第119話 プロローグ・・・ディーンの祈り・・・

文字数 1,269文字

 小休止が終わった馬上で、ディーンは何度も首筋に手をやり、そろそろ包帯を取ってもいい頃かもしれないと思う。
 テネアを出てからずっと首筋に巻いていた包帯がムズムズする。別に痛む訳ではない。
「激しい夜だったみたいだな」
 ボルデー出撃の日の朝、首に巻いた包帯を目ざとく見つけたタブロに誂われ、違う違う、そんなんじゃないと必死に言い訳した。
 誤魔化さなくても、いいからいいからとタブロに、ニヤッとされる。
 やっぱりディーンも男ってことださ、とジミーはしたり顔で何度も頷いていた。
 タブロとジミーの二人は、出撃前夜に夜の町に繰り出したようだ。ランビエル邸を後にし兵営に戻ったときにも二人はいなかった。いつ帰ってきたのかも分からない。恐らく朝方に帰ってきたのだろう。
 本当に違うんだ、この包帯は首にできた腫れ物を隠すためだ、と言ってもニヤニヤ笑っている二人が信じていないのは明らかだった。
 実際、腫れ物などではないのだから仕方がなかったが。
「あんたは敵を容赦なく撃ち破る英雄になる。鬼になる覚悟を決めて戦いに行きな」
 ベッドの上でマキは妖艶な瞳でそう言った。
 あの夜、女性とはベッドの上でこんなにも貪欲になるものなのか、と心底驚いたものだ。いけないことだと思いつつも、どうしてもミラ姉さんとの時と比べてしまう。
 ランビエルから手渡された、ローラル平原の平和と発展を祈ったフーマン王の願いが籠められているというコインを握りしめる。
「それは、あなた様がテネア王の血筋を引いておられるからです」
 突拍子のないランビエルの話をにわかには信じる事ができなかった。ヨーヤムサンから聞いた話もそうだ。
 お前は王になる人間だとヨーヤムサンは言った。人違いではないのか。
「このコインを肌身離さず、お持ちくださいませ」
 ランビエルはそう言った。今、そのコインはペンダントに加工され首にぶら下げられている。
 鉄で出来たそのコインには、テネア王の象徴であり、テネア騎兵団の紋章である、二匹の絡みつく蛇が刻まれていた。
「王になるという野心を持つ必要はございません。テネア騎兵団の騎士として、マークフレアー様にお仕えなされませ。そうすれば、いずれ神のお導きにより、あなた様はテネア国の王となり、ローラル平原いやこの世界の王となられるでしょう。しかし、そのためには悪霊の騎士を必ず倒さねばなりません」
 ランビエルはそうも言った。
 これから自分がどういう道を歩んで行くのかは分からない。ただ今はマークフレアー様に命を掛けて仕えることだけを考えよう。
 テネアを、ローラル平原の人々を守るため、迫りくる脅威に対抗することだけに集中しよう。
 心の奥底から湧き上がる闘争心に身体中が熱くなる。
 敵には決して容赦はしない。向かってくる者は全て討ち果たす。
 熱心に教会に通っていた訳では無い。神様がいるのか、どうかは正直分からない。
 だが、今は祈りを捧げなければならない気持ちに突き動かされる。
 神様どうか、私に敵を打ち破る力をお与えくださいませ。
 ディーンはそう祈る。
 戦いの時は迫っていた。
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