来るというのだろうが」
 サルフレムは苦虫を噛み潰したような表情だ。あまり気に要らないようである。
「ホッホ、わざわざ都から何度も足をお運び頂いているのですから粗略に扱ってはいけませんよ、サルフルム。子爵は将来、テネアに骨を埋めて頂くお方。何度もテネアに来て頂くのは良いことですぞ。ホッホッホ」
「うーむ、頭では分かっておるが、どうも、あの優男振りは苦手じゃわい」
「子爵とサルフルムは相性が悪いみたいね」
 マークフレアーがニコッと笑う。
 そんなことはないですわい、とサルフルムは憮然とした表情をする。
「ところで、ロラルドはまだ帰城しておらんのですか」
「ええ、そのようね」
「全く何をやっておるか、こんなに長い間、城を留守にするとは、どうせ何処かで道草を食っておるのだろう。マークフレアー様をお守りするという自覚が足りぬわ」
「ホッホ、あの男は束縛を嫌う男。ある程度、自由にしてやるのが良ろしかろうて」
「甘やかしてはなりませんぞ、ローノルド様。奴にはわしに代わってテネア騎兵団を背負ってもらわねばならんのですから」
 またも老兵は苦虫を噛んだような顔をする。
「それと、奴には是非にもマウト流武術を習得して欲しいのじゃ。わが国ではマウト流武術に勝る流派はない。じゃが、いくら促しても奴は言うことを聞かぬ。何もテンペスト流剣術に拘る必要はあるまいに」
「ホッホ、飄々としているように見えて、あ奴は中々の頑固者。頭ごなしに言うても、言う事など聞きませんぞ。ホッホッホ」
 マークフレアーは窓に目をやる。
「ロラルドは今頃何処かしらね」
 一同は東の彼方に続く青い空を見渡した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み